事件概要
「彼女はとんだ“勘違い”をして死んだんだ。」
と、目の前の女生徒は言った。
少し背が高く大人びていて不思議な雰囲気を醸し出いている印象だった。
「何を呆けた顔をしているんだい。君、中島芽愛〈なかじま めい〉の知り合いだろう?」
不意の“中島芽愛”という名前に、僕はその女生徒の話に食いつく。
目の前の女生徒は呆れ顔を隠そうともせず僕を見ると一息ついて、自己紹介を始めた。
「私は安藤 薫〈あんどう かおる〉。君より学年は一個上だから…気軽に“先輩”とでも、呼んでね。」
「それは…気軽じゃないです。自分が上だというのを主張しているじゃないですか。」
僕はつい毒づいてしまう。だが、安藤先輩には気を悪くした様子はなかった。
「やっと、喋った。まぁ、詳しくは昼食の後にでも聞こうとしようかな。」
そう言うと、先輩は僕の隣に我が物顔で座り、僕が食べ終わるのを待っていた。
時々、僕の弁当を摘まみながら。
僕の弁当が空になる頃。
先輩は徐に話を切り出した。
「私はね、先日の“飛び降り”に関してどうにも腑に落ちない所があるのよ。」
飛び降り。そう聞くだけでもまだ、僕の心は縮こまる。
「で、中島芽愛の近くにいる人物から話を聞こうと探していたんだけど、何しろ彼女は“腫れ物”だった。」
僕の隣で先輩は話し続ける。幸いここ非常階段付近は普段から人通りが少ない。彼女の話をしていても誰も聞く事は無いだろう。
「誰も傍には近寄ろうとはしない。だけど、君は違かったようね?」
「僕は…最初はただの好奇心だったんだ。」
女子達の“中島への苛め”がクラス内で一番注目を集めていた事で、僕も一人黙々と学生生活が送れていた。
だが、あの日に見た中島の顔は今までとは違う何か追い詰められたような表情で目が離せなかった。
そして、後を追い中島と昼食をとり始めたのだ。
「ふむ、君は好奇心から中島芽愛に近付き、しだいに恋心を抱くように…」
先輩は馬鹿にする様な語り口調で僕の心情を言い出す。
「それは!…そうなのかもしれません。」
僕は堪らず俯く。
何も言い返せなかった。その通りだったのだから。
クラスから追い出されている彼女に近付く事で、“理解者は僕しかいない”と思わせ、同じく一人だった“僕の傍から離れないように”していたのかもしれない。無自覚にもそう考えていた自分を言い当てられ、僕は恥ずかしさと罪悪感で潰されそうになった。
「やはり、君も何か“勘違い”をしているね?君のソレは“拘束”なんかじゃない。」
安藤先輩の顔を見つめる。この人は何を言っているのか。
「ふふ。“コイツ何言ってんだ?”と顔に出ているよ。」
僕は慌てて顔を逸らす。
「私はね。“苛めを苦に飛び降りた”とは、違うと思っているの。」
その時、昼休み終了十五分前のチャイムが鳴った。
「おっと、もう昼休みは終わりか。じゃあ、君。興味があったら放課後、三階の空き教室においで。」
そう言い残すと先輩は足早に去って行った。
僕も、弁当袋を持って自分の教室に帰った。
午後の授業も終わり放課後。
教室を出るときふと中島の席が視界に入る。
机の上に縦長の花瓶と白菊の一輪差し。
以前から時々置かれていた花瓶だが、花の種類は様々で一目で悪意で置かれていた花瓶だと分かっていた。
だが、今回は本当に死者を慰める為の献花だと分かる物々しい雰囲気に誰も近付こうとはしなかった。
僕は安藤先輩に言われていた三階の空き教室の扉を開いた。
「失礼します。」
短い挨拶をして、空き教室内に入ると安藤先輩は文庫本を読んでいた目を僕に向け不機嫌そうに言う。
「君ぃ~、部屋に入る際はノックをするものよ?」
「…次からは気を付けます。」
軽く謝りながら近付くと、先輩は空き教室内の椅子と机を軽く移動して僕に座るように促した。
「さて、昼休みにも話したけど、ここに来たって事は少なからず興味があるってことね?」
先輩は僕の顔を見る。その顔は、真剣そのものだった。
「は、はい。もう、彼女の事を赤の他人だったと、他人事のように目を背けることはできないので。それに…」
先輩は静かに僕の話を聞いていた。
「少し後悔もあるんです。こんなことになる前に僕に何か出来たんじゃないか、と。」
先輩は背もたれに背を預けるように座り、話し出す。
「悲劇の始まりは須く、小さな誤解から。私が読んでいる本にある言葉さ。」
先輩は文庫本を顔の高さまで上げ見せびらかす。なるほど、推理小説の読み過ぎだな。先輩の変わった口調にも納得がいった。
僕が先輩に呆れていることを露知らず、先輩は今回の“事件”について短く説明する。
中島芽愛は、放課後、誰もいない四階の化学実験室から飛び降りた。
と、学校関係者から警察が聴取したようで、先輩はそれを盗み聞きしていた。
「先輩、少しは自重を…。」
「ふふ、善処しよう。」
短いながらも先輩は否定的に答える。
「さて、君は何か感じたかな?」
先輩は僕へ話を振る。推理小説でよくある“助手に対して意見を窺う探偵”にでもなりたいのだろうか。
「彼女が死を決意してしまった時。道具も要らず、最近ニュースでもよく聞く“飛び降り”を想定するのは不本意ではありますが、可能性はあるかと。」
満足気に先輩は深く頷く。
「うんうん。ありえる話だね。だけどね。人が死を決意する時、または、決行する時、大抵は“無気力”になるものだ。」
先輩は暗に僕の推理を否定した。
「君は知っているだろうけど、職員室は一階。飛び降りの現場となった化学実験室は四階。死を覚悟しながら階段を上がるのだけでも結構大変だよ?」
“まさに、断頭台へと上がる階段みたいだね。”と嘯き、さらに先輩は続ける。
「それに、四階の化学実験室はいつもは施錠されているんだってさ。ちなみに、今回の飛び降りがあった時も扉の鍵は閉じていたらしい。密室自殺だね。」
一体どこからその話を聞いてきたのか、先輩は簡単な状況説明をし、さらに言い加える。
「―密室自殺なんて用意周到な事、一人では出来ない。」
先輩はそう言うと、自信満々の顔をしてみせた。
一人では出来ない、と聞いて僕は質問せずにはいられなかった。
「それじゃ…今回は“他殺”って事ですか!…誰かに殺された、と。」
僕は必死に平静を装うが、きっと息は荒く、目を見開いて先輩を凝視していたのだろう。
先輩は軽く引いていた。
「静かに。そうと決まった訳じゃない。ただ、“自殺”にしては不自然な点が多いというだけ。
そこで…」
先輩は目を輝かせながら続けた。
「聞き込みをしましょう!」
まだ、脳内に留まっている内に気力が続く内に投稿出来る所まで頑張りたいですが、何分作者にも完結するか分からない(汗