出会い
「あんたが盗んだんでしょ!」
広くない教室内を突然女生徒の怒号が飛ぶ。
数人の女生徒が一人の女生徒を取り囲み、次々に罵声を浴びせる。
やれ、“盗人”だとか、“売女”だとか。
お前が一番最初に憶えた英語は貧層だなぁ、なんて僕は蚊帳の外からその光景を遠目に見ているだけだった。
男である僕があの罵詈雑言行きかう場に出れば、渦中の女生徒はさらに冷たい目を向けられることだろう。そう、ビビッている訳では無い。
授業間にあるただでさえ短い休憩時間が終われば、彼女も解放されるだろう。
いつもの時間。
もう少しすれば次の授業の先生が入ってきて、蜘蛛の子を散らすように元の席に戻り、何食わぬ顔で授業を受ける。
そう、僕も。
午前の授業も終わり昼休みを告げるチャイムが鳴り響く。
各々昼食をとるため購買に行ったり、弁当を広げたりしている。僕も自分の弁当袋を手に昼食をとろうとするが、一人、憔悴しきった顔で小さな巾着を持って出ていく彼女が目に入った。
僕は広げていた弁当袋を閉じ、ふと彼女の後を追った。
彼女は、人目を避けるように、だが目的地はあるようで迷いなく歩いていく。
階段を上り彼女は屋上へ上がっていった。僕も彼女の後を追い屋上への扉を開く。
あびた事のない強風と普段空を見上げる事のない僕の目の前に広がる青と斑な白。落下防止の為に備え付けられた3メートルはあるだろう所々錆びついた柵。その真ん中に彼女は一畳サイズのシートを引き昼食をとろうとしていた。
彼女は驚きと戸惑いの目でこちらをみていた。
「こ、ここは、ふだんだれも…」
震える彼女の口からやっと出したであろう言葉は、とてもか細かった。
僕は慌てて真っ当な言い訳を考える。別に疾しい気持ちはないと。
「ぼ、僕は、君の後を追った訳では…そう!たまには、外の空気を吸おうかなーなんて。」
僕は、アホである。
慌てる僕をよそに彼女は小さく笑った。
「そうですか。お弁当、食べないんですか?」
僕は手に弁当袋を持っていることに気がつき、“食べようかな!”なんて、心にもない相槌を彼女に打つ。
昼食を食べ終え、まだ、昼休み時間に余裕があったので、少し話し込んだ。
彼女は中島芽愛〈なかじま めい〉、かなり前から女子グループから標的にされており、いままでの経緯を話す彼女の目には生気は無い、なぜこのような事になったのか心当たりはないらしい。
そして、相談する相手もおらず、僕に話すのが初めてだという。
彼女からすれば、僕は“誰とも付き合いがない孤独な人”という印象だったようだ。これが、心が傷付く感触か。
僕が痛みを噛み締めていると彼女はまた小さく笑いながら“ごめんなさい”と謝罪した。
気が付けば、昼休みが終わる十五分前のチャイムが鳴るまで僕たちは雑談をしていた。
彼女は“一緒に教室に戻るのは迷惑がかかる”と先に戻っていった。
僕は五分ほど時間をずらし、教室に戻った。
教室は特に変わり映えせず、いつもどおりの大人には感じ取れない独特な空気に満ちている。
自分の席に座り次の授業の用意をして待つ。うん、いつもどおりだ。
その日は、昼休みの密会以外に特に変化のない平凡な一日が過ぎただけだった。
あの日から僕は、中島芽愛との昼休みの密会を楽しみに学校に来ていた。
僕が一方的に話すだけだが、芽愛は相槌を打ったり、微笑んだり、少しずつだが明るい表情を見せるようになっていった、その変化に僕も密かに心惹かれていった。
そして今日も昼休みを告げるチャイムが鳴り響く。
僕は屋上へ向かおうと、自分の弁当袋を持ち席を立つ。
横目に芽愛の席を見てみたが、姿はなかった。すでに屋上へ向かったのだろう。
彼女はいつも先に屋上へ向かい、シートを引いて待ってくれていた。シートも少し大きなものに変わっていたのはいつからだろうか。
屋上へ向かう階段を上り扉を開く、初めて芽愛と出会った時とは違い雲の隙間に青空が顔を覗く程度だった。それ以外にも違和感があった。
先にシートを広げ待っている芽愛の姿がなかった。
きっと、先生に捉まり雑用でもしているのだろう。
僕は、少しゴツゴツする床に座り、芽愛を待った。
だが、芽愛が現れることはなかった。
その日以降、僕は彼女から距離を置かれていた。
昼休みの時間に屋上で彼女を待っていても現れず、僕が痺れを切らし屋上に誘ってみても“予定があるから”と断られる。
僕は彼女を心配するほどには心惹かれていたらしい。明日にでも、理由を聞いてみよう。
そう、思いながら今日を終えた次の日。
―彼女は飛び降りた。
彼女が発見された次の日の朝礼は全生徒を招集しての緊急朝礼となった。
亡くなった彼女を悼む校長の長い挨拶、そして、黙祷。僕はすっかり空になっていた。
何も考えられない、何も感じない。各教室へ解散となった後も、担任や警察からの質問も頭に入ってこなかった。
屋上は立ち入り禁止となり、僕の昼休みの休憩場所はたまたま見つけた非常階段の隅になった。
その日も僕は一人、味気ない昼食をとっていた。
いきなり目の前が暗くなった。太陽が雲にでも隠れたのだろうか。
僕が顔を上げると、目の前にいた一人の女生徒と目があった。
「彼女は、とんだ“勘違い”をして死んだんだ。」
何か小説らしい小説を書こうと思って、ツラツラと書き殴ったモノです。
先も後も考えてないので続くのかは作者にも分かりません(汗