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縁の迷宮と、邂逅と。  作者: 銀筆
第一章
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04:再生都市レクラース

 高台に立つ俺たちの目の前に広がる再生都市レクラースの全貌は、なんとも美しいものだった。

 大分前から見えていた巨大な木、世界に今のところ二つしか存在しない世界樹を中心に、その周りに広がる希望の樹木の森林とそれを囲うように広がる水辺。更にその場所を隔離するかのように壁がある。周囲には数多くの建造物が乱立している。北側にはまるで世界の壁とでもいうかのような山脈。世界樹と山脈の迫力に、そこに住まう人々の存在がちっぽけに感じてしまうほどだ。

 中心の水辺の傍、ちょうど取り囲む壁の切れ目となっている場所には、ここからでも判るほど立派な門がある。あれが『時と縁の迷宮』への入り口なのだろう。都市を囲うずいぶん頑丈そうな壁にある大きな門よりも立派だ。その都市の入り口になっている門の付近には多くの人の姿が見える。都市の外壁の外にも多くの建物があり、門の近くには屋台でもあるのだろうか、それなりに賑わっているようにも見える。

 レクラースに入るにはまだ時間がかかりそうだ。


 それにしても昨日の夜は驚いた。気付くとテンカの左目が淡く光っていたのだ。本人もその事に驚いていたので、ずいぶん慌ててしまった。

 原因に心当たりがあるらしい。なんでも視界におかしなものが映るようになり、それを確かめていたら瞳が光った、いや光っていたことに気付いたのだ。そしてその映っていたというものの事だが。


「あれは宵闇の篭手だな」

「ホントだ。さすが最古の迷宮に集まる探索者だな。以前武具屋で見かけたときは感動したよ。さすがに高すぎて手が出なかったけど」

「じゃあ、これは何だと思う?」


 テンカが取り出したのはいつ拾ったのか判らない謎の草。


「……雑草?」

「ふむ」


 テンカが右手を左目にかざすと、左目が強く輝き始める。


「これは……イグサだな。ってこれイ草かよ」 


 瞳の輝きが消える。

 テンカはコホンと一つ咳をする仕草で気を取り直すと、辺りを確認して誰にも聞かれていないことを確認してから話し出す。


「大体解ってきた。いや、まだまだこの力の一部かもしれないけど。どうもこの光る目は、見ているものを鑑定出来るみたいだ」

「鑑定?」

「それが何か知りたいと考えて見つめると発動?する。軽く使った場合は、おそらくその周囲の人が理解しているような簡単な情報が。強く念じると、それの知識が無くても何か解るみたいだ。ただ……」


 厳しい表情を浮かべると、再びイグサとやらを見つめその力を発動させる。一瞬瞳の輝きが強く光ったかと思えばすぐに消え、手で鼻と口を覆う。


「ど、どうした?」

「さっきよりもっと強く識ろうとしたら、やばいなこれ」


 手のひらを確認すると血が付いていた。鼻血だ。


「ごめん、何か拭くものは……」


 困った表情のテンカに、魔法で水を出してを濡らしたタオルを渡す。


「わるい」

「全然問題ないよ。むしろテンカのほうは大丈夫なの?」

「ああ、こっちも大丈夫。すぐに力を止めたから。この力、たぶん普通に死ぬ可能性があるやつだ」


 なにそれ怖い。魔族の魔力操作でも死ぬようなことは聞いたことが無い。発動させた魔法でならばいくらでもあるけど、今の感じだともっと簡単に死に至ってしまいそうだ。


「仕組みが不明だからな。人知を超えてるんだ。おそらく脳の処理の問題か?」


 鑑定などという能力は聞いたことが無い。魔族の魔法などはこの世界の人の住めない土地で起こる不可思議現象に似通っており、事象の再現に近い。だが視界に自分の知らない知識が映し出されるなど、根本的に違う力だ。


「ま、無理さえしなければ今のオレにとってかなり有用な力だ。上手く使って生きていかないと」

「見た目に出てしまっているから、隠しながら使うには大変そうだ」

「うん。街に入ったらまずはそれを隠せそうなものや手段を探すことにするよ」


 そろそろ昼食の時間か。

 冒険者上がりの両親を持つ俺は一日三食の習慣が付いている。この都市は迷宮ギルドの本部があるほど迷宮中心の生活が成り立っている。当然探索者も多く、体力仕事なので三食摂る者が多いらしい。迷宮のおかげで資源にも余裕はあるらしく、食事代が安価であるのも大きいだろう。

 俺はフードを深くかぶり、テンカを連れて屋台へ向かう。


「どれにする?」

「このパンの上に薄切りの肉が乗っかったのが気になるな」


 これはブタニクだな。迷宮に割と居る魔物だ。油断していると背後から強襲してくる怖いやつだ。こいつに大怪我させられた探索初心者が酒場でやけ食いしているのを割と見る。


「お姉さん、これ三つ頂戴」

「はいな。ちょいとおまちよ」


 手際良くブタニクパンを袋に詰める狼人族のお婆ちゃん。特別肉多目の奴を選んでくれた。


「三つで80オーブね」

「はい、どうぞ」

「ありがとう。またいらっしゃい」


 銅貨4枚をおばあちゃんに渡し袋を受け取る。

 場所を離れるとテンカが訊いてくる。


「3つで80オーブ?だと、一ついくらなんだ?」

「一つ30オーブだね。今回はサービスしてもらえたんだ。運が良かったね」

「その銅貨一枚20オーブなのにその価格設定なのか? それが最小価値の銅貨なんだろ?」

「こういう屋台は大体2つ買ってもらえるように値段をつけているんだ。一つや三つを買うときは大抵高くとられるようになってるね。今回もホントなら100オーブだったんだけど、今日はまだサービスしてなかったみたいで運が良かったよ」


 いつからの慣習かは知らないが、昔から屋台の値段設定はこうなっている。二つや四つで買うほうが得なので、基本はその単位で買うことが多い。ただ先程のように運が良いと値引きをしてもらえる。多くの場合は一つの店がサービスするのは一日1回か2回と決めているという話を聞いた。 

 テンカは貨幣の最小単位が20オーブというのにも疑問を持ったので説明すると、昔は10オーブや1オーブ相当の貨幣もあったらしい。だがある時からどんどんその貨幣の数が少なくなっていき、仕舞いには消えてなくなってしまったという。造幣してもどんどん無くなっていくので、そのうち作られなくなったのだ。

 ちなみに今でも1オーブ相当の貨幣はある。迷宮に落ちている謎のコインだ。割と大量に見つかる割には利用法がないので1オーブ貨幣代わりに使われている。ただ、開拓地では利用できないところも多い。


「へぇ、そうなのか。知らなかったから助かるよ」


 説明を聞いたテンカに、いくつかの貨幣を渡す。


「じゃあ、テンカも何か買ってみようか」



 買い物を終えて馬車に戻ってくると、御者にも昼食を渡してから馬車に乗り込む。

 買った物はどれも美味かった。これまで食べてきたブタニクよりも美味く感じたのは、あの狼人族のお婆ちゃんの腕が良いからだろうか。


「駅に着いたら一旦解散だね」


 テンカとは今朝話し合って決めた。彼とはしばらく行動を共にしようと思う。不安で仕方が無いというのもあるが、あの鑑定とかいう能力のことも気になるし。あの力があれば、もしかすれば魔力量を上げるアイテムとか発見できたりするかもしれないし。


「本当に助かるよ。いつかちゃんと礼を返せるように動き回ってみる」


 街の中では別行動をとることにした。ここは間違いなく魔族が多い。そんな場所で俺と共に行動していたら間違いなく余計な事に巻き込まれる。テンカは接してみた感じでは十分一人でもやっていけるだろう。互いに目的もあるのだ。

 宿だけは同じところを取ることにする。そこで情報のやり取りをすればいいだろう。泊まる宿も御者のおっちゃんのおすすめの所にする。その辺りの情報はまだ詳しく調べられていないし、もし何か用事が出来たなら連絡も取れる。その宿がある大体の場所も、先程丘の上から都市を見下ろしたときに教えてもらった。

 手持ちがゼロのテンカには俺からしばらくの活動資金を渡した。元手が無ければ出来る事がかなり制限されてしまう。将来こちらから頼ることもあるかもしれないので、先行投資である。少しぐらい貯えはあるのだ。テンカも初期にある程度資金があるかどうかの重要性は理解しているようで、少しの説得で活動資金の提案を受け入れてくれた。


 馬車が動き出す。そろそろ入門の確認があるだろう。テンカの身分証明は俺の迷宮ギルド証と御者のおっちゃんのギルド証でどうにか出来るらしい。

 衛兵がやってきた。2人のギルド証を見せると、御者のおっちゃんが言う。


「こいつはウチの客人だ。開拓地から呼び寄せた」

「なるほど、承知しました。それではこちらを」


 衛兵は腰に下げられた多くの銀のプレートから二枚をとりこちらに渡すと、次の馬車へと向かっていった。


「これがレクラースの一時滞在許可証だよ。長期のものは迷宮ギルドで手に入れられる。その時はこれを迷宮ギルドへ渡すんだ」


 俺とテンカはそれを受け取り、周りから見える部分につける。

 馬車は少し進んだところで止まる。大体は門の近くに駅がある。おっちゃんとはここでお別れだ。


「何か困ったことがあったら遠慮なく訪ねてきな。私もこの都市ではちょっとは顔が利くからね」

「はい。すぐに礼を返せるように頑張ります!」


 笑顔のおっちゃんに感謝を述べて、俺たちは解散した。



 そして今俺は迷宮ギルドの本部へと向かっている。テンカにはこっそり後をつけてくるように言ってある。迷宮ギルドに着いたら後はなんとかなるだろう。

 駅にあった案内図から迷宮ギルド本部への行き方はわかっているのだが、一応念のためだ。俺自身迷宮ギルド本部に用があるしな。

 辿り着いた場所はさすが本部というだけあってとても巨大で立派な建物だった。

(よし、ちゃんと着いてきてるな)

 テンカを確認してから迷宮ギルドへと足を踏み入れる。

 ウルグスの迷宮ギルドとの違いに少し圧倒されるが、すぐに気を取り直して目的の魔物討伐局に向かった。テンカには迷宮ギルドの案内所にいくように言ってある。入り口のすぐ近くにあるから間違わないだろう。

 魔物討伐局への扉を開けて中に入ると、中にいた数人の視線がこちらに向くのを感じる。当然魔族も居た。一瞬目を向けると嫌そうな顔を浮かべている。こればっかりはどうしようもないか。

 受付の女性の元へ向かうと、ギルド証と封筒を渡す。


「『時と縁の迷宮』への探索許可をお願いします」

「承知しました。しばらくお待ちください」


 近くにある木製の長椅子に腰を下ろす。うん、やっぱり魔族多いよね。

 迷宮は深く長く潜るとある障害が発症する。原因はいまだにはっきりしていないが、魔素が多い箇所での発症が多い事から『魔素障害』と呼ばれている。魔族はその魔素を感知でき魔素障害に極めて罹りにくいので、迷宮ギルドでは重宝されているのだ。魔素溜まりと呼ばれる特異点を感知でき回避出来る事もあり、パーティーに一人居るか居ないかで大きく探索効率が変わるのだ。俺もこんな見た目じゃなければきっと色んな所から引っ張りだこだったんだろうなぁ。たぶん。そうだったらいいなぁ。

 遠い目で受付の方を見ていると、先ほどこちらを見てきた魔族の女が近づいてきた。あぁあぁ面倒だ。


「あんた、もしかしてウルグスのロウかい?」

「ああ、そうだよ」


 答えると女は複雑な表情でこっちを見る。


「噂は聞いてるよ。あたしが直接見たわけじゃないからあんま言いたくないけど、ここで魔族の評判下げるようなことをしたらすぐに追い出すからね」

「……わかった。気をつける」


 まぁそれは当然のことだ。魔族として本能的に嫌悪感を抱いているだろうに、理性で抑えて忠告に止めているのはたいしたものだと思う。さすがは本部の魔族といったところなのだろうか。むしろあなたが聞いたという噂がどんなものか知りたい。俺は噂ではどんなことをした奴になっているんだろうか。

 そんな事を思っていると、また別の方から男がやってきた。勿論魔族だ。


「あーなんだよせっかく嫌なもの見ずにすむと思ってこっち着たのになんでこいつが居るんだよ」


 あ、ウルグスでよく面倒な絡みをしてきた奴じゃん。何人か居た内の一人だが、相手にしていられないのでなるべく見つからないようにしていた。見つかったら無視を決め込んでいたけど。


「それはこっちの台詞だよ」

「ソレハコッチノセリフダヨ。ほんと気持ち悪いわお前」


 えーそんなー。


「まさかこっちで活動するとか言わねえよな? マジやめてくんない?」

「やめないけど?」

「は? なんでこっちきたのか知らねぇけどさ、てめぇが迷宮潜ると俺らに迷惑なのわかってる?」

「いや、全然わかんないんだけど」


 え? 俺何か皆に迷惑かけていたのか? 迷宮ギルドの規則はしっかり把握しているはずだし、今まで何か注意を受けたことは無い。でももしそれが本当なら、これまで無意識に悪いことしてたのか。どうしよう。

 さっきの女は事の成り行きを見守る方針のようだ。


「てめぇ自分の外見ちゃんと見たことあんのかよ。迷宮潜ってる奴でお前みたいなナリの奴居るか? どんだけ知られてるっつっても他種族の奴にとっちゃお前なんか子供と変わらないんだよ。魔族は子供でも迷宮に潜らすんだなって糞みたいな事言ってくる奴どれだけ居ると思ってんだよ。お前このままだと絶対死ぬよな? 能力が外見に出てんだからそれぐらい皆わかんじゃん? でお前が死んだらどうなるよ。魔族って子供潜らせて死んでもなんも思わないんだってって言われるよな? 俺らお前が死んでも清々はするが悲しいとは思わねぇもん。したらどうよ、せっかく迷宮ギルドでありがたがられてる今の状態がさ、それをやっかんでいる奴がそれ利用しないわけ無いだろ? 利用するよなぁ魔族は他の種族より非道なんだって。そんな噂が出回ってみろよ。真実なんて関係なく少数で組むパーティーの枠に入れようと思うか? どんだけ有用だろうと種族としての人格に疑問をもたれたら間違いなく拗れるんだよ。そんな状況になる可能性が高いのに何でお前は迷宮に潜り続けるわけ?」


 面倒そうにイライラしながら語る彼の言葉は、予想外にわりと筋が通っていた。間違いなく嫌悪感を俺にぶつけてはきているのだが、理不尽と言い切るにはあまりにも想像できる話だ。

 ぐぬぬ。


「でもちょっと待って欲しい。それは俺が死ぬ前提の話だよね?」


 そう、死ななければ問題ない。それに前の国では根も葉もない噂が飛び交っていたのだ。あれは一体なんだったのだ。今言った事だけじゃ説明がつかない状況だったぞ。


「なんでお前死なないと思ってんの?」

「そうならないように努力はしているんだよ」

「てめぇの努力がどう実を結んだよ。何年も潜り続けてるけど成長はしたんですかぁー?」


 馬鹿にした表情を浮かべて男は俺の頭に手を伸ばしてきた、が。


 パシンッ


 突然俺の背後から伸ばされた手が男の手が払いのける。


「消えて」


 聞こえてきたのは俺にとってとても馴染みのあるものだった。



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