007「蠢く闇と救世の勇者」
「何? お前の学校の『朝比奈拓海』って男が化け物みたいに強い。うん、それで?」
ここは、拓海たちが住んでいるS県A市の中心街近くにある『ボウリング場』。
時間はまだ夕方近い時間なので、人気は少ない…………とは言え、お客さんはいるにはいるが、レーンの奥にいる『特攻服』を来た数十人の若い連中には見て見ぬフリをしている。
「そ、それで……本当だったらあいつから今月の『上納金』である10万を脅して奪う予定だったんですけど、それができなくなってしまったので……その、もう少し…………一週間っ! 一週間ほど……待っていただけないでしょうかっ!」
そして、そんな『特攻服』の不良たちに囲まれながら話をしているのは以前、拓海をイジメていた『アーミーナイフ男』とその取り巻きで、彼らは目の前の一人の『巨漢の男』に頭をこすりつけるほどの土下座をしながら『上納金』の支払いを一週間待ってもらうよう頼み込んでいた。
「なるほど。そいつが化け物みたいに強いから、別の奴から10万円を用意すると…………そう言っているんだな、お前は?」
「は、はいっ! そうです! す、すぐに用意しますからっ!」
「ふ~ん…………なるほ、どっ!」
「ぶぎゃっ!」
その『巨漢の男』はアーミーナイフの男の頭を鷲掴みし、地面にその顔を叩きつけた。
「ご、ごふっ…………」
鼻の骨が折れたのか、アーミーナイフの男の鼻からは大量の血が流れ落ちる。
「お前……自分が何言ってるのかわかってんのか? 舐めんじゃねーぞ、コラ」
「ひ、ひぃ……っ?!」
「で、ですが、鮫島さん! 本当に、あ、あの男は…………化け物みたいに強いんです! あんなの…………人間じゃねぇ…………」
「ああっ?!」
ドゴッ!
アーミーナイフの男を庇うように口を出したあの190センチの大男は、『巨漢の男』…………鮫島郁実に殴られると、190センチの体が壁に飛ばされる。男は一発で失神した。
「まったく……お前らたった10万円の『上納金』を収める仕事さえもできねーのかよ。まったく使えねー……なっ!」
ドゴッ! ゴガッ! グシャッ!
アーミーナイフの男と、取り巻きの残りの4人が鮫島にグシャグシャに殴られている。
「あ……ぐぅ…………ゆ、ゆるじで……もう……さべじば……さ……」
「……死ね」
ゴッ!
鮫島のフルスイングのパンチは、アーミーナイフの男の顔面を陥没させ、そして…………倒れた。
「ちょっと、ちょっと、郁実ちゃん…………こいつ、顔陥没してるよ? 死んでるんじゃない♪」
鮫島の後ろから銀髪のウルフカットで『ジャニーズ系』のような可愛い顔した少年が近づいてきた………………………………グシャグシャに潰れた顔で倒れているアーミーナイフの男やその取り巻きたちに『ケリ』を入れながら。
(((((き、狂人ミサヲ……)))))
周囲の特攻服を着た男たちがそのアイドルのような幼い顔をした少年の出現に、顔を青ざめ冷や汗をかきながらボソッと呟いた。
「……ミサヲか。今、来たのか?」
「うん。昨日まで一緒に遊んでいた女がいたんだけどさー、なんか調子こいてウルサイからー…………二度と女として生きていけないくらいボコボコにして『事務所』に薬漬けにするよう言って置いてきたー♪」
その『ミサヲ』という少年は、まるで『ツマらなくなったおもちゃを処分してきたー』くらいのノリで信じられないような言葉を口にする。
「おいおいおい、お前のそのすぐにキレやすい性格どうにかしろよ?」」
「しょうがないじゃん。ムカついたんだから。それに郁実ちゃんだって似たようなモンでしょ?」
「はぁ~……まったく。ちゃんと『事務所』の人に足跡残さないよう言っておいたんだろうな?」
「もちろんっ!」
「ならいい」
「んで? 郁実ちゃん、こいつら何かしたの?」
「ん? ああ。何でも『上納金』ぶんどる予定だった同じ学校の二年の奴が『化け物みたいに強い』とかで怖くて取れなくなったってんで泣きついてきてな」
「え~!『化け物みたいに強い』ーーーーーーっ?!」
鮫島からの『化け物みたいに強い』という言葉を聞いて、目をキラキラさせながら興奮するミサヲ。
「ああ。まあ、こいつらがウソを言っている可能性もあるからわからんが、『化け物みたいに強い』なんて奴がいたら興味…………あるだろ?」
「あるある~! 超ある~! ねえねえ、それってボクが殺ちゃってもいい? 同じガッコだしっ!」
「あーそうか。ミサヲは梅ヶ丘高校だったか……」
「うん。でも、ほとんどガッコ行ってないけど♪」
「そうか。そりゃあちょうどいいな。まあ、殺ってもいいけど、ここに拉致るのが目的だから………………殺すなよ?」
「もちろんっ! で? 何て名前なの? ねえ! ねえ! その『化け物みたいに強い奴』って何て名前~?」
ミサヲという男は『魅力的なおもちゃ』を手に入れた子供のように目を輝かせて鮫島に尋ねる。
「ああ、そいつの名はお前の学校の二年の………………………………朝比奈拓海て奴だ」
「朝比奈…………拓海」
ミサヲはその可愛らしい顔に邪悪な笑みを浮かべた。
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S県最大の愚連隊『黄龍』。
構成員はS県の全中学、高校から集まった十代の男たちからなるチームで構成員の数は500名を超える。
このS県最大の愚連隊『黄龍』の特徴としては、カツアゲや窃盗、レイプ、恐喝など十代の子供とは考えられないレベルの犯罪を行うなど、まるでヤクザと変わらないような連中というところである。
また実際、S県警は彼らのチームをヤクザとほとんど変わらない『特A指定』をするなどして『特別警戒』を行っている。
――そして
アーミーナイフの男たちをリンチした身長210センチの『巨漢の男』の名は『鮫島郁実』といい、彼はこのS県最大の愚連隊『黄龍』の総長である。年は拓海たちの一コ上だが、頭を全部剃り上げているばかりか眉毛まで剃っているため、とても十代には見えない…………どころかヤクザにしか見えない風貌をしている。
実際、性格もムカツク奴は片っ端から殴り飛ばし、力で自分より弱い奴らを牛耳る『恐怖政治』を敷くという危険この上ない性格だ。
そういう部分で、顔と性格が一致する男である。
そして、もう一人の銀髪のウルフカットでアイドル顔の男の名は『弧嘉渡ミサヲ(こかどみさお)』。
外見だけを見ると、身長は165センチ程度でまた細身で色白、しかも顔は『ジャニーズ系』の可愛い顔をしてノリも良い為、パッと見は『ノリの軽い軟弱な男』と見られがちだが、実際は常識外れの『怪力』の持ち主で『腕力』だけなら総長の鮫島と互角レベルである。
そんな『怪力』の弧嘉渡ミサヲが最も恐れられているのは『性格』だ。
ちょっとしたことですぐにキレる部分が恐れられているのももちろんだが、一番周囲が恐れているのは、『何がきっかけ』でキレるのかわからない点である。
普段から言動や行動がズレている……いわゆる『天然系』であるのもまた、その『弧嘉渡ミサヲ』という男の恐怖を増幅させている。
ちなみに、キレると男女関係なくその『怪力』で顔を平気で力いっぱい殴り倒す凶悪で残忍な面を持つ。
そういう部分では鮫島と違って、顔と性格が一致しない男である。
そして、そんな可愛い顔からは想像できない『怪力』や『凶悪な性格』から周囲からは『狂人ミサヲ』と言われ恐れられている。
そして…………その『狂人ミサヲ』は、拓海をイジメようとして返り討ちにあったアーミーナイフの男や取り巻き連中の親玉であり、そして、拓海たちの学校の不良のトップである。
そんな『狂人ミサヲ』に目をつけられた拓海。
かくして、『事』は拓海の知らない水面下で『凶悪なる悪意』を持って蠢き出した。