023「秘密会議と救世の勇者【前編】」
――雨宮ネオインダストリー 最上階VIPルーム
そこには二つの人影があった。
「あいつは本当にここに来るのか? ていうか、日本に本当に戻っているのか?」
「ああ、ちゃんと連絡もあったし、それに…………事が事だしな」
「……まあ、そうだな。しかし、それにしても……まさか拓海君が我々と同じ『異世界アルヴァゼロ』へ行っていたなんて……」
「そうだな……しかし、拓海君の異世界転移は偶然なのか、それとも意図的なものなのか……」
「そいつは…………お、来たみたいだぞ」
「いよぉ~二人とも~……」
「「誠一っ!?」」
「流聖、雄士郎…………久しぶり」
伊礼堂流聖と雨宮雄士郎の前に現れたのは朝比奈誠一だった。
「て言っても、三日ぶりだからあまり久しぶりって感じもしないがな」
雄士郎が笑いながら言葉を返す。
「確か、今は…………マヤのチェチェン・イッツァ遺跡のほうに行っているんだっけ?」
「ああ、そうだ。ところで……」
流聖の問いに誠一は返答しつつ、
「今回の集まりは…………拓海のことだよな?」
今回の集まりの本題を切り出した。
「ああ、もちろん」
「その事に踏まえて、今後の方針を決めなきゃいけないしな」
「まあ、そうだな……」
「その前に…………橘」
「……はっ!」
いつの間にか雄士郎の側に執事の橘が現れる。
「うぉっ!? 相変わらず、神出鬼没だな…………橘さん」
「お久しぶりでございます、誠一様」
「お久しぶりです」
「橘…………とりあえず、みんなにお茶を出してもらってもいいかな?」
「すでにあちらの窓際のテーブルに少しばかりに菓子も添えて、ご用意致しております」
「さすがですね……ありがとう」
「ささ……皆さま、ごゆっくりお寛ぎくださいませ」
「「し、仕事出来過ぎっ?!」」
そう言って、三人は最上階のVIPルームの中で町の夜景が一望できる窓際の席へと移動した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「…………さて早速だが、拓海君の異世界転移についてお前は知っていたのか、誠一?」
麗香の父である雨宮雄士郎が誠一に尋ねる。
「……ああ、知っていた」
誠一はあっさりと認めた。
「……ということは、事前に『神様』から連絡があったということか?」
静流の父である伊礼堂流聖が次に訪ねるとそれも『連絡があった』と言って首肯する。
「今回の拓海の異世界転移についても『俺たちの時』と同様、トラックの運転手も、トラック自体も、拓海が助けた子猫も、すべて神様の『分霊』…………分身による自作自演だったということだ」
「何?! そうなのか?!」
雄士郎が誠一の言葉に驚く。
「ああ。だから実際、トラックも、運転手も、子猫も、ケガ一つないし、その存在自体もこの世にはもう無いぞ」
「むぅ~…………さすがは神様と言ったところか」
雄士郎は神様の『力』の凄さに圧倒されていた。しかし、
「まあ、私は何となくそう思っていたけどな。だって、あまりにも都合が良すぎるじゃねーか。こんな身近な、しかも誠一の息子って時点でな、それよりも…………」
流聖は誠一の言葉にあまり驚いてはいなかったが、
「拓海君はこの世界に『ステータス』を継承させて帰ってきたようだが。それはつまり…………魔王ヴァルシュトナを倒したという認識で間違いないんだな?」
「ああ、そのようだ。私もそれを聞いてさすがに驚いたよ」
誠一は腕組みをしながら感心している。
「しかも拓海君の場合、『救世の勇者』として異世界転移したのは一人だけだったんだろ? 我々の時は三人で魔王討伐に挑んだというのに…………」
「ああ…………『封印』するのがやっとだったからな」
雄士郎と流聖が誠一に続いて腕を組みながら考え込む。
「お前たちもよく知ってると思うが、魔王ヴァルシュトナを討伐しないと『ステータス』を元の世界へは継承できない。つまり、『ステータス』が継承できなければ『MP』が存在しなくなるため、結果、『魔法』も使えない。まあ、『スキル』だけは継承できるがな……」
「もちろん知っているとも。だから、私たちは当時、異世界で身に着けたこの『スキル』を最大限に活かせる仕事に就いたのではないか」
雄士郎がフッと笑いながら、懐かしむような目をして呟く。
「そうだな…………それもこれも、私たちが異世界で果たせなかった『使命』を、この現代で果たそうって話だからな」
そして、流聖もまた少し微笑みながら雄士郎に続いて言葉を発する。
「……ああ、そうだな。この私たちの星、地球を太古より牛耳っている『奴ら』の手から取り戻すべく、今日の我々がいるわけだからな」
「ああ」
「その通りだ」
誠一の言葉に雄士郎も流聖も力強く頷く。
「その為に、雄士郎は自身のスキル『思考速度100倍』を活かして、『科学分野』から奴らと対抗しうる力を作ってもらっているが…………今はどういう状況なんだ?」
「現在は、『遺伝子覚醒』のスイッチの組み合わせを解析し、そのスイッチの組み合わせの遺伝子を詰めた『人口細胞』を投与し、一般の人間の身体能力、記憶能力などすべての能力を超えた、いわば『超人』を生み出すことに……成功した」
雄一郎が誠一の問いに答えるが…………表情はあまり芳しくない。
「……『NACMO計画』か。成功したというのは…………その被験者は」
「ああ、俺だけだ」
「……だろうな」
「ああ。成功はしたものの、この『超人』への変異を一度、行うと、もう…………一般の体に戻ることはできない。それに『人工細胞』による活性だからな…………身体的な負担や、寿命なども含めてリスクは計り知れない。それを、他人に投与することなど、やはり…………な」
そう言って、雄一郎は落ち込んだ顔を覗かせる。
「……なるほど。じゃあ、とりあえず…………名誉ある『被験者2号』は私が行かせてもらおうかな?」
「?!…………せ、誠一っ!!!!」
「おいっ! 私も忘れてもらっちゃこまるな…………雄一郎」
「りゅ、流聖まで…………っ?! い、いいのか?」
「ふっ……何を今さら。私たちが進む道は『片道切符の一方通行』だからな」
「流聖の言う通りだ、雄士郎。今から40年前…………私たち三人は、あの魔王ヴァルシュトナの封印がやっとで討伐することができず、異世界から大きな悔しさを引き摺って帰ってきた12歳のあの時に誓ったじゃないか…………『この悔しさは、自分たちのこの世界で晴らす』……と。『この現代の奴隷社会を終わらせるため『支配者』を叩く』……と」
「誠一………………。そうだな、俺たちの『使命』はあの異世界から帰ってきた『12歳の夏』から始まっているからな」
「そういうことだ、雄士郎。我々三人の『40年の絆』は揺るぎないということだ」
「ありがとう……誠一、流聖」
その後、誠一と流聖は雄士郎からその『遺伝子覚醒された人工細胞』の入った『カプセル』を貰い受けた。
「まあ、二人は『スキル持ち』なんだから飲まなくてもいいかとは思うがな」
「いやいや、流聖や俺は『スキル持ち』とは言え、『カプセル』での身体強化・知能強化があればまたいろいろと計画を実行しやすくなるから必要だよ、ありがとう……雄士郎」
そう言って、誠一がカプセルを飲む。
「ま、そういうことだ……」
そして、流聖もまたカプセルを一気に飲んだ。
直後――二人の体が震えだした。
「お、おおおお、こ、これは……また…………キクな~~~~っ!?」
「くっ…………ま、まったくだ。こ、これ、マジ大丈夫な奴だよな、ゆ、雄士郎……」
「ああ、心配ない。薬を飲んだ最初の一分ほどは体内の細胞との融合を図る動きをするため、体中の震えが止まらないが一分過ぎれば内部の細胞と融合・同化して元に戻る」
約一分後、雄士郎の言う通り、二人の震えは止まった。誠一と流聖はホッと安堵の息を吐く。
「そ、それにしても……確かに……こう、何というか……体の内側から力が有り余って溢れそうな感じだよ」
「ああ、まったくだ。52歳という年齢だがそれを感じさせないくらいに力が漲っている感じだし、それに、頭も冴えているよっ!」
「よかった…………特に異常がないようでホッとしたよ」
「「いや、お前の口からそんな言葉を出すなよっ!?」」
「うっ?! す、すまない。だ、大丈夫…………私はもっと前からカプセルを飲んでいるが何ともないんだ……だから問題はない。紛らわしいことを言ってすまない」
「本当だよ、雄士郎……」
「雄士郎、勘弁してください……」
流聖と誠一がマジツッコミを入れて若干へこむ雄士郎であった。
三人ともが一息ついたところで、お茶を飲みながらベランダのほうへと足を運んだ。
ちなみに、ベランダ……とはいっても、そのベランダ部分だけでも横に30坪ほどの広さを持っている。
「そう言えば、流聖…………お前のスキル『先導者』での活動…………『民の鉄槌』のほうはどうなってるんだ?」
「ああ、そのことで少し報告することがあるんだが……」
そう言って、流聖がお茶を置いて二人に事情を話し始めた。




