019「動き出した世界と救世の勇者(武本光也の場合)」
――武本光也の場合
「拓海が…………異世界に行っていた……」
光也は拓海の家からの帰り、一人、歩きながら考え込んでいた。
「ほ、本当に異世界が存在していたなんて…………やっぱり母さんの預言は当たって…………?! 誰?」
「……若」
「……我水か」
「はっ! 突然の接触、申し訳ございません」
光也は街灯の少ない歩道にも関わらず、その『我水』という黒装束の男の気配に気づき声をかける。
「ボクはもう『家』とは関係ないんだ。ほっといてくれ……」
「そうはいきません。宗主様も若に戻って欲しいと切に願っております」
「ウソはやめてよ、我水。宗主がそんなこと言うわけないじゃないか」
「そ、そんなことは……?!」
「それとも、そういう風に言えばボクが戻るとでも思ったのかい?」
「い、いえ、そのようなことは…………決して…………」
200センチ近い巨躯で坊主頭と迫力のある顔をした我水という男は、光也の言葉に狼狽える。
「いいよ、我水。宗主…………父のことはボクがよく知っているから。だからボクと母さんは『家』を出たんだし……」
「……若」
「それで? 用事はそれだけ?」
「……いえ、用事というのは………………朝比奈拓海という男についてです」
「!? な、なんで……なんで、そこで拓海の名前が…………出るんだ?」
「若のご学友であることは知っておりますが、彼は若が知る以前から…………『対象者』としてマークしておりました」
「そ、そんな前から?…………い、一体、何のために?」
「すべては『来るべき日』の為でございます」
「来るべき…………日?」
『家』にいた頃、次期宗主と運命付けられていたボクだったがそんな話は聞いたことがなかった。
「若が知らないのも無理ありません。知っている者は宗主様と左大臣、そして、右大臣の私の三名だけですので……」
「が、我水!? もしかして、お前がここに来たのは…………拓海を始末しにきたのかっ?!」
光也が血相を変えて我水に突っかかる。
「とんでもございません。ただ、朝比奈拓海の周辺にはいろいろな組織が絡んでいるものでして…………詳細はお話できませんが、ただ、いずれにしてもその『来るべき日』が訪れる前にこの話を若の耳に入れる必要があると感じたものでして、勝手ながら私が独断でこのような突然の訪問という形を取らせていただきました」
「そ、そうだったんだ…………ありがとう、我水」
光也はホッと胸をなでおろすと同時に、すぐに別の質問を投げかける。
「ということは我水。『家』は…………『八陣雷鳥』は拓海の『異世界の話』について存じているということなの?」
「……はい。存じております」
「そうだったんだ。でも、それを知った上でも拓海がまだ『対象者』のままということは、危害を加えるということはないんだよね?」
「……今のところは、です。実際、朝比奈拓海がこの後、どのような行動をするのかによって我々『八陣雷鳥』の立ち位置も変わります。そこは若も承知…………ですよね?」
「……うん」
我水が少し厳しめな表情で光也に言葉を返す。
「そのことも含めて、若にはできるだけ早く戻ってもらい、宗主様の後を継いで頂きたいのですが…………」
「ボクの立ち位置は『八陣雷鳥』ではなく、『拓海の親友』としての立ち位置だ。もし、『八陣雷鳥』が拓海を敵対することになった場合はボクは………………拓海の側につく」
「……それは、我ら『八陣雷鳥』がどういうものか、どういう存在かを知っての発言…………ですよね?」
「もちろんだ。逆に、ボクがそこまで言い切るってことがどれだけのことかを汲んでくれると助かるよ……」
我水と光也はお互い『圧』を発しながら目で会話をする。
「……若。今の発言は聞かなかったことにしておきます。私個人としては…………若を敵として相対することは苦痛以外の何物でもありませんので」
「それはボクも同じさ……我水」
「若……」
「報告ありがとう、我水。父さんと左大臣の相手は大変だとは思うけど、体には気を付けてね。じゃあ、ボクはいくね、それじゃっ!」
そう言うと、光也は走って現在、母と一緒に住んでいる古い木造アパートへと去っていった。
「…………若」
我水はしばらく光也の後ろ姿を見つめながらその場に止まっていた