018「動き出した世界と救世の勇者(雨宮麗香の場合)」
――雨宮麗香の場合
S県A市の中心街の中でも一際、目を引く高層ビル群。
そのビル群の中で一番の高さを誇る『雨宮ビルディング』…………通称『雨ビル』。そのビルの地下駐車場へと降りていく一台の高級車。地下駐車場へ降りたその車は、さらに、そこに設置されている『特別車両専用エレベーター』より『車』ごと最上階へと進む。
チン……。
エレベーターが止まると同時に、無駄のない動きで運転席から降り、後部座席に座る人物の側のドアを手慣れた手つきで開けながら、初老の男は胸に手を当て軽く頭を下げて出迎える。
「ご学業、ご苦労様でございます……………………麗香お嬢様」
「いつも、ありがとう……橘」
その初老の男に出迎えられた後部座席の人物…………『雨宮麗香』が降りてきた
「お父様…………ただいま帰りました」
「おかえり、麗香…………珍しいね、休日でもないのにここに来るなんて」
「は、はい。今日は拓海の家にお邪魔していたのですが、そのことでお父様にお話したいことがあったので…………」
「そうか…………ところで拓海君は元気だったかい?」
「はい。退院してからは学校でも家でも元気です」
「そうか……それは本当に良かった」
玄関で麗香を笑顔で出迎えたのは、茶色の髪をオールバックに纏めた、見た目30代後半にも見えるが実際は50代前半の麗香の父であり『雨宮ネオインダストリー(ANI)』の創始者である『雨宮雄士郎』……その人だった。
橘がエレベーターから正面にあるフロアの正面玄関を開けると二人はいつものように、『ワンフロアぶち抜き』の空間へと足を運ぶ。玄関を開き、二人が歩くその通路の横には並列接続されている水冷式の巨大ストレージ群が所狭しと立ち並び、そして、奥に進むと様々な研究機材が並んでいた。そして、そのさらに奥に行くと、ガラス張りの部屋があり、そこに『生活空間』らしきものが存在する。
「お、お父様…………実は……」
「ん? 何だい?」
麗香は父と一緒にそのガラス張りの部屋までゆっくりと歩きながら、今日、拓海の家で体験した出来事を話し始めた。
「異世界? 魔法?…………そんな、まさか………」
「事実ですっ! 実際、私は拓海の魔法で空を飛んだんですものっ!!」
「そ、空を……飛ぶ?」
「拓海は『飛翔魔法スカイウォーク』って言ってました。その魔法で私を含め、メグちゃん、静流、光也の四人を拓海が制御しながらですけど…………飛びましたっ!!」
「ひ、飛翔魔法…………スカイ……ウォーク……。ということは本当に拓海君は異世界に…………」
「お、お父様? お父様は…………スカイウォークという魔法を知ってるん…………ですか?」
「ん? あ、い、いや、はは…………そんなわけないじゃないか。おかしなことを言う子だ」
「え? で、でも……」
「それよりっ! 拓海君はこの事を他の誰かに喋ったのかわかるかい?」
「え? う~ん、どうだろう…………でも、たぶん、私たち四人以外には話していないと思います」
「そ、そうか……よかった」
雄士郎はホッと安堵の息を吐く。
「いいかい、麗香…………今後、拓海君にはこの四人以外の誰にも『異世界』のことや『魔法』のことは喋らないように言い聞かせるんだぞ」
「は、はい……」
「もし、この事が他の誰かに知られると、最悪、拓海君に命の危険が迫る可能性があるからね……」
「ええっ!? そ、そんな……」
「……当然だ。彼の力が仮に『本物』だとしたら、それは、もはや『人類最強兵器』に他ならない。そうなると、彼を求めて……あるいは『不安要素』という視点の者たちであれば拓海君の命を狙う可能性もあるということだ。それは、お前も私がこの『研究』を秘密裏に行っているのを見れば…………わかるだろ?」
「……は、はい」
麗香は納得した様子で雄士郎の言葉に頷く。
「お父様の研究、『ナノボット人工細胞変異技術(ナノボット・アーティフィシャリティ・セル・ミューテーション・テクノロジー)』…………通称『NACM計画』」
「そうだ。この『NACM計画』は『ナノボット』と『遺伝子テクノロジー』による人の細胞そのものを『変異』または『書き換える』技術であり、そして、人類の進化を促進させ、その結果、世界平和を実現する計画だ」
雄士郎はIOT機器で世界トップのシェアを誇るまでになったが、その収益の内、自身の報酬のほとんどをこの『NACM計画』に注いでいた。そして……、
「『NACM計画』は現在、いよいよ最終段階に入っている。これが完成すれば旧支配者たちから『生活』を……『社会』を……そして『地球』を取り戻すことができるっ!!」
「はいっ!!」
麗香は父の力強い言葉に、自身も力強い言葉で返す。
「その計画が動き出すのはもう少し先だがすでに賛同者や協力者との連携はできている。お前にはまだ詳しく話してはおらぬがいずれ時が来たらきちんと…………話す」
「はい」
「……今さらだが、お前には私の身勝手な『実験』による『遺伝』で辛い想いをさせてしまった。本当に申し訳な…………」
「そんなことないっ!」
麗香は雄士郎の言葉が言い終える前に、力強く被せるように言葉を発した。
「お父様が若い時に自分の体を使って『細胞変異』や『遺伝覚醒』を行った結果得られた『力』が、私にも『遺伝』して受け継いだことを、私はお父様とお母様からの『贈り物』と思っていますっ!」
「……麗香」
「私はお父様と同じ……常人を遥かに上回る『計算処理能力』や『記憶能力』『身体能力』を身に着けることができた。そして、それは本当にこれまでの私の人生を豊かにしてくれてるもの。私はこんな体になったことを『感謝』はすれど『悲観』なんてしたことないわっ! だから、謝らないで…………………………お父様っ!!」
そう言うと、麗香が雄士郎の胸に飛び込み後ろに手を回す。雄士郎もまた麗香の背中にそっと両腕を回し、震える麗香をやさしく守るように包み込む。
「私はお父様とお母様の子に生まれて世界一幸せです。世界の人々の為にもこの『力』を必要なときは言ってください…………お父様っ!」
「ありがとう、麗香………………ありがとう」