プロローグ後編「地球へ戻った救世の勇者」
「タクミ…………本当に元の世界へ…………帰っちゃうの?」
ジュリアンが目に涙を溜めながら俺に上目遣いでそう尋ねる。
魔王討伐後、王宮に戻った俺は召喚士のマチルダから元の世界に戻れる『ゲート』を開くことに成功した、と報告を受け、現在、アイリス、レナ、マリーナ、そして、第一王女ジュリアン・リザスターとその父であり国王である『レオナルド・リザスター』と共に『召喚儀式の間』にいた。
そこで、俺はジュリアンに『元の世界へ戻る』ということを告げると冒頭の言葉へとつながる。
「すごく、すごく、すごく悩んだけど…………俺は…………そう決めたんだ、ジュリアン」
その俺の言葉にジュリアンは下を俯き、声を殺して……………………泣いていた。
また他の皆からも、『この世界でこれからも一緒に平和を築く旅を続けよう』とか、『この世界で皆で一緒に楽しく暮らそう』と言って引き留められた。
そんな皆の声に俺は嬉しくなり感謝しかなかったが、しかし、
「やっぱり自分はこの世界の人間ではないし、それに両親や妹、そして親友たちにも悲しい想いをさせたままだと思うから…………どうしても帰って安心させたい」
と言って、地球に戻ることをはっきりと伝えた。
ちなみに、地球での俺は病院でトラックに轢かれ、腰の骨を折った状態のまま『意識不明の重体』で眠った状態だ。召喚士を通して神様から『地球に戻ればここのステータスはすべて継承できる』とのことだったので、地球に戻った後、自分で快癒魔法をかければまた元気に生活できると教えてもらった。
俺としても17歳でまだ何も始まっていない地球での人生を謳歌したいという想いは強かったので、皆の引き留めに後ろ髪を引かれつつも俺は『ゲート』に入り、元の世界へと戻った。
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「う……痛つつ…………こ、ここは……?」
気がつくと、俺は病院のベッドで目を覚ました。
「そうか…………俺は、戻って、きたのか…………地球に」
俺は少しずつ意識を自覚すると、現状を少しずつ把握した。すると同時に、
「痛てててて…………そ、そうか……俺は……今、トラックに轢かれて……病院に……」
背中からくる強烈な痛みに眩暈をし、気絶しそうになる。
「ほ、本当に……神様が言う通り…………ステータスはここでも使用可能なのだろうか? ていうか、も、もしも、これまでの出来事…………あの、異世界の出来事は全部…………夢とかじゃねー…………よな?」
俺は痛みで意識が遠のきそうになるのを必死で堪えつつ、『頼む、開いてくれっ!』と祈るような気持ちで、異世界のようにステータスウィンドウを開いてみた。
「ス、ステータス……オープン……っ!」
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職業:救世の勇者(地球人)(魔王討伐者)
称号:『覚醒者』
HP:437000
MP:48300
SP:15600
魔法:すべての魔法を習得
※詳細はさらに指示して確認
スキル:『成長スピード100倍』『技能獲得』……その他
※詳細はさらに指示して確認
耐性:全耐性取得
※詳細はさらに指示して確認
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「お、おおおおおお、本当だ…………本当にステータスが…………存在している…………夢じゃ、なかったんだ…………っ!?」
そうして俺は、すぐに快癒魔法をかけてみた。
念のため、快癒魔法最大のS級快癒魔法『キュアヒーリング』をかけてみた。
「キュ、キュア…………ヒーリングっ!」
すると、異世界のときと同じように水色と薄緑色の光が俺を包み込む。そして、
「な、治ってる…………」
さっきまでの腰の激痛がウソのように消え、俺は自分の顔や腕、体についているチューブを引き剥がし、ベッドの横に立つことができた。
「か、神様の言っていた通り、魔法が地球で…………使えた! ていうか、やっぱり俺…………異世界に行ったんだな」
俺はさっきまで半信半疑だったが、今、自分の身の上に起きたことで改めて実感した。
それにステータスに『魔王討伐者』と書いてあったこともあり、俺は異世界で『魔王』を倒してこの世界に戻ってきたんだと、はっきりと自覚することができた。
「た、ただいま…………元の世界」
俺は一人、地球に戻ったことをこの世界に告げた。
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俺は自分の体を回復させた後、いろいろと冷静になって考えてみた。
まず、自分が目を覚ましたのは朝の5:00頃だったこともあって病院は静かだった。
ちなみに俺の部屋には他の患者さんはいない。個室だ。
とは言っても、ウチはそんな裕福な家庭ではなく一般的な家庭なので『個室』での入院なんてまずありえない。ということであれば、おそらく病院側が『意識不明』ということもあったのでそれなりの配慮があったのだろう。
まあ、そんなことはどうでもよい。
大事なのは、これからの俺の行動だ、が…………まずは、いろいろと『情報整理』から始めてみようと思う。
まず、俺は『異世界』へと転移する前はトラックに轢かれ『意識不明』となっていた。その『意識不明』のまま、俺の魂は『異世界』へと転移し、約一年間向こうで暮らしていたが、地球に戻ってカレンダーと時計を確認してみると……、
「20××年5月10日…………始業式から約一カ月しか経っていないのか」
どうやら、俺が異世界に行った『一年』は、地球ではたったの『一カ月』しか時間が経過していなかった。つまり、異世界の時間経過は地球よりも早いということになる…………とも思ったが、
「もしかしたら、神様が気を利かして『時間』を操作してくれた可能性も否めない。まあ、それくらいはできそうだし。だって神様だし」
まあ、それはそれでこっちとしては何も問題はないので特に気にしなくても良いだろう。
そんな、いろいろと俺は一人情報整理をしていると、部屋の外から何やらバタバタとエライ騒がしい足音が聞こえた。そして、
ガラッ!!
俺のいる部屋のドアの前で足音が止まったと同時にいきおいよくドアが開かれた。
「!? き、君は…………あの……意識不明の…………………………せ、先生ーー! 先生ーー!!! 意識不明の患者さんが意識を…………ていうか、た、たたた、立ってるんですけどーーーーーーーーーーっ!!!!」
ナースの女性はドアを開けて俺を見るや否や、まるで『お化け』でも見たかのように血相を変えてまたバタバタと急いで部屋から飛び出していった。
おそらく、俺の体に付いていたチューブを剥がしたから、警報みたいなものが鳴ってナースが『何事か』と様子を見に来たのだろう。
俺は、特に何することもなかったのでベッドの上で窓から入ってくる朝焼けの光を浴びつつ、病院の外を眺めながら医者が来るのを待っていた。
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「き、奇跡だ…………」
ナースが部屋を飛び出してから約十分後、医者らしき男が部屋に入って来るや否や、俺の様子を見て一言そう呟いた。なんでも、
「な、情けないことに、私は君の意識が戻らない理由が見つけられず、正直、お手上げ状態だった。しかも、腰の骨も折っている為、応急処置はしたものの、手術をしても君が手術に耐えられるか難しい状況だった為、今日まで様子を見るつもりだった。それなのに…………」
初老の医者は、軽く手を震わせながら眼鏡のポジションを直して話を続ける。
「き、君は意識を…………取り戻した。しかも、それだけじゃなく、腰の骨折も完治しているし、今、軽く検査してみたが君の体は入院前よりもかなり健康状態が良くなっている。私はこれまで40年、医者という仕事で多くの患者の奇跡を目の当たりにしたが、君のその『奇跡』は私の中で『ダントツの一位』になったよ。ハハ……」
医者は俺の状態を見てまだ信じられないような面持ちだったが、目の前に俺という『結果』が出ている以上、信じざるを得ない、とでも言いたそうな顔をしていた。
すると、部屋の外からまたバタバタとこの部屋に向かっている誰かの足音を俺は感知した。その感知した足音が誰なのか、俺は、おそらく異世界で力をつけた結果の賜物なのだろう…………その足音の主がすぐにわかった。
「お兄ちゃんが目を覚ましたって本当ですか、先せ…………っ?!」
俺の部屋の前で、まだ朝の5時過ぎだというのに大声で医者に声をかける女の子がいた。それは……、
「お、お兄…………ちゃん……?」
俺の妹、『朝比奈恵夢』だ。
「よっ! 久しぶり、メグ。心配かけ……」
「お兄ちゃ~~~~~~~~んっ!!!」
「むぐぅ!?」
妹のメグが俺に思いっきり飛びついて抱き着いた。
メグの…………俺と一コ違いとは思えないそのグラマラスな体から繰り出された『巨乳プレス』で俺はフガフガする。
あれ?
これって異世界でも同じことがあったような?
その後、俺の両親も駆けつけ、俺は異世界の仲間たちに言った『家族への安心』を届けることができた。
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俺は病院で精密検査を行ったが健康に問題はなくケガも完治したという『お墨付き』をすぐにもらった…………のだが、一カ月の間、点滴だけの生活だったということもあり、少しずつ固形物に慣れるような食事をする必要があると言われたので、学校に通うまでに一週間ほど時間がかかった。
正直、魔法で…………しかも『S級の快癒魔法』である『キュアヒーリング』で直したので胃や肝機能もすべて正常に戻って普通に食事もできたのだが、それはそれで変に目立つのはマズいと思い、敢えて何も言わず医者の指示に従った。
――一週間後
そうして、俺は今日から晴れてまた学校へと通えるようになった。
「じゃあ、いってきます」
「うむ。学校を楽しんできなさい、拓海」
「はい、いってらっしゃい……拓海」
両親が俺を玄関前まで来て見送ってくれた。
まあ、一週間前まで俺は病院で意識不明だったこともあったので心配で仕方ないのだろう。なので、俺は元気に学校に通うことで両親を安心させる為にもこれからの学校生活を楽しく送ろうと考えていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ、お兄ちゃん! 今日から一緒に行くって言ったでしょう~~~っ!」
奥から、いつものツインテールをフリフリ揺らしながら妹のメグがパンを咥えて走ってきた。
妹のメグ…………朝比奈恵夢は今年ウチの学校に入学してきた新入生である。年は一コしか違わない。
一般的に、年のかなり近い兄妹なら『仲が悪い』のが普通だと思うが、俺たち兄妹にそれは該当しなかった。
というよりも、妹のほうが少し、というか、かなりの…………ブラコンだった。
「お兄ちゃんを守るのは妹の務めです」
妹は小さい頃から親父から『空手』と『剣道』を教わっており、しかも、かなり才能があったらしく、中学では空手と剣道で『全国ベスト8』まで登りつめた。そういうこともあり、妹は俺の事故後からそんなセリフを口癖のように呟くようになった。
と、同時に、
「じゃあ、お兄ちゃん、行こっ! いってきまーーーすっ!」
「はい、いってらっしゃい。メグぅ~、お兄ちゃんを頼んだわよ~!」
「メグ! 頼むぞ!」
「まかせてよ! 私はお兄ちゃんの妹、守るのは妹としての…………嗜みっ!」
何やら、メグの中でどんどん『ブラコン語録』が生まれているようでした。
まあ、そんなわけで、俺は異世界から地球に戻り、平穏な日々を送る毎日を夢見て、玄関から一歩、外へ足を踏み出した。
【追記】
そんな『平穏な日々』はそう長くは続きませんでした。
連続投稿。
たぶん、どんどん修正とか出てくるかもです。