表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/21

7.ヒロインの気配はポンコツに沈む

 ギルドまで戻ると、熟練冒険者が入れ替わりで出ていったので、すこし静かになっている。

 パーティメンバーは入口近くで待っていて、目を閉じたままの少年を心配したが、目を覚まし、ただ寝ていただけだと知って安堵した。


 盗賊娘の時計は必要ないので消してしまい、現状を報告するため、受付へ向かう。


「――って感じだ。戦闘用ゴーレムの破壊って特別手当が出たりする?」


「はい。撃破数と貢献度合いはスキルボードに記録されていますので、基本報酬とは別に支払われます。ステータス関係は破損しているようですが、それ以外の機能はちゃんと動作しているようなので、ギルドポイントを加算しておきました。転生者の皆さんには、ポイントのことを『いつでも換金できるプリペイドカード』と説明しています。そう言うと分かりやすいとのことなので。ポイントとして使用するほうが何かとオトクなので、必要になったときだけ換金することをオススメします」


 魔法もハイテクも利用方法はあまり変わらない。こちらの世界も、意外と快適にやっていけるかもしれないと思った。


 一緒にゴーレムを倒した少年は、手の甲の印を見せながら、少し興奮気味で言う。


「すごいね! これならなくさないし、お買い物も便利だし。しかもこんなにいっぱいのポイント!」


「だからって、使いすぎるなよ? 金なんて一瞬でなくなる」


 加算されたポイントは二百三十万とちょっと。日本円と比べると、ややこちらのほうが価値が高いと思われる。しかし、それは日常生活をする場合の話で、1万近い回復ポーションやらのことを考えると、あまり高い報酬とは思えなかった。良い報酬を出しているようで、結局は循環してギルドへ戻ってくるようになっているのだろう。


 しかし、回復薬いらずのこの体だと、クエスト時のコストが大幅に減る。道具は能力でなんとかなるし、金稼ぎという面では俺の能力は優れていた。


 それでも、俺の強さに疑問を持ち始める。初めて戦ったのにもかかわらず、凄まじい戦闘力を見せた少年のことを思うと、なおさらだ。

 彼はゲームキャラのように成長し、俺の戦闘能力を超えるのは一週間もかからないかもしれない。


 だから、俺はそれに負けないよう鍛錬することにした。


 その日の晩からゴブリンの集落を攻略するクエストを受け、狙撃の訓練を行う。その日は夜明けまで狙撃が続き、三百は狩った。


 続いて格闘術。転生者の国籍は多種多様で、転生者コミュニティを通じてロシア人のコマンドサンボ経験者と接触。女神に言語中枢を弄くられたので、言葉の問題はなかった。

 コマンドサンボの基本を学び、死なない身体を活かした無茶で野性的な格闘スタイルを確立していく。彼は銃を使う転生者に喜び、射撃全般もついでに指導してくれる。


 再びコミュニティを運営している施設を訪れると、さらなる収穫を得た。


 他の転生者が授かった、地球上のインターネットにアクセスする能力の恩恵を買い、タブレット端末も手に入れた。もちろん、壊れないように図鑑登録する。一つだけ問題があるとすれば、こちらからの書き込みが文字化けしてしまうことだ。転生者同士ならその文字を理解できるので、連絡手段としては使えないこともない。


 さらに、恋しさを感じる地球の食材なんかも手に入るようになった。農業や料理で儲けようとしている転生者も多いので、そういったものも取引されている。


 他に接触できたのは、俺と同じように、一つの武器を無限に生産できるようにした人物だ。

 彼が生み出す武器は、俺の図鑑に登録されていないXM109という対物ライフルだった。ラハティに比べると圧倒的に軽く、口径は二十五ミリあり、焼夷弾や炸裂弾の運用が可能になっている。

 無限に生み出せるからと安く売ってくれたので、もちろんそれも登録した。


 彼らと飲み交わしていると、魔力とは関係なしに、手の先から気弾を出せる仙人のようなおっさんの話を聞いて、少し遠くにある山の山頂を訪れる。しかし、高い金を払わせておいてインチキだったので、そいつは崖から落とした。


 それからは、ついでにサバイバル生活を初めてみる。道具のある快適なものだったが、食料は全て現地調達。その頃には狙撃も板についていて、大型獣を狩り、毎日がご馳走だった。


 森林地帯で妙に神々しい鹿の怪物を食ったときは、少しMPが増えた気がする。

 後から聞いた話だが、それはこの地域に伝わるありがたい伝説の獣だったという。次の日に大嵐が来たのは、俺のせいじゃないと信じたい。


 くろすけの扱い方も、その生活で大きく上達した。習得したそれはとても強力なのだが、あまり人前では見せられない技に仕上がっている。


 数え切れないほどのモンスターを狩った頃にギルドへ戻ると、二千万近くのポイントが加算された。結構強力なモンスターを倒したこともあるが、戦闘用ゴーレムと比べると一体の報酬が低い。それだけ、ゴーレムは脅威だということなんだろう。


 相も変わらず、どの転生者も女の子を引き連れ、俺はたまに男集とクエストに出かけるだけだった。

 より一層ささくれた俺の心を癒やすため、ギルドの料理で、できるだけ高いものを貪り食っていたときのことだ。


「あの、転生者さんですよね? 戦闘用ゴーレムを倒したっていう……」


 丸メガネで、古典的な魔女の格好をした一人の少女が話しかけてくる。その後ろには、革の胸当てをして、メイスをぶら下げた少女と、弓を背負ったレンジャーみたいな少女。

 揃いも揃ってビクビクしているので、こちらが申し訳なくなってくる。


「そうだけど?」


 答えると、彼女は後ろの二人に近づき、何やらひそひそ話し始めた。

 後ろの二人に「あの人に悪いし、やっぱやめようよ」と言うと、レンジャー娘が「でも生活が……」と呟いたり、メイス娘が「頼るしかないよ」とこっちを見て言う。


「えっと、話はまとまった?」


「はゃ、ひゃい!」


 驚いた魔女っ子は、三角帽子と眼鏡を整えながら戻ってくる。


「えと、その……。言いにくいのですが、生活に困っていまして。最近このあたりのモンスターも強くて、私達だけじゃ簡単なクエストも危険で」


「なるほど。でもいいのか俺で? もっとこう、爽やかなイケメンにでも声をかけりゃいいのに」


 思わず、自信を失いに失った口から卑屈な言葉が出てしまった。またとないチャンスだというのに。

 それに対して首を振ったのは、メイス娘だった。


「実は、何人かに声をかけたんだけど『ヒロインは間に合ってるから他を当たってくれ』って言われちゃって。ぼくたちってそんなに魅力ないかな?」


 ぼくっ娘の時点でそこそこキャラは立っている。揃いも揃って可愛いし、突っぱねる理由も見つからない。

 しかし、言われてみれば転生者が連れ歩いている女の子よりは地味……というか、常識的な格好だ。他の転生者が連れ歩いているのは、清楚ポジションですら痴女じみた服装をしている。それを考えると、あの少年のパーティメンバーはかなりまともな分類だ。


「安心しろ、俺は厚着フェチでもある。その革の胸当てとか、そっちの子の長い革ブーツ。実に素晴らしい」


 指差されたブーツを履くレンジャー娘は、ちょっと引いた顔で変な妄想をぶちまけてくる。


「うわぁ! 変態に声かけちゃったっス! きっと人気のない場所まで行ったら、お昼ゴハンに盛られていたえっちな薬が効き始めて、わたし達まとめてえっちなコトされちゃってうわぁぁぁっ! 嫌なのに嫌じゃなくなっちゃうっス!」


「細かい設定までありがとう。ちなみに、俺だったら薬なんて使わない。とことん嫌がってる方が興奮――おっと、なんでもない」


「ひぇぇっ!」


 彼女は自分を抱き締め、嫌がる素振りを見せたが、何故か昂ぶっていた。


 苦虫を噛み潰したような表情のメイス娘は、魔女っ子の耳を塞いで距離を取る。


「うちのヘンタイと渡り合うのがいるとは……」


「褒めるなよ」


 耳を塞がれていた魔女っ子は、しゃがんでそれをすり抜け、俺に詰め寄った。


「わ、私はフェチっぽいところないんですか!?」


まさかの問いに、戸惑うってしまう。一人だけのけものが嫌だったんだろう。


「えーと、黒っぽい服にお下げで丸メガネっていう、魔女っ子要素のゴテゴテ感?」


 レンジャー娘はそんな彼女の後ろに回り込み、一回り小さな身体に抱きついた。


「わたしが普段一番エロいと思ってる部分を教えてあげるっス! ちっちゃいのに、けっこーメリハリのあるボディなんスよ、この子!」


 ぶかぶかの服を引っ張ると、彼女の言った通りのシルエットが浮かび上がる。思わず、感動の唸り声を漏らしてしまった。


「おぉ……」


 魔女っ子は声にならない悲鳴を上げて、木の杖で犯人をポカスカ殴る。腰の入っていない打撃なので、レンジャー娘は「いたいいたい」と言いながらも、顔は笑っていた。


 このまま続けていたら、早朝から深夜まで続きそうなので、俺から真面目に切り出す。


「話は戻すけど、本当に俺でいいのか? 暇してたところだし、そういう事情があるなら手伝うけど」


 魔女っ子が瞳を輝かせ、小さく跳ねる。


「本当ですかっ!? ぜひ、お願いします!」


 他の二人も無垢な笑顔を咲かせる。それは、最高に可愛らしいものだった。


 しかし、それをぶち壊すように、魔女っ子の腹の虫が絶望に鳴き叫ぶ。顔を真っ赤にして、その熱量だけでメガネを曇らせてしまうほどの熱量。

 釣られて二人の虫も鳴く。


「とりあえず、俺が金出すからなんか食うか?」


 そう言うと、首に電磁石を仕込まれた赤べこのように首を縦に振った。

 三人は、遠慮なしに沢山注文し、向かいに並んで座って食べ物を並べる。

 腹に入れた分以上出ているんじゃないかと思うほど涙を流し、犬のように頬張った。


「ありがとうございます……ありがとうございます……必ずお金は返しますので……」


「むふぅ……。こんな贅沢を知ってしまったら、ぼくはもう貧乏生活に戻れない。うっうっ……」


「美味い! 美味いっス! これを弱みに肉体関係を強要されるんっスね、わたしたち……」


 約一名、一緒にいるとあらぬ誤解を招きそうな人物がいる。いっそのこと、本当に強要してやろうかと思った。


 三人は限界まで詰め込んで、満足そうだ。その顔を見られるなら、こういう出費は悪くない。


「そろそろどのクエストやるかの話するか?」


 そう提案すると、レンジャー娘が手を挙げる。


「一ついいっスか? 満腹なんでわたし眠い――というか寝るっス!」


 魔女っ子の太ももを膝枕にして、素早い動作で寝る体制に入った。


「おいこら、金は欲しくないのかよ?」


「欲しいっっス!!」


 勢いよく体勢を戻し、背筋を正す。忙しないやつめ。


 魔女っ子はクエスト受注に使う紙をテーブルに置き、差し出してきた。


「実は、これを受注しようと思っていたんです」


 その紙を読んでいくと、確かに金稼ぎには悪くない内容だった。

 それは、一晩で現れたという巨大洋館の調査をするというクエスト。そこに潜むモンスターのリスト化や、マップ制作を行うというもの。


 しかし、本命はそれではない。まだ数人しか受注しておらず、ほとんど調査が進んでいないが、宝飾品が少数見つかっていて、それが狙いだという。


「でも、こんな良さそうクエスト、なんで人気がないんだ?」


「そこなんスよ。貴婦人の幽霊を見ただとか、魔法すら効かないゴースト系モンスターが出るって噂が広まって。それのせいで人が集まらないんで、まだお宝がいっぱい眠ってると思うんスよね」


 レンジャー娘は、得意気にそう語った。


「幽霊ですか。それなら、ご主人の出番ですね」


 くろすけが何の予告もなしに俺の背後から出てくるので、三人は青ざめた顔になり、メイス娘は口に含んだパンを喉に詰まらせる。


「いきなり出てくんな女の子怖がるだろ撃つぞ」


「すぐに銃口を向けるご主人のほうがよっぽど怖い」


 普段使いにしているデザートイーグルを顎のあたりに突きつけた。少々使いにくい拳銃だが、どいつもこいつもモンスターの生命力が高いので、これを愛用している。

 デザートイーグルといっても、新しいモデルのL5だ。軽量化されて大きくなった反動を、グリップのフィンガーチャンネルとマズルブレーキで打ち消している。


「コイツはくろすけ。大丈夫、いきなり噛みついたりしないから」


「どうも、ご主人の使い魔的な存在やってます。オレは噛みつきませんが、ご主人はよく『女の子に噛みつきたい』と言っているので気をつけて下さい」


「噛みたいとは言ってねえし! てめぇ本当に撃つぞ」


 そう言われても彼は動じず、小さく「ははは」と笑った。


「ここで撃ったら、修理費また払わなきゃならないんですよ? 無駄な出費を嫌うご主人が撃つわけ――」


「そぉいっ!」


 そんなの百も承知だ。だから俺は、ナイフを生成して天井近くまで投げ上げる。

 それは回転しながら落ちてきて、くろすけの脳天に突き刺さった。


「うがぁぁぁぁ!!」


 ナイフは漆黒の肉体に深く食い込み、彼はのたうち回りながら引き抜こうとする。


「ってな感じで、幽霊みたいなのは俺がいれば倒せる。女神の神聖パワーってやつよ」


 三人は幽霊に驚くべきか、俺の行為に恐れるべきか分からなくなっていた。


「どこが神聖ですか! ご主人のは――」


「それ以上はヒミツだ」


「へい……」


 破壊の女神の能力は隠し玉にしておきたい。シンプルで強力故に、対策法もある。魔法障壁を生成する魔力を攻撃に回されたら、俺の強みが半減するからだ。


「でも、幽霊と戦えるならこの人に声かけて大正解だったっスね! ふたりとも!」


 そう言われて、二人は頷いた。


 メイス娘が印を光らせ、お互いのスキルボードを見せ合おうと提案する。この世界は、初めてのパーティーを組むとき、それを見せ合うのが基本なのだが――。


「ええっ!? なんスかそのスキルボード! 印の色もなんか違うし、表示はめちゃくちゃに。あれ、なんで名前のところ隠してるんスか?」


 俺の登録名はンゴニョポ。ネットで検索しても一件もヒットしない唯一無二の変な名前だ。

 隠している指を無理に引き剥がそうとするレンジャー娘。彼女の筋力値は弱いので、びくともしない。


 しかし、思わぬ伏兵に俺の指は陥落した。


 魔女っ子に脇をくすぐられ、連携プレイでメイス娘が右手を押さえ付けてくる。


「あひぃ! あ、ちょっ!」


 ンゴニョポ。


「あっ、そうっスよね。スキルボードがそうなってたら、名前も普通に表示されないのか。大丈夫っス。わたし達は笑ったりしないっスから。無理に見ようとしてごめんなさい」


 くすぐって加担した魔女っ子も、誰が見ても反省しているという顔をして謝った。


「わ、私ったらなんてことを……。ごめんなさい」


 続いてメイス娘も頭を下げる。


「つ、つい。いつもの調子で、じゃれついてしまったよ。ごめんなさい」


 謝られると、逆にやりにくい。彼女達の誠意ある「ごめんなさい」が刺さる。いっそのこと、美人剣士のように笑ってくれたほうが楽だった。


「いいんだ。これを恥じるってことは、世界の何処かにいるかもしれないンゴニョポさんに失礼だもんな」


 一瞬微妙な空気が流れたが、本来の名前を名乗って作戦会議に移った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ