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6.はじめてのクエスト・後編

 セットしたタイマーがゼロになり、この世界に似つかわしくないアラーム音が鳴る。時計にもう用はないので消した。


 それを皮切りに、ワイヤーで束ねた手榴弾を振り回し、ぶっ飛ばす。

 ピンが抜けて飛んでいったそれは、地面で数回弾んでから、鉄片を撒き散らせながら破裂した。

 敵のまとまっている場所に向け、残りの二個を捨てるように飛ばす。


 全ての爆発が終わり、ゴブリン達には十分な混乱与えた。半分崖のような岩場を俺は滑り降り、少年もそれに続く。


 視界に入った作りかけのゴーレムは六体。四メートルはある。


 小気味のいいポンプアクションの作動音に、空洞内で反響する発砲音。バタバタと敵は倒れていく。

 銃というものはこの世界で圧倒的に有利な存在で、効率的な殺害方法。俺はそう思っていた。しかし、それは大きな見当違い。


 少年が背中の剣を引き抜き、全身に力を入れると神聖な光を身に纏う。俺とゴブリン達は、その光に思わず目を覆った。


「せやぁっ!」


 彼が駆ける速度は人間とは思えないほど素早く、剣筋は未知なる力で増幅され、大きな斬撃となる。

 真っ二つにされたゴブリンは血を流すことなく、灰になって崩れ落ちた。


「何だよあれスッゲェな。俺も女神の剣にしとけばよかった」


「ご主人はあんな剣使えませんよ。魔力も神聖さも足りてないんで。それにあの子は『そういうもの』に愛された人間って感じですから」


「はっは。俺ってぜんっぜん主人公じゃねえな。最初から選択肢をミスってた」


 くろすけは顕現し、近くのゴブリンを殴り飛ばしてから言った。


「ご主人はあの剣を受け取らなくて正解だったと思います。ご主人と神聖さは相性がすこぶる悪い。きっと、剣の柄を持っただけでひどい水ぶくれになってしまうでしょう」


「はぁ? 俺はバイキンかなんかか?」


 話しながらも銃を撃ち、くろすけには自分で判断させ、敵を蹴散らす。一旦落ち着くと、俺の言葉に、彼は深く首を横に振った。


「この世界はあの子みたいな人間で溢れてる。ですから、ご主人は逆を行く特別な転生者。それに付いていけば、誰も知らないような戦いができる気がするんで、こうして従うことにしたんです」


「そうか、なら少しはその努力をしてみる」


 俺のステータスは精々基本値が上がる程度。スキルボード至上主義のこの世界では、たかが知れている。少年がRPGのキャラクターなら、こっちはFPSのキャラクター。強くなれる方法は、自分の技術と外的要因のみ。


 足りない身体能力を補うべく、影を使って脚を補強した。そのまま地面を蹴ると、少年に負けないほどの速度で戦場を駆け抜ける。


 遠方で油断していたゴブリン目掛け、銃剣を突き出すと、爆ぜるように血を吹き出しながら死んだ。返り血を浴びる前にその場を離れ、次々と銃剣で掻っ捌いていく。

 殺すのにも慣れてきたところだが、存在を忘れていた少年のうめき声で我に返る。慌てて強化した脚で近くに飛んで、倒れ込んだ彼の周囲のゴブリンは、くろすけを巨大な刃にして薙ぎ払った。

 どうやら、ゴブリンに一発食らったらしい。


「おい、大丈夫か!?」


「う、うん。痛かったけど、なんとか立てそう」


「そのまま寝転がって休んでろ」


 トゲ棍棒で殴られたと思われる背中を撫でるが、血の一滴すら出ていない。少し服が破けた程度だ。


 敵に囲まれていない今のうちに、ショットガンへ弾を込めた。


「これも、女神のなんとやらか」


「それもあると思いますが、初期経験値でスキルボードの防御力を上げていれば、こんなものです。よっぽどのことがなきゃ、ご主人みたいにドバドバ血を流したりしません。痛みも大したことないですし」


「俺だけ別のゲームやってるみてえだ」


 次々と、俺がこの世界で不利な情報が出てくる。だが、そんなことで挫けられないほど、便利な力を俺は持っていた。


 大口径拳銃のデザートイーグルを四挺生成し、発射可能な状態にしてから、くろすけの腕を増やして持たせる。

 黒い身体に浮かぶ赤い目は、ある程度視界を共有できるらしい。少し見にくかったが、照準を合わせて引き金を引いていくと、血しぶきを撒き散らしながら奴らは終わっていく。

 敵の数を秒刻みで減らしていたが、急に大気が揺れ、誇張した隙間風のようなものが聞こえてきた。


「ご主人! これ、ゴーレムの起動音ですッ!」


「未完成のはずなんじゃないのかよッ!?」


 作りかけだったゴーレムは、ボロボロと石の欠片やブロックを落としながら立ち上がる。片腕がなかったり、上手く立てていないのがほとんどだ。


「本来、最初に決めた形に組まなければ何があっても動けない。でもコイツは、未完成でも動けるように細工されているようです。転生者か、それと同格の術者でもなければ、こんなものを作れません」


 自己防衛のために暴れられるようにしてあったというわけか。

 そいつらは、立ち上がると七メートル近くの巨体。ゴブリンを気にせず蹴飛ばし、周囲の運びかけの材料に手を付ける。


「自分で組み立ててるぞおい!」


「早く依代を! あんな強いゴーレムが完成したらご主人が挽肉にッ!」


 依代と言われたって、それが胴体のどこにあるかなんて――


「――ッ!? 見える!」


 俺の能力の一つは、あらゆるものに干渉し、破壊可能な領域まで引きずり落とせる力。くろすけが他の人間に見えるようになったように、依代が放つ「魔力の流れ」が見えた。

 神経を研ぎ澄ませると、強くそれを認識できる。


「そろそろ大丈夫。ボクも行けるよ」


 慣れない痛みに顔をしかめながらも、少年は立ち上がって剣を構えた。


「俺が銃で撃った場所にあの斬撃を飛ばせるか?」


「やってみる」


 幸い、どのゴーレムも遠くだ。一番近いやつの依代へ向け、スラッグ弾を叩き込むと、小さな砂煙が発生する。そこへ向けて、彼は斬撃を飛ばした。


 エネルギーの刃は石や砂の塊を斬り抉り、心臓のように赤黒い依代の宝石にまで達する。生物のようにもがき苦しむこともなく、轟音とともに崩れ落ちた。


「よし、まずは一体! 次行くぞ!」


「うん!」


 ゴブリンはくろすけに任せ、俺は射撃に集中する。立て続けにもう二体狩ったが、四体目の依代を示した瞬間、少年はMP切れを訴えた。


「ごめん、もう出ないみたい」


「MPの回復薬飲んでおけ。回復するまでは俺だけでやってみる」


 即効性のあるものはとても貴重。遅効性のMP回復薬でも、結構いい値段だ。

 ショットガンを消し、くろすけを呼び戻す。彼の一部を利用し、補強していた脚を更に強化。腕にも残った影を纏わせる。

 腕の影は爪状に変形させ、それでゴーレムの身体を突き破る算段だ。


「行くぞッ!!」


 格段に上がったスピードで突っ走る。ついでにゴブリンの身体を引っ掻き潰しながら、残り三体の処理を始めた。

 血肉を撒き散らし、下品で動物的な戦い。これを見ているのが少年とくろすけだけで助かった。


 最初に仕留めたゴーレムは、左腕に相当するパーツを拾おうとしていた奴。爪を伸ばして放ったアッパーは反対側まで貫通し、俺の頭上に落ちてきた岩石は影の腕を巨大化させて払い除けた。


 次は、片足が未完成の奴。振り回した腕のせいでよろけたところへ飛び付き、背中から依代を引っこ抜いて握りつぶす。


 この勢いならもう一体倒せる。そう思って最後の一体へ爪を立てようとしたときだった。

 ふいにガラスのような何かに阻まれ、爪が止まる。そのまま俺は、岩の塊で殴り落とされた。


「ゴガァツ!」


 人生最高の痛みをたった今更新。やはり気絶なんてできないので、腹の中がぐちゃぐちゃになっているのが分かる。実に嫌な感覚だ。遠くから、少年の悲鳴のようなものが聞こえたので、頭部は潰れていないはず。


「ご主人、このゴーレム完成してます。魔法障壁の構築も完璧に……」


 最初に遭遇した障壁が俺の能力では破壊できない。さらに自信を失ってしまいそうだ。しかし、気力も策も尽きていない。

 影の力で無理やり身体を立たせ、後ろに飛び退く。


「これならどうだッ!」


 ラハティ対戦車ライフル。口径は二十ミリ。マガジンは上部に付いていて、分厚い辞書程度はある。まだ対戦車ライフルというジャンルが存在していた頃のものだ。


「お、重すぎっ!」


 生成して早々、地面に落としてしまう。なんせこの銃は五十キロ近く。ソリのような脚を使って地面に置き、伏せて撃つものだ。


 だがそんな暇はない。影で腕を補強し、なんとか持ち上げる。これは銃というより「砲」だ。

 そいつをぶっ放すとかなりの爽快感なのだが、弾丸は障壁に食い込み、留まってしまった。


「これでもダメか。だが、ドリルならッ!」


 早々に対戦車ライフルを消す。脚の影を最小限に、腕部を巨大なドリルにして突き破――れない。流石、戦争用の道具だ。しかし、食い込んだ弾丸に向けてドリルを食らわせたお陰か、表面に僅かなヒビが入り、小さな穴が空いた。


「無理……ってわけじゃなさそうだな」


 破壊自体は不可能ではないことが分かっただけ、儲けとしよう。俺は結構ポジティブなんだ。

 今度はバールを生成して、小穴へ突き刺し、抉る。一度でも小さな穴が開けば、そこが弱点になるはず。


 上下左右に動かすのを繰り返していくと、穴が徐々に広がっていく。そこへくろすけの腕を突っ込んで、横に押し広げた。マチェットを生成し、穴の縁をぶっ叩いて俺も手伝う。


 もちろんゴーレムはそれに抵抗し、障壁の内側から岩の拳を突き出して俺をぶん殴った。

 ぶっ飛ばされる俺と入れ替わりに、少年が威勢のいい掛け声を上げながら飛び込んでくる。


「せぇいっ!」


 思惑通りに、彼は横に開いた穴へ斬撃を入れ、それは依代まで到達した。

 完成したゴーレムのフルスイングは、凄まじく効く。俺は崩れ落ちるゴーレムを見ながら、背中から地面に落ちる。それでも勢いが止まらず、ゴツゴツした岩場で背中をすりおろされ、地面に赤い一本線を作った。


「いででででっ!」


 この世界の戦いで、こんなに痛い思いをするのは俺くらい。ため息をつきながら、上体を起こした。


 ゴーレムを全て失ってなお、ゴブリンは俺達に戦いを挑んでくる。くろすけは使わず、座ったままデザートイーグルで的当ての練習をし、少年は女神から授かった身体能力と剣で敵を灰にしていった。


 残党狩りも終わり、本来の依頼だったモンスターの調査を軽く行う。すると、ゴブリンに打ち殺されたものだけでなく、黒焦げや水浸しの死体が見つかった。討伐対象に含まれていたモンスターは全て死んでいて、原生するモンスターを数匹発見するのみ。


 騒ぎに気づいた術者が戻ってくるかもしれないので、ことを済ませたら急いで撤退。この消耗した状態で、少年を抱えて戦うわけにもいかない。


 洞窟を出てしばらくの場所で軽く休憩をする。血は残りに余裕のある飲料水で洗い流し、不格好にズルムケた服の背中部分は、防弾ベストを生成して、羽織って隠した。

 奇襲への対策として、マチェットとデザートイーグルを装備。機動力は落としたくないので、長物は避けた。


 いつの間にか少年は無防備な顔で眠りこけていて、つついても起きない。日が暮れる前に帰るため、おぶって行くことにした。

 彼は軽いので、背負って歩くのは苦にならない。不死の肉体が、疲労も最小限にとどめてくれている。


 ただひたすらに帰り道を征くのも暇なので、俺の能力について考えて歩く。それを使っているうちに、この道具生成のルールのようなものが見えてきた。


 俺が生成した道具は基本的に破損しないし、極端な変形をしない。防弾ベストの布部分は曲げたりできるが、ナイフで切りつけ、破れたりしないのを確認した。

 しかしその特性は、衝撃吸収を目的とした現代的な防具には向かないと思われる。

 俺の場合、攻撃が身体を貫通してしまったほうが痛くないし、すぐ立て直せる。今は、小っ恥ずかしい背中を隠すための服の代わり。


 最大四挺生成したデザートイーグルは、いずれも最初から弾薬が装填されていた。ということは、再装填の手間を省くため、毎回作り直すということも可能かと考えたが、そういう訳にはいかないらしい。


 銃の場合、最初に生成したときの状態に戻してから消さないと、銃本体部分のMPが返ってこないという制約が見つかった。回復を待てばいい話だが、基本値が低い俺にはなかなか難しい。

 それに、ちゃんと生成した武器を消さないと、脳の片隅に武器の記憶が残された状態になってしまう。


 仮説だが、それは俺の能力を「図鑑」呼ぶ理由の説明になった。


 女神に流し込まれた道具の情報。MPを素材にそれを複製し、俺の手元に実体化させる。

 複製品は生成時点で元となる情報と同一の存在なので、そのまま消してしまえば図鑑の同じ枠に収まってしまう。しかし、弾薬の状態などで差異が発生すると、新規の道具として認識されるようだ。

 そうなると、仮の保存用媒体である、俺の表面的な意識に格納されてしまう。類似品の多重登録を防ぐため、そういう仕組みになっているのかもしれない。


 生成するのは手の届く範囲だけだが、消すのは自由自在。紛失して記憶の片隅に残り続けるなんてことはないのは安心だ。


 今回のクエストで生成した道具。まだその大半は頭の片隅に残っている。しかしこの程度なら、苦痛に感じるほど意識を消耗するものではないし、同時に大量生成することにさえ気をつければいいだろう。荷物入れに使っているコンテナも、大きい割には意外と負荷は少ない。


 草原の真ん中を歩く頃には、夕焼けが主張し始める。その朱とは対照的に、涼しく心地良い風が吹く。

 モンスターを何度か見かけたが、襲ってくることはなく、静かな帰路となった。

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