5.はじめてのクエスト・前編
床の修理代や、机や椅子の弁償。それを払えるほどの金額は持ち合わせておらず、借金を返済するためのクエストをすることになった。少年のハーレムパーティーに、俺とくろすけで挑む。
大きな穴ぼこの修理代を稼げるものなので、初めてのクエストにしては難易度が高い。しかし、転生者二人と、腕利きの美人剣士に、それなりに有名な盗賊娘。戦闘力は低いものの、支援魔法に特化したヒロイン娘。戦力としては十分だった。
この中でグロテスクな怪我をせず、スマートに活躍すればモテる可能性がある。高魔力ゴリラの美人剣士にだけには、何があってもモテたくない。俺に対するこの態度がなければ、かなりタイプなんだけど。
いつの間にやら俺の服の洗濯が終わっていて、魔法でも使ったのか、いつもよりも着心地よく仕上がっていた。
「まったく。なんでこいつと組まなければならないんだ。私の家系は代々邪悪を払ってきた。それなのに、変な噂が立ったら困る」
商店街で数日分の食事を買い揃えている途中、唐突に美人剣士がぼやき始める。この中でまだ俺に悪い印象を持っていない盗賊娘は、フォローしてくれた。
「まあまあ。新人の冒険者は、最初のクエストで先輩と一緒じゃないと仕事できないんだし」
「だったらそういうのが好きなやつにやらせればいいだろう?」
これは相当嫌われている。少年から離れたり、崖や暗闇には近づかないようにしなければ。
「俺も、おしとやかで優しい先輩と一緒に初仕事したかったなぁ」
そう言うと眉間にある血管をピクリとさせ、剣の柄に触れた。
「ふふっ、そうか。ならば人の少ない場所に行こう。そこで、優しくしとやかにたっぷり冒険者の仕事を教えてやる」
「いいぞ。そういう場所なら、銃も爆弾も使い放題だ」
いがみ合っていると、少年が間に入って無言の圧力をかける。
「くっ……そうだな。それは今度にしよう」
やはりこの美人剣士は少年に逆らえないようだ。恐らく一目惚れしている。これは、うまく利用させてもらおう。
ふと、頭の中にブリキのコンテナケースのヴィジョンがよぎる。一度に大量の記憶を流し込まれたせいか、さっきからこういうことの連続だ。もしかしたら、これを使えば――
腰ほどの高さのそれを、手の平から足元に落として、買ったばかりの木の実を入れる。それからコンテナ消して、もう一度取り出すと中身はそのままだった。これ一個分のMPを残すようにしておけば、いつでも大量の荷物が持ち運べる。
「お、これは便利だ。荷物全部入れちゃお」
それを見ていた盗賊娘は、ぽいぽい横から荷物を詰め込んでいく。
「おいおい、そんな雑に突っ込んだら食い物とか潰れるだろ」
「あはは、ごめん。盗賊は身軽さが命だからさ、あたしのも入れさせて」
そんなやり取りをしていると、ヒロイン娘もこっそり何かを入れてきた。それは、なんとも気の抜ける面構えをした珍獣の置物。膝の高さ程度の大きさはある。
「おい、クエストにその変な置物使うのか?」
「使わないけど、別にいいじゃない。売り切れる前に買っておきたかったし。取っちゃ嫌よ?」
「いらねえよ!」
遠目に見ていた美人剣士は、わざとらしい高笑いをしてから言った。
「さしずめ倉庫マンといったところか。まぁ、そんなやつに荷物を預けたら、荷物がヌメヌメのドロドロになって帰ってくるだろうけどな」
「てめぇの荷物は絶対運んでやらねえ」
何かしらの理由ではぐれる可能性もあったので、食料と水は各自が持つようにさせた。
長引いたとしても精々二日。それほどの大荷物ではない。
目的地は、街から見て俺が転生した方向とは逆にある草原。その一角にある、初心者向けの洞窟のダンジョンが目的地だ。
しかし、今回のクエストは簡単なものではなく、初心者が攻略できないほどのモンスターが複数種発生しているという。転生者にとっては「温いクエスト」だと言われ、弁償のために半ば強引に受注させられた。
買い物も終え、街を出たところで装備を広げ、最終の確認。俺は、背負って歩く銃の種類を決めるため、MPの消耗が少なく、威力の高い弾丸を選定する。
どうも重量や強度によって消費されるMPの量が違う。拳銃弾は大量に生成できるが、威力は低いので一体倒すのに何発も使っていたら逆効果。そうなるとショットシェルかライフル弾になるのだが、俺は特に気の利いた銃器を思いついた。
弾倉の生成は結構な負担になり、場合によってはその場に捨てることもあるので、近代的な銃は今の俺では扱いきれない。そこで、弾丸を小さな金属板に束ね、指で銃に直接押し込めるSKSカービンを取り出してみた。本体部分に銃剣を折りたたむように収納できる、少し珍しい形式のものだ。再装填は圧倒的に遅くなるが、この銃剣とくろすけを使えばそれを補える。
マガジンを必要としない、ポンプアクションショットガンも候補の一つだったが、長射程の銃を練習したいのでこちらを選んだ。
「いいなこれ」
適当に数十メートル先の石を狙って何発か試し撃ち。最初のうちは外したが、すぐに当てられるようになる。これも、最近のやたらよく出来たVRゲームのお陰だ。大抵の火器と戦車くらいなら扱える。
VRゲームで思い出したが、一度だけこんなニュースを見たことがある「リアルなVRゲームは、殺人の抵抗を無くす」というもの。最初は規制やら何やらで不安だと仲間と話していたが、それ一回きりで報道されることはなくなった。敵を前にしても冷静でいられるのは、そのせいもあるかもしれない。
しかし今となっては、その仲間達と会えない。そう考えると悲しさもあるし、俺が死んでしまったという実感も湧く。
「よぉし。最後にお互いのステータスを確認しておこう。仲間の数値を知っておけば、お互い動きやすい」
美人剣士が唐突に仕切り始め、それぞれが腕の印からステータス画面を出していく。一応、命が懸かっている。彼女の考えに文句はない。少し躊躇してしまったのは、俺のステータスがどう表示されるか確認していないからだ。
「どうした? いがみ合うのは今度にすると決めただろう?」
「いや、そういうんじゃなくてな……」
渋々ステータスを開くと、それはもうめちゃくちゃだった。HPバーは表示の右端で折り返し、反対側から出てきている。筋力やらの数値は、変な記号や文字で埋められ、意味不明。そもそも、文字ですらない何かが散らかっている状態。スキルボードは画面としての機能を果たさないほど、バグってる。名前の欄に至っては「ンゴニョポ」だった。
「ぷぷっ、ンゴニョポっ!」
それを見た彼女は、腹を抱えてくの字になる。
「覚えてろよオメー」
その過程で、少年の武器は女神の剣。能力は全ステータスを上昇させ、邪悪を打ち払う女神の加護。ステータスは魔力とMP特化だということが分かった。どういう能力にするか中々決まらず、女神に万能なものを選んでもらったという。
いよいよクエスト開始。射程の長い武器を持つ俺が一番後ろを歩く。先頭は少年と美人剣士で、その後ろを歩くヒロイン娘を盗賊娘が守れるような陣形。
平原を進む間、彼女達は少年との会話に熱中。俺は、ただひたすらに迫りくるモンスターを狙撃していた。嫌になるほど、弾がよく当たる。銃声と、くろすけの当たり障りない日常会話だけが俺の支えだった。この世を憎む神霊にまで気を使われる俺とは。
雑木林に入ってからほんの五分。崖にポッカリと空いた洞窟が見えてくる。暗く、その深さは計り知れない。
SKSカービンからM590ショットガンに持ち替える。黒いボディが渋い一品だ。ショットガンとしては珍しく銃剣が着剣可能で、遭遇戦もやりやすい。銃剣とハンドグリップの間にライトも装着し、暗く狭い場所では俺のMP事情にもマッチした装備。
入口の近くで少年は振り返って「休憩をしよう」と提案した。
ヒロイン娘は布を広げ、持っていたバスケットからサンドイッチなんかを取り出していく。それぞれがそこに腰掛け――
「俺の座る場所ぉ!」
四人と並べられた食器で場所は埋まり、詰めたところで隙間は生まれない。
こうなりゃヤケだ。ショットガンの銃剣を使って地面に突き立て、その場に置く。それから、アウトドアテーブルにポータブルコンロ。さらに、サイフォンと食材が入ったコンテナ。全部その場に吐き出した。
「うぇーっへっへっへ! ベーコンカリカリに焼いてめっちゃ美味いコーヒー飲んだるわボケェ!」
少年が慌てて近くに誘うが、俺はもう止まらない。専用の網を使ってトーストを作り、最高の出来栄えのベーコンエッグを乗せた。こちらの世界にコーヒー豆を持ち込んだ転生者がいたらしく、質のいい豆が流通している。ベーコンエッグを齧りながら干し肉と野菜のホイル焼きを作り、コーヒーを啜った。
「うーん、ダバダー。違いがわかる男の味だ」
一方楽しげなピクニックを繰り広げる他のメンバーは、ヒソヒソと「ダバダー」の意味が分からず困惑。
温かい食事を取っている最中、くろすけが向かいの椅子に座るように現れ、余計なことを言った。
「向こう行って混ざりましょうよ。流石に虚しすぎますって」
俺の脳はその言葉を理解することを拒否した。しかし、身体は勝手に動く。地面に刺してあったショットガンに手を伸ばし、無意識にショットガンをぶっ放す。
「うわぁ! ご主人! 真顔でそれ撃つのやめッ! 怖いですからッ!」
「おお、すまんな」
くろすけはすんでのところで躱していた。なんで俺、コイツに向かって銃を撃ったんだろ。
銃を元の場所に戻し、ホイル焼きの開封に取り掛かる。蒸気に少し翻弄されつつ、とてもいい香りが広がった。こちらの世界の野菜を適当に入れただけのそれは、干し肉の旨味が浸透し、絶妙な味わい。勘で選んだハーブもベストマッチ。
食欲を刺激する香りは、胃袋に素直な盗賊娘を誘惑し、フラフラ歩み寄ってくる。
「ふふふ。欲望のままに食らうがいい。そして。あちら側に居ることを悔め」
フォークで肉と野菜を取れるだけ突き刺し、はふはふ言いながら頬張った。
「んぅーん、外で食べる暖かいものっていいなぁ」
素早い動きでもう一口食べ、元の場所に戻っていく。
「じゃあね」
「食い逃げかよ……」
悲しみや寂しさも、最高の食事が補ってくれる。この身体になってから、常に調子がいいので食事も美味い。他のメンバーが食事を終えるまで、銃剣の素振りをして過ごした。
狭い洞窟内で銃は後衛をやりにくいので、今度は俺が先頭を歩く。ヒロイン娘が魔法で周囲をほのかに照らし、俺は銃に装備されたライトで前方を強く照らす。白色LEDの光量は圧倒的で、文明の利器の素晴らしさを噛み締めながら進んだ。
枝分かれしている道は、盗賊娘の指示に従って進む。周囲にモンスターの気配はなく、すでに引っ越しでもしてしまったのではと思い始めた。
しかし、徐々に明るくなってくると、聞き覚えのあるギャーギャーとした鳴き声が聞こえてくる。銃のライトを消し、魔法の明かりも消させた。
俺は這うように移動し、岩陰から顔を出す。そこの天井には穴があり、日光が差し込んでいて、広い空洞が広がっている。
双眼鏡を取り出して下の方を見ると、ゴブリン達が何かを運んだり積み上げたりしていた。
「ちょっと貸して」
盗賊娘がいつの間にか隣で伏せている。気配や音の消し方が完璧で、声を聴くまでそれに気付かなかった。彼女に双眼鏡を渡し、それを覗き込むと小さく唸る。
「一旦みんなの所に戻ろうか」
「ああ」
音を出さないよう、細心の注意を払って撤退。
いつも朗らかな笑みを浮かべた盗賊娘は、初めて神妙な表情を見せる。
「ゴブリン達がゴーレムを造ってた。あんなことをするなんて聞いたこともないよ……」
それを聞いて、美人剣士も複雑な顔をした。
こちらの事情を俺と同じく知らない少年は、なんとか理解しようと聞き出す。精々、魔法で動く人形としか想像できない。
「ゴーレムって、そもそもどういうものなの?」
彼の問いかけに俺も頷く。それには美人剣士が答えてくれた。
「ゴーレムは、使用する依代や材料。術者によって全くの別物となる。人間の代わりに工事をしたり、乗り物にしたり用途は様々。しかし、スキルボードの成長程度ではどうにもならない、高度な技術と知識が必要なものだ。魔法を扱える高位のゴブリンや、私のように戦闘特化の魔法を使用する人間では、到底扱えない代物。もしそれが戦闘用のゴーレムだったら、このパーティーで挑むのはリスクを伴う」
それを聞いて、何が起きていて何をすべきかはすぐに決まる。
「ってことは、人間かそれに近い何かがバックにいるってだけだろ? ゴブリンも妙にせかせか働いてるし、操られてるんじゃないか?」
「まぁ、そうなるのだが……。人間が戦闘用ゴーレムを造るときは、決まって戦争。そんなことを企んでいる相手だとしたら危険だ。私はともかく、みんなを危険な目には遭わせられない」
幸い今は造っている途中。攻めるなら今だ。
「ゴーレムの破壊方法を教えてくれ。俺は、アレが完成する前にぶっ壊してくる。みんなはギルドに戻って報告だ。仲間を呼ぶ花火みたいなやつは使うな。敵に増援を悟られる。腕に自信のあるやつを集めてくれ。敵は未知数だからな」
美人剣士はその案に納得し、他の面々に脱出を促す。そして、ゴーレムの弱点を教えてくれた。
「ゴーレムは、胴体の中心に設置された依代さえ破壊すればいい。その邪悪、人の為になるならこの場を任せる」
「問題が発生しなければ、俺は二十分後に攻撃を始める。これを目安にしてくれ」
腕時計を二つ生成し、タイマーをセットする。この世界はどう時間を数えるか知らないので、持たせるなら彼が適任だ。しかし、それを受け取ろうとしない。
「ボクも一緒に戦うよ」
「それで死なれちゃ後味が悪い。不死身の俺一人でやるのが妥当だ」
「でも、ここに一人置いていくのは心配だよ。それに、ボクだって転生者なんだ。女神様から貰った力はみんなのために使わなくちゃ。美人剣士さんがいれば、他の二人は安全に脱出できるだろうし」
どこまでもまっすぐな瞳。俺の力なんかじゃ捻じ曲げられないほど、力強いものだった。
これは、俺の物語なんかじゃない。きっと、世界は彼のような人間が歩むための舞台。そう感じてしまうほど、俺の瞳は濁り、腐っていた。
「分かった。でも、俺を盾にできる範囲から絶対離れるな。容赦なく肉壁にしろ」
「お互い、守れるように戦わないとね」
俺がなんと言おうと、持ちつ持たれつの関係がいいらしい。
美人剣士はあまりいい顔をしなかったがそれを止めず、盗賊娘は腕時計を華麗に奪い取ってみせた。
「じゃあこれはあたしが預かるね。こっちもほとんど同じ時間の数え方だから大丈夫」
「そうか、任せる。黒幕がうろちょろしてるかもしれない。気をつけろよ」
「それはこっちのセリフ。転生者とはいえ、戦闘はほとんど初めてなんだから」
彼女達を見送り、俺は早速準備に取り掛かる。一方少年には、敵に急な動きがないか双眼鏡を渡して監視を任せた。
アップルグレネード六個を、ワイヤーで繋げたものを三セット作る。ワイヤーを持って力いっぱい振り回すと、ピンが一斉に抜けて飛んで行き、同時に起爆できる。
しかしこれは撹乱用で、すぐに降りていって戦うつもりだ。ここから銃で撃ち続けられるほど、MPがあるわけではない。くろすけと武器生成の組み合わせこそが、スキルボードを持たない俺の戦い方。いくつか試したい技もある。
ショットガンには散弾が装填されていたが、それを高威力で一粒のスラッグ弾に装填し直した。
これで準備は終わり。後は、タイマーがゼロになるのを待つだけ。
戦闘前の緊張感は、何故かとても落ち着く。命懸けの戦いだというのに、ゲームを起動した直後のような高揚感で満たされていた。