4.剣とドリルならドリルが勝つ
宿の受付部分まで行くと、くろすけを見た人々がぎょっとした。彼が言うには、俺の能力のせいで、人間が視認できる領域まで引きずり落とされてしまったらしい。俺の精神内に隠れさせ、事なきを得た。
ギルドに戻ると、女神に呼び出しを食らった男として人々に囲まれる。しかし「彼女との秘密がある」ということにすると、深くは聞こうとしてこなかった。何よりも、俺の授かった能力を秘密にしたかったからだ。未知であることは相手に恐怖を与え、強さとなる。
やっと登録を済ませ、俺もギルドの一員として戦えるようになり、依頼を受ける方法の説明を受けた。血まみれの服を洗濯してくれると言うので、麻のような繊維で作られた服を借り、当面の生活費となる貨幣が入った革袋ももらう。異世界転生者は大切に扱われ、万が一餓死しないように最低限の食事は無料で提供される。
とりあえずは金もあるので、聞いたこともない肉と野菜の煮込みと、日本で言う甘酒のようなドリンクを買った。このドリンクはさっぱりと後味がよく、疲労回復効果もあるという。不死の肉体に、どの程度の健康をもたらすかは知らないが、美味いならそれでいい。
「ねえ、どうだった?」
一人で食事を始める俺を見つけ、隣にあの少年が戻ってくる。取り巻きの少女達は、遠くから睨みを利かせ、美人剣士は武器に手をかけたままだった。
「まぁ。あんまりいい話じゃなかったな。実は、俺のスキルボードぶっ壊れてたみたいで」
彼にだけは気を許してもいいような気がして、小声で話す。それに合わせて、俺にだけ聞こえるような声で話してくれた。
「えぇ? それじゃあ魔法とかは……」
「使えないってさ。その代わり、穴埋めみたいな能力貰ったから、ギリギリセーフってところだ」
酒粕のようなものから作ったドリンクは、中々の美味。そのいい香りに釣られて、彼は視線で追っている。
「一口飲んでみるか? 美味いぞ」
「いいの?」
木製のカップをテーブルの上で滑らせ、少年の前に出す。彼が恐る恐る口を付けようとした瞬間、顔とカップの間に剣が割り込む。
「うわぁっ!」
彼が落としそうになったカップを、くろすけの腕だけ呼び出してキャッチさせ、テーブルに戻す。
美人剣士は、再び俺に剣を向けた。
「その邪悪な腕はなんだ? 女神のものではないな。いや、それより貴様。何を間接キスさせようとしているんだ、淫乱モンスターめ。彼のぷるんとした愛らしい唇が汚れたらどうする!?」
「ボク達男同士だよ!? 別にそんなこと気にしないって!」
よく考えてみれば、俺と彼の体格差は男女の違いと言っても過言ではないほど。それを加味すると、とても破廉恥な行為のように思えてくる。
「そうだな、たしかにそれはなんだかいやらしい行為のような気がしてきた。すまない。――けどよ、いきなり剣を向けるってのはどうかと思うぜ」
刃物は遊び半分で向けるものではない。殺すと目の前で宣言している相手がいるのなら、俺は受けて立つ。
自分にも扱いやすいマチェットを一本呼び出し、それを構えた。俺には、影の腕を使った射程と不死がある。しかし、それを使わずに打ち負かすことがこの戦いの美徳であり、相手への屈辱になる。向こうはプロで、こちらは素人。唯一のポテンシャルは、不死であることの自信感。
ここの連中はいざこざが好きなようで、囲むような人集りが発生し、観戦を始める。
先制攻撃を繰り出したのは相手の方。猛烈な突き攻撃を繰り出してきたので、椅子を蹴り飛ばして勢いを削ぐ。それを叩き切った瞬間を狙い、懐に入ろうとするが、大きく後ろに飛んで躱された。
体制を立て直した彼女が剣の切っ先を上に向けると、冷気が集まってくる。
「おい、剣術だけの勝負じゃねえのかよ!」
「誰もそんなことは言っていない!」
それを床に突き立てると、冷気が地面を駆け回り、俺は足先から首元まで凍らされてしまう。
「参ったと言えば氷を溶かしてやる」
「言わねえよ!」
向こうが魔法を使うなら、こちらは神霊。能力は隠しておくべきだが、ギルドで仕事をするならいずれバレてしまう。目に見えてしまう能力なら、無理に隠してもしょうがない。
身体と氷の隙間に影をねじ込み、無数の棘に変形させてそれを砕いた。
「ご主人、多少の魔法ならオレの身体で防げますよぉ!」
「随分と協力的だな?」
「戦いは好きなんで」
くろすけを大型の爪に変形させ、左腕に纏う。
「やはり邪悪な存在だったか。女神様に呼ばれたのも、何か悪行をして説教されていたからなんだろう?」
「説教なんてされてねーよ!」
彼女は冷気から電撃に剣の属性を切り替え、接近戦に戻る。空中を飛ぶ電撃は周囲にばらまいた影で防ぎ、斬撃は爪を伸ばして弾いた。大きな隙きが生まれたので、マチェットの打撃じみた攻撃で斬り込み、こちらが押し始める。
(神霊の力、めちゃくちゃ強いッ!)
近接武器と魔法の組み合わせが、この世界の戦い方。それの弱点を突くような、攻撃と防御と射程の組み合わせ。他の神霊を取り込んだら、俺はどこまで強くなれるのか。それを考えたら、ニヤケが止まらなかった。
その顔が気に入らなかったのか、相手は再び大きく距離を取ってから、明らかに出力の違う魔力を剣から迸らせる。属性のない純粋な力のうねり。それは天井まで届く勢い。
俺は対抗するため、腕の爪をドリル状に再成型させる。厚みのある魔力を破壊するには、直感的にこれが正しいと思ったからだ。それを回転させると、空気を切り裂く音が響く。
もうお互い止まれない。決闘のつもりだった戦いは、純粋な殺し合いへ昇華する。それが、なんだか心地よかった。
「神聖なるこの剣で、邪悪を払ってやる!!」
「いきなり剣向けてくる方が邪悪だろぉ!!」
お互い武器を振るうだけ。その場に、剣を抜いて割り込む少年が一人――
「やめてよッ!」
彼が女神から授かった武器。それは、紛うことなきチート武器。振るうことで鋭く素早い斬撃が二つ飛び、俺達の足元の床を抉った。ただの飛翔する斬撃なら大したことはないが、その抉り取った範囲と深さに絶句。
それでいくらか冷静さを取り戻し、魔力とドリルを引っ込めた。
「この人は命懸けでボクを守ってくれたんだ。だから、そんなんじゃないと思う。何でも疑うのは、だめだよ」
「はい――」
俺はとことん馬鹿にした顔で、そうだそうだと両人差し指を、大げさに向ける。
「君も、まずは話し合いで解決しないと」
「へい――」
その場に正座させられ、二人並んで周囲の迷惑や命の大切さやらを説教される。その間、殺気という刃で、彼に気付かれないよう、隣の美人剣士と斬り合っていた。