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3.よくあるパターンのギルドとスキル制

街に近づくと人とすれ違うようになり、田園風景はどこまでも広がっている。服装や持っているものからして、異世界転生者と思われたのだろう。農婦が何やら噂話をしている。


「さっき来たばっかりなのにまた転生者。助かるわねぇ」


「でも、女の子を連れてないわよ。普通の転生者って、すぐ女の子と仲良くなって何人も引き連れて歩くのに」


「なんか不気味で嫌ねぇ。怪我をしてないのに血だらけだし」


 耳と心が痛くなる噂話に、声を荒らげずにいられなかった。


「聞こえてるぞぉ! これから! これからモテるからなぁッ!」


 二人の農婦は「あらやだ」なんて言いながら、そそくさと逃げていく。


 少し進むと、まばらに住宅がある田舎風景に移り変わった。子供が走り回ったり、釣りをする老人なんかがいる。

 そろそろ……そろそろだ。親切な先輩冒険者サブヒロインが、ギルドまで案内してくれる頃のはず……。


 ――。


 そう思いながらひたすら歩いていると、やがて市街地に入る。さらに活気ある商店街を抜け、異世界語で「冒険者ギルド」と書かれた看板の、大きなレンガ造りの建物まで着いてしまった。


「ああ分かってたよッ! 一波乱あって、ヒロイン登場とかのイベントなんかあるわけねーよなッ!」


 地団駄を踏んでいると、先程の少年がメインヒロインみたいな少女に加え、美人剣士と盗賊少女を引き連れて歩いてくる。彼の服装は、いつのまにやらこちらの服装に変わっていた。きっと、彼女達の誰かに買ってもらったのだろう。俺は、血だらけのシャツにベストを羽織っているだけ。


「オァァァッ!!」


着実に主人公街道を進む姿を見て、思わずモンスターのような叫び声まで出してしまった。


「ひっ、さっきのモンスター」


 ヒロイン娘がそう言うと、美人剣士が出てきて、俺に無言で剣を向ける。もう、モンスターとして生きていこうかな……。


「待って待って。そんな人じゃないと思うよ。たぶん……。怪我は、女神様から貰った能力で治したんだよね?」


 少年の言葉に渋々剣を収め、後ろに引く。それがあと少し遅かったら、肉を切らせた隙きに狙撃銃で殴り掛かるところだった。


 異世界転生して、ことごとく定番の展開に遭遇せず、モンスター扱いされたら精神は荒んでいく。

 そのズタズタな精神に、僅かな光を少年が与えてくれた。


「ね、一緒にギルドに登録しようよ。そうすると、モンスター退治で報酬が出るんだって。それに、スキル解放するための処理もしてくれるとか。魔法とか使えたらいいなー」


 そう言うと俺の左腕に抱き付き、建物の中に引っ張っていく。


 内部は広く、木のテーブルと椅子は数え切れないほど並んでいる。飲食店や道具屋のようなものも併設されていて、この建物だけで一通り用事が済ませられそうだ。

 四方に出入り口があり、その中央に受付がある。


「さっきはごめんね。思わず逃げちゃって。あ、あれみたいだよ。行こう」


「ああ、まぁ俺も悪かったし」


 逃げてしまった負い目なのか分からないが、妙に気を遣われてしまう。

 腕を組んだまま離さないので、周囲からはそういう系統のヒロインと思われているかもしれない。いっそのこと、そういう方向性でやっていこうとすら思い始めた。


「おぉ! 新しい転生者様が二人も。今日はいい日だからもう一杯飲んじゃうぞぉー」


 酒に酔って真っ赤になったいかつい男が、手を振ってきたのでそれに返す。転生者はこの世界でかなり歓迎されるらしい。


 細身の男が「今度のはそういうカップルで来たか……」なんて言うので、恥ずかしがって少年は腕を組むのをやめてしまった。

 ソッチ方面に一瞬揺らいでいたので、バランスを取るために、受付嬢は一番おっぱいの大きい人を選んだ。


 転生者特権でギルド登録料が無料だったり、一部宿屋を無料で利用できるなど、至れり尽くせり。

 受付嬢は、こちらのものではない魔力の流れと、女神の気配というものを嗅ぎ分けられる。なので、スムーズに転生者特権での手続きが始まった。


 ギルド加入で何よりも重要なのは、経験値を消費して、魔法や技能を習得できる【スキルボード】が利用可能になること。元来誰しも秘めているものだが、活性化してやらないと使えないらしい。コレを成長させていくことで、モンスターとまともに渡り合えるようになるという。


 先に登録を始めたのは少年の方だった。左手の甲に判子を押されると、そこからホログラムのように、青白い画面が浮かび出る。いわゆる、ステータス画面というやつだ。

 才能あふれる基本値らしく、受付嬢に褒められ、彼は照れていた。


 続いて俺の番。邪魔になる武器を消し、判子を同じように押されるのだが――


「あれっ? あれれっ?」


 何度押しても印は肌に残らず、受付嬢は困惑し、だんだん乱暴な押し方になってくる。


「ちょ、ちょっと!? 痛い痛い痛いっ!」


「おっかしぃですねぇ。モンスターですらスキルボードの確認は可能なはずなのに……」


 後ろからは、さっきのヒロイン娘が他の二人にヒソヒソと話しかける。


「やっぱ危険よあの人ぉ……。きっと、私たちには理解できない高次元のモンスターに違いないわ」


 いよいよ俺の存在が擁護できないものとなって、少年はあたふたとしている。


「ちょーっと彼を預かっていいかな?」


 不意に、後ろから声がする。振り返っても誰もおらず、気味が悪かった。


「下だ下。そうそう、ここ」


 視線を下ろすと、妙に露出の高い格好のちびっ子が、太陽のような笑顔でそこにいる。


「受付嬢さん。どっか落ち着いて話せる部屋を貸してほしいんだけど――」


「あ、あなたは!?」


驚きの声で視線が集まり、ざわつき始める。彼らの話から察するに、彼女は自然の女神。そう、彼女こそが、俺の不死を作り上げた女神。


「はい! すぐに用意しますので、こちらに」


 受付嬢は慌てて受付台を飛び出し、建物の出口まで来るように案内する。

 それを見た少年のパーティーは、あんぐり口を開けたまま動かなくなってしまった。

 早足の彼女についていくのに精一杯。俺は、なにかマズイことをしてしまったのだろうか?


 ギルド施設の隣りにある、これまた大きな宿屋の一室に案内された。恐らく、一番いい部屋。

 あれよあれよと事が進み、少女女神と二人きりになる。部屋の奥まで彼女が行くと、振り返って手を合わせながら頭を下げてきた。こちらの女神にも、手を合わせるという文化があるのだろうか? お偉い女神が俺に頭を下げるので、少し身構えてしまう。


「ほんっ……とうにごめん!! キミのスキルボード、私達が壊しちゃったみたいなんだ」


「は?」


 人間だけでなく、モンスターにも必ず存在しているはずのスキルボード。この世界では、それがないと戦闘力に限界が来る。例えるなら、脳みその一部分を、いきなり壊死させられたような状態だ。


「壊したって、どういう意味だ?」


「久しぶりに変わった能力の希望があったから、それに喜んだ私と武器の女神が、ちょーっと気合い入れすぎて。二人で、実験を兼ねてイジっているうちに戻せなく……」


「え? 何それ怖い。俺はアレか? 調子乗って家電分解してたら、戻せなくて泣くっていう最悪のパターンのやつか?」


 自然の女神は、申し訳なさそうに小さく頷いた。


「お、俺。どんなに戦っても、魔法とか便利スキル習得できなかったり?」


「うぅ……。そういうことになる」


 終わった。異世界で冒険して、なんやかんや女の子にモテるという計画が。

 俺は、絶望という絵画にされてしまったようだ。きっとその瞬間のまま、永遠に遺されてしまうに違いない。


「そ、そこでな。私達もなんとかしようといろいろやったんだ。授けた能力を変えることはできないから、拡張という形で大幅に強化してある。とりあえず、このチケットを千切ってみてよ」


 少しでも今の状況を良くするため、彼女が持ったその紙切れを、乱雑に引き千切る。切れ端は青く燃え上がり、ほのかに温かった。


 それが燃え尽きた瞬間、頭の中に無数の情景が浮かぶ。戦争――いや、武器の歴史。拳銃に小銃に大砲。人に撃ち、物に撃ち、獣にも撃つ。武器の姿形が、瞬間的に頭へ流れ込み、蓄積する。


「記憶に格納された武器の概念を、現世に書き出す能力。それを拡張して『図鑑具現化』能力へと進化させたよ。武器や道具と定義されるものなら、それを登録することで、MPが尽きるまで生成して使用できるんだって。もちろん、取り出した物は滅多なことじゃ壊れない。武器の女神の姉――道具の女神に協力してもらって、キミの世界の道具もいくつか入れておいたと聞いている」


 試しに、記憶に浮かんだパンツァーファウスト100に出てこいと念じる。新体操のクラブのような外見の、昔の対戦車兵器だ。顕現すると同時に、ガクンと何かが抜け落ち、かなりのMPを消費したようだ。


「これは数本で限界がくるな」


 それをMPに戻し、今度は俺の世界で馴染みのある道具を探す。オイルライターのヴィジョンが浮かんだので、それを出してみた。

 蓋を開け、フリントを削って火花を起こすと、しっかりと火が点く。燃料は、僅かなMPを使っている感覚があった。


「どうかな? 気に入ったかな?」


 上目遣いで、俺の顔色をうかがってくる。女神ともあろう存在が、俺に負い目を感じているのが愉快だったので、ちょっとからかった。


「うん……まぁいいんじゃないの? ほら、セラミックフライパンもある。これ、餃子とか焼くときに便利なんだよね……」


 露骨に落ち込んで見せ、LEDランタンとかナイロンロープも取り出してため息混じりの返答。そんな俺を見て、彼女は両手の先から優しい光を放った。


「もう一個あるんだ! 普通の転生者には絶対にしない、特別サービス! 神の御業をキミにっ!」


 その光は特別暖かく、冬場のコタツのような心地よさ。


「これは……?」


「私は自然の女神。この世の基礎を司る。全てに宿る神霊と心通わせ、力を借りることすら容易なんだ。これは、本来人間に持たてはいけない、この世の原理に踏み込める力」


 少し心身がシャッキリした感覚はあるが、そこまで強くなった自覚はない。


「あんまり、変わらない気がするんだけど」


「とりあえず山とかに出かけて、穏やかな心を持った神霊と仲良くなるといいよ。あの子達なら、私の気配を感じ取れば協力してくれるはず。この力は神のもの。人間のキミは、MPではなく魂を焼却して行使する。加減して使っていけば何も問題はないけど、扱いには気をつけるように」


 なんだか嫌なワードが聞こえた。俺の魂が燃料ということは、魂の寿命が来るというのだろうか?


「焼却するって、大丈夫なのか?」


「誰しも生きている限り、常に魂を焼却しているんだ。本来現世に影響を与えられない神霊は、その焼却エネルギーを使って事象を起こす。キミは魂も特別製とはいえ、無茶な焼却は精神を疲弊させ、回復が追いつかなければ最悪消滅する。それだけは気をつけてね」


 逆に考えれば、消滅するギリギリまで焼却したとしても、肉体側の強さで精神を回復させればいいということになる。


「それと、邪悪な神霊は絶対に使役しちゃだめだよ? やつらは、乗っ取ろうとしてくるからね。破壊の女神の能力を使って、払い除けてやればいい」


 邪悪な神霊。それって、もしかして――


「俺の後ろで囁いてるコイツとか?」


「げぇっ! そいつだ! 早くはたき落とせ!」


 暗く、陰鬱な声で囁く黒い影。


「オレと……世界を壊さねぇか? 感じるぜ、お前のドス黒い劣等感をよ。その身体を貸してくれるなら、代わりに何もかも終わらせてやる」


 ――劣等感。黒い影が囁く言葉は、ぐさりと刺さる。同じタイミングでこちらに来たあの少年は、まるで物語の主人公のように愛され、成長していくのだろう。一方の俺には、主人公らしさの欠片もない。出来の悪い人間であることが、彼と比べることで色濃く映し出された。


「そうだな。それも悪くない。――でも、てめぇに乗っ取られるのは気分が悪い!」


 破壊の女神の説明の通り、俺はあらゆるものに触れることが可能になっている。影の獣をゴブリンと同じく引きずり倒し、顔面を拳で何発も殴った。


「な、何をする!」


「俺に使役される気がねえってんなら、このまま消滅するまで殴り続けてやる」


「このオレが使役される? バカな!」


 これだけでは屈しないなら考えがある。握った拳から、人差指と中指を立て、赤く爛々と光る瞳に向けた。


「お、おい。正気かお前?」


「お前……? 他の呼び方が好きだなぁ、俺は」


 影は俺に勝てないことを悟ったのか、強気な口調をやめる。


「くっ……分かった。ここで消えるなんてゴメンだ! 頼むからやめてくれご主人!」


 そいつは抵抗するのも止め、大人しくなった。押さえ付けた手の平から、影が俺に流れ込んでくる。


「キ、キミィ! そんな邪悪を団子にしたような神霊、取り込んだらどんな悪さをするか分からないよ! 私にも理解できない、複雑に絡み合った『何か』だそれは!」


「悪さしようとしたら、目玉をほじくってやるから大丈夫。そうだ【くろすけ】って名前はどうだ? お前黒いし」


 俺のくろすけは、この身から再び現れ、目の前に立つ。獣のような人間のようなシルエット。もやもやしていて表情は分かりにくいが、嫌そうな顔をしてからその名前を受け入れた。


 女神のドン引きする顔を見て、こういうことをするからモテないんだなと学習する。しかし、情けや容赦が弱みになることを考えると、こういうやり方しか俺にはできない。


「ちょっと具合を確かめるぞ」


 影を少しだけ貰って拳に纏わせ、それを爪に変形させる。今度は彼? の全身を使って巨大な拳にしたり、槍状に変形させ、頭上で回してみた。


「これ、持ってみろ」


「へ、へい……」


 人型に戻らせ、生成した先端の広がったマチェットを投げ渡すと、器用に受け取った。くろすけの身体は、前からあった腕のように簡単に動かせる。

 それを投げ返させ、受け取るのも容易。身体にも妙な力が入り、ブロック塀程度なら殴り壊せそう。


「これなら、スキルボードの件はチャラどころか俺が感謝したいくらいだ。ありがとうな」


「は、ははは……それならよかったよ。おいくろすけ! そいつに変なことするんじゃないぞっ! それとキミ、絶対そいつに身体を貸さないように。乗っ取られたら、途端に主従関係が崩れる」


 腰に手を当て、指差しながら女神は言った。


「も、もちろん! ご主人に逆らったら何をされるか分からんですし」


「使わせてやる気はそもそもないしな」


 俺の武器生成に、自由自在な新たな腕。チート相手にトリッキーな戦いをするには、十分過ぎる能力だった。


「ついでに、キミのスキルボードの代わりになるものを設置しておいた。それがないと、ギルドで活動できないしね」


 左手の甲を意識すると、赤く光る印が浮かぶ。意識する気が緩むと、それは消えて何も見えなくなる。


「ギルドだけでなく、私の息がかかった場所ではそれが役に立つよ。私ができる償いはこれくらいだ。武器の女神は、別件が片付けば謝りに来ると言っていた。彼女からは、お詫びの品として女神まんじゅうを預かっているよ」


「まんじゅうって……。女神にはジャパンブームでも来てるのか?」


「一部の女神は、たまにあっちで遊ぶから、結構向こうのことには詳しいんだ」


 俺の頭上でビニール袋に入ったそれが出てきて、ゆっくり落ちてきたものを取った。どっからどう見ても、日本の観光地の土産品だ。


「さっきの受付にその印を見せて、事情を話せばギルドの説明をしてくれる。スキルボードは、キミが思っている以上にこの世界で大切なものだったんだ。本当にごめん……」


「そんな気にしないでくれよ。スキルボードなんかより、よっぽど便利そうな能力だ」


 俺が指定したものより便利な能力を授かったので、これ以上強く言えない。


(実は、最強のスキルボードだったなんて言えないよなぁ。序盤からMP消費一とか、上級魔法の詠唱時間がほぼゼロになるやつを習得できたなんて。スキル解放したときのステータス補正も、ものすごかったし……)


 俺は最後に、とても大事なことを思い出した。


「そうだ。愛の女神とやらに、能力を授けるのを拒否されたんだっけ。ダメなんだろ、そういうの? 自分の管轄内の能力だからって、黙ってればバレないみたいなこと言われたぞ」


「なにぃ!? それはルール違反だ。私達が理想を叶えるのは、命懸けで戦ってもらう対価。それを拒否すると許せないね。調べれば余罪が出てきそうだし、調査してみるよ」


 やってやったぞ。あのクソ女神の悪行をチクってやった。これからどうなるか楽しみだ。

 俺は上機嫌で女神に手を降って別れを告げると、くろすけとともに部屋を出た。


「なぁくろすけ。お前さ、時間止めたりできないの?」


「そんなこと出来るわけないじゃないっすか!」


 彼は斜め後ろを滑るような移動。脚はなく、背後霊のようだ。


「えー。背後霊的なやつって、時間止めたり破壊したものを直せるぞ。俺の世界じゃそれがデフォだ」


「オレはただ何もかも憎いんですよ。だから、壊すだけしかできません」


 壊すだけ。特殊で複雑な能力に固執し、それが弱点にならないと考えれば、強みになるのかもしれない。


 俺は今度こそギルドの一員になるため、先程の建物に戻った。

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