2.チート異世界転生者はいっぱい
眠りから目が覚める。人生で幾度となく経験したその感覚。特異な部分があるとすれば、ゴリゴリとした背中を刺激する砂利の存在。
空は今まで見たどんなものよりも高く、そこを満たす空気もどこか初めての味わい。
俺は銃を抱き締めていて、それはあの女神が偽物ではないことの証明書。
ふと何かの息遣いが聞こえて、右に寝返りをうつと、それはそれは可愛らしい顔の誰かが同じように倒れていた。
ショートカットで、俺と同じ世界のものと思われる服にハーフパンツ。中性的な容姿で、少女か少年かよく分からない。
「ここは古典的な判別方法をしよう」
男だったらギリギリアウト。女だったら普通にアウトの手段。恐る恐る、股間に手を伸ばす。
「男だ……!」
この瞬間だけ、世界で一番格好いい声が出ていたと思う。
これが女の子だったら、ヒロイン確実だったのにガッカリだ。よく見ると、彼が扱うには少々大きすぎる剣が寄り添うように置かれていた。
きっと、同じような境遇なんだろう。俺が死んでもどうとも思われないが、この子みたいな人間が死んだら、多くの人が悲しむはずだ。
なんだか放っておけなくて、肩を軽く揺すってみた。同じ人間とは思えないほど、しなやかで華奢。こんな身体で、戦っていけるのだろうか。
「ぅん? おかーさん?」
「ああ、あんたのお母さんだぜぇ」
思わず、悪ノリ心に火がついた。
「って! 違ぁう!」
勢い良く飛び起きて、激しいツッコミを繰り出す。どうやら元気そうだ。
「おはようさん。そっちも死んだら女神が出てきたって感じ?」
「――うん」
表情は一瞬で暗くなり、うつむいてしまった。恐らく、酷い死に方をして、家族なんかが心配なんだろう。
「ほぼ同時にこっちに来たのも何かの縁だ。とりあえず、俺の死因でも聞いて笑ってくれ。俺はなぁ、靴下履こうとしたらバランス崩して、テーブルにガツンって感じだ。酷えだろ?」
「ぷっ……。あ、ごめんなさい笑ったりして。痛かったですよね」
どこまで聖人なんだコイツは。
「ボクはもっと酷いですよ。道路に飛び出した猫を助けようとしたら、トラックに引かれてしまって。運転手さんや家族に迷惑を……」
(ド定番役満キタァッ! 何だよこの主人公補正。俺絶対勝てないわコレ)
涙を今にも落としそうなほど瞳をうるませ、肩を震わせた。その背中を、強すぎない程度に叩くしかできなかった。
「とりあえず、街とかそういうもんを探そう。俺はともかく。君は食料と水の問題がある」
俺の能力はどこまで不死身かは分からなかったが、ちゃんと効果が出ているのなら、当分は死ねないはずだ。
彼に悟られないよう、近くにあった尖った石で腕を強引に傷つけてみたが、想像以上の速度で傷口が閉じていく。どうやら、全てが真実のようだ。
自傷行為には、それなりの覚悟がいる。しかし、不死身の肉体がそうさせているのか、恐怖という感情が弱まっていた。それが、急に湧き出てきた自信にも繋がっているのかもしれない。
なんとか少年を立たせ、道なりに進もうとした瞬間。
「キャーッ!」
(キタッ! 定番の、女の子がモンスターに襲われて悲鳴を上げるやつ!)
声の方に視線をやると、ゴブリンとしか言えない容姿のモンスターに襲われる、いかにもメインヒロインみたいな女の子。こちらに走って逃げてくる。
「さぁッ! 俺の胸に飛び込んでこいッ!」
両手を広げ、彼女を待ち構えるが、俺を通り過ぎて少年の方に抱きついた。
真顔! 俺は世界で一番の真顔をしている。ああ分かっていたさ。可愛らしさすらある主人公の少年と、序盤で仲間になる回復魔法が使えない蛮族。誰もが前者を選ぶ。
銃を斜めに構え、アイアンサイトで先頭のゴブリンに狙いを定めた。それぞれ、肉厚のナタを持っている。
この銃の「無限」の定義はどうなっているか分からないが、最低四発は撃てるはず。壊れないなら、鈍器としても使える。
落ち着いて、過剰な力で狙いがブレないよう、静かな射撃を心がけた。
撃鉄が落ちる直前まで引き金を絞り、じわりと指先に力を入れる。すると、狙い通りに一体の胴体を貫く。いや、抉った。
霧状になった血液が飛び散り、残りの二体を染め上げる。俺もゴブリンも呆気にとられ、動きが一瞬止まるが、激昂したゴブリンの「ギャーギャー」という鳴き声で我に返った。
急いで次弾を薬室に送るが、人間を上回る身体能力のゴブリンは足が早く、一瞬で間合いを詰められ、なまくらのナタで首を叩き割られてしまう。
刃は骨にまで達し、その音が耳から頭へ届く。頭を打ったときとは比べ物にならないほど嫌な感じ。鈍痛と鋭痛がせめぎ合い、ひたすら「痛い」という文字を反芻した。
ただ、それだけ。酷く痛むが、気が遠くなることもなく、意識ははっきりしている。目も見えているし、腕もぎこちないながらも動かせた。
「ガボ! ゴボボボボッ!」
喉を斬られた。罵倒の声は言葉にならない。
俺の首をやってくれたゴブリンに飛びついて、引きずり倒してから馬乗りになる。間髪入れず、銃のストック部分でひたすら殴った。
生憎、俺が選んだのは敵を上品に殺せる武器ではない。撃つか殴るかの便利な道具だ。
小鬼の生命力は凄まじく、四、五回殴ったにもかかわらず、爪で俺の右目を引っ掻く力を残している。一方、首の吹き出すような出血は治まり始めていた。
耳はしっかり聞こえていて、女の子の泣き声に、少年のたじろぐ声。それに混じって僅かに土と砂利の上を歩く音。
仲間を撲殺されている合間に、もう一匹は俺を後ろから狙っている。なかなか、勝利に貪欲な種族だ。
足元のやつが伸びているのを確認して、振り向きざまに銃口を臭そうな口へ突っ込む。迷わず引き金を引いて、顎から上を肉塊にしてやった。
今までだったら、それなりに疲労感の感じる一連の行動。しかしながら、不死身の肉体は素晴らしく、息苦しさを感じない。それに、殺そうとするのも、されるのも怖くなかった。
声はまだグズグズとしたもので、右側の視界はぼんやりしていて、やや赤い。
「オゥ、ダイジョグ……ウブガ……」
咳払いをして、喉の通りを良くしてもう一度。
「ダイジョウブか?」
モンスターの襲撃から助けたんだ。こんなことをされたら、彼女の脳内で俺と結婚から老後までの妄想をしているに違いない。
「イヤァァァッ! 今度はアンデッド系のモンスタァー! 助けてくださいぃ!」
少年は抱きつかれ、頬を赤く染めていた。
「あ、あの。この人もボクと同じ人間で――」
「ニ……ニンゲンニ……モドシ……テ……」
アンデッドモンスターとまで言われ、カチンと来る。もうこうなったら徹底的にビビらせてやろう。全身をガクガクと震わせ、手を伸ばすと、二人は悲鳴を上げて一目散に逃げていった。
その先には巨大な街が広がっていて、そこでギルドとか寝床を探せと言わんばかり。
傷が完璧に治るまで、そのへんにあった太い木を背もたれに腰を下ろす。ゴワゴワとした感触が右のふとももを刺激した。それは、ポケットに入っていた小冊子によるものだ。
血で汚さないよう、服で手を拭ってからそれを取って開いた。
その小さく地味な書物は、女神から授かった武器や能力の仕様書のようなもの。未知の言語なのだが、自然と意味が分かった。
銃は念じることで取り出したり仕舞ったりが可能。マガジンは、マジックポイントを消費して生み出せる。ただし、少しでもMPを節約したい場合は、弾薬だけ生成するといい。銃本体はこの世界に物質としてではなく、概念として召喚しているので、壊れることはない。万が一壊れるようなことがあっても、武器保持者が死ななければ、概念なのですぐに再生成可能。by・武器の女神。
私が授けた特殊能力は、障壁などに干渉することが可能になるもの。運動エネルギーと合わさることで性能は格段に上がる仕組みだ。女神より格上の障壁相手でも、破壊できる可能性はある。破壊する能力というより、あらゆるものに触れることが可能になる能力だと思ってほしい。これは、不可能を無くす力。ぜひ、正しく使ってくれ。by・破壊の女神。
キミは、面白い選択をしたね。不死身の肉体はどうかな? ちょっと痛いけど、厄介な魔法が溢れるこの世界では、良い能力だと思うよ。女神に悪意を持った魔法も多いからね。君の選んだ武器と能力は、これからやっていくにはちょっと地味だと思ったから、おまけを付けておいたんだ。いろいろあるけど、君の肉体と精神をバランスよくイジっておいたから、頑張ってね。by・めちゃんこカワイイ自然の女神。
最後の一文で、その他諸々がどうでもよくなるインパクト。どこをどう弄ったのあまり考えたくないが、確実に精神を弄られている。ゴブリンを見た瞬間「殺そう」という単純な感情に塗り替えられたので、それは明白だった。
目はバッチリ治って、首の傷もミミズ腫れ程度。立ち上がって、女神の説明書をポケットにねじ込む。
説明にあった通り、手の平に弾丸を意識する。すると、細長く黄土色の弾丸が一発、手品のように現れた。薬室に弾丸を送り、安全装置を掛ける。マガジンを引っこ抜き、そこに使った分の三発を込めてから、しっかりと銃に取り付け直す。
特にマジックポイントなるものが使われた体感はなく、どれ程の数を生成できるか分からない。試しに二十発ほど生成してみると、喉の渇きや空腹とは別の何かを感じる。これが、MPの消費という感覚。さっさとそれに消えろと念じると、再び取り込まれたのか、未知なる乾きは癒えた。今度、落ち着いた場所でしっかりと数を数えてみよう。
銃の方も、出し入れは自由自在。直前の装弾数のままで何処かに消えるらしい。
しかし、出すのに微妙なタイムラグがあるので、肩に掛けるためのスリングを使い、背負って街に向かう。
邪魔に感じるとき以外は、手に持っていたほうが咄嗟に対応できるし、武器を背負って旅をするという、一つの憧れを満たす。
俺はちょっと大げさな歩幅で、街を目指して歩き始めた。
この一歩は、主人公になれない、長い長い冒険と戦いの始まりだった――