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1.俺は女神を射殺可能

 最近よく見る、異世界転生する小説やらアニメ。俺もそういう人生を贈りたいななんて思いつつ、素晴らしいとは言えない現実を生きていた。


 そもそも、死ぬと行けるというお決まりのパターン自体、難易度が高すぎる。

 トラックに引かれて死に損なったら悲惨だし、自殺未遂で変な後遺症でも残ったらと思うと――

 それに、転生できる保証なんてどこにもない。異世界なんて無く、死んだらただの真っ暗な虚無の可能性もある。


 だから、何かしらで死んだ後、若返って転生できることをひっそりと期待し続けていた。

 しかし、日本の事故死や他殺で死ぬ確率は、宝くじの一等二等なんかよりもよっぽど高い。


 俺は見事に、一日のうちの数人に選ばれ、あっさりと死んだ。


 定番のトラックや、壮絶な戦いの末に他殺されたのなら多少の箔が付くが――俺は靴下を履きそこなって死んでしまう。

 風呂上がりに、上機嫌で鼻歌交じりに靴下を履いていたら、バランスを崩して、テーブルの角に頭をぶつけたという、あまりにも地味で恥ずかしい死に方だ。


 何よりも悔しかったのが、奮発してコンビーフの缶詰を買って、これから食べようというタイミングだったということ。

 死んで唯一にして最高にラッキーだったのは、女神が異世界に転生させてくれるパターンに遭遇できたことだ。


「あなたは死にました。そして私は女神。あなたにならこの意味がわかりますよね?」


「え? このパターンってもしかして?」


「はい。異世界に転生したいと願い続けていた人間は、望み通り送ってあげることになっています。もちろん、特別な武器や能力を授けましょう」


 美人でお胸が大きい女神が素晴らしい提案をしてくる。だが、いざ自分の身にそれが起きると、疑心暗鬼に陥る。


 二人だけの空間は、暗いような明るいような無限に続く異様な場所で、俺が立てるように魔法陣の足場が組まれていた。


「本当に? なんか裏があるんじゃないの?」


「いえいえ。そんなことはありません」


 何度も何度も問い詰めると、なぜ転生させるかという理由を説明してくれる。


「あなた達の世界――地球と言ってしまった方が分かりやすいですね。誕生する肉体に対して、魂の数がちょっと増えすぎたんですよね。魂は新規のものか、洗浄されたものを上手くやりくりしているのです。時折、魂が破壊されたり、消失して数が調整されるのですが、地球の地獄って妙に魂の管理がしっかりしていて、増える一方。そこで、魂が不足気味の世界へ分けてもらおうということなんですよ」


「地獄……あったんだ。でも魂が欲しいだけなら、なんで記憶まで?」


「それは、霊の法則が違うからです。かなり昔に、魂をそのまま送った結果、魔素と融合してモンスター化。大変なことになりましてね。その後処理をするため、異世界人に強力な力を与える代わり、モンスターを倒してもらおうというわけです。モンスター化しないよう、記憶や肉体という防御壁を与えて送っています。向こうの住人として生きることで魂が馴染み、死後は魂の循環に戻れるので、当初の目的が果たされることも分かりました」


「なるほどねぇ……。悪くないけど、仕事のミスを処理するためってなんか嫌だなぁ。もっとこう『勇者様! 世界のために魔王を倒して!』って感じで潤んだ瞳で頼まれたい」


「そういうオプションもありますよ」


 喉のあたりで「心から言われなきゃ意味ねえんだよ」という言葉がつっかかったが、なんとか飲み込む。


「というわけで、三つの理想を聞かせてください。一つ目は、理想の武器。二つ目は、理想の特殊能力。三つ目は、理想のステータスです」


「とりあえず二つ目は、何か知らんけどロリとかお姉さんとか多方面の属性にモテる能力で」


「そういうのは無理です」


「モテる能力」


「そういうのは無理です」


「は?」


 女神相手なので一応猫を被っていたが、いちばん重要な能力を無理だと言われ、キレ気味になってしまう。


「強力な魔法を撃ちたいとかそういう方向性でお願いします」


「じゃあ洗脳魔法かイケメンになれる魔法」


「私は愛の女神。偽りの愛を与えるような真似はしません」


 今ここで女神殺しの武器を貰い、叩き斬ってやろうかと思った。


「仲間と出会い、純粋な愛を育んでください。強くてお金があればなんだかんだモテますよ」


「女神のくせに俗物っぽいな」


 異世界転生してモテるやつの基本として、女装させたとき違和感が少なければ少ないほどモテるという独自の研究結果がある。結局、線が細くて女顔が有利なのだ。

 一方の俺は、教科書に出てきた武士の写真に顔が似ていて「教科書」というアダ名が付いたこともある。その武士は現代の基準でもあまりいい方ではないが、せめてアダ名は武士がよかった。


「女神、向こうの世界についていくつか聞かせろ」


「なんか……態度でかくなってません?」


 武器や能力を選ぶからにはリサーチが必要だ。選択ミスをすれば、最悪ギャグ作品の主人公みたいな結末が待っている。

 聞き出した、欲しかった情報をまとめるとこうだ。


 俺と同じく女神から力を受け取った人間は多く、数百人規模。これからも増えていくという。

 ありがちな中世ファンタジー世界で、魔法のおかげで生活水準は高い。

 モンスターというものはかなりの種類が存在していて、高い戦闘力。

 言語などの根本的な問題は女神のサービスでどうにかなるという。


 俺が一番の脅威だと感じたのは、同じく女神の加護を得た転生者。モンスター退治稼業に人が集まりすぎて、いつかは仕事を手に入れることすらできなくなるかもしれない。


 では、資金源になる物質を無限に生成する能力はどうだろうか? もしかしたら、同じようなことを考えたやつが現れ、相場を崩してくる可能性もある。

 能力の単純な強さより、組み合わせが重要に感じた。


「そういえば、最後の『理想のステータス』ってなんだ?」


「言ってしまえば、自由枠のようなものです。女神の加護で、どんな怪我でも治るとかそういうものですよ。脚を速くしたり、力を強くしたりもできます。ただし、女神組合のメンバーが授けられない能力は無理ですけど」


「女神組合って名前どうにかならなかったのか?」


「分かりやすさ重視です」


 それから十分と少し。女神の胸を凝視しながら考えた。


「よし。決まったぞ。武器は、絶対に壊れなくて、弾が無限に手に入る狙撃銃だ。絶対に無くならないようにもして欲しい」


「随分と地味な武器を選びましたね。それだと、強力なモンスターに手も足も出ないですよ。例えば『振っただけで雷が落ちてきて敵を殲滅する剣』みたいな欲張ったものじゃなくていいんですか?」


「これでいい。考えがある」


 女神は顔をしかめ、俺を不思議がっている。


「じゃあ、このカタログから選んで下さい」


 辞書みたいに厚い本を渡され、その表紙には「武器カタログ:狙撃銃編」と書かれていた。


「紙媒体かよ。デザインも普通に本屋で売ってそうな感じだし」


 ページを捲っていくと、地球で狙撃銃として扱われたものが時代別に掲載されていた。変に趣味で選ぶと後悔するので、オーソドックスなものがいい。

 となると、M700系統のボルトアクションライフル。海兵隊仕様のM40A5なんて良さげ。弾薬は――


「まだですかー?」


「重要な事なんだからゆっくり選ばせろ!」


 素人の俺には、反動の小さい基本の7・62ミリがいい。しかし、後に威力不足に悩むかもしれない。となると、狙撃銃としては中間の威力を持つラプアマグナム弾が妥当だろう。

 M40の派生にその弾薬が使えるものがあったはずだ。

 細かいパーツ構成の指示を出して、理想のカスタムにしていく。女神に銃のことを言って分かるものかと思っていたが、間違いなく俺の指定した銃を亜空間から取り出して俺に授けた。


 続いて、これこそが一番重要な能力だ。チート溢れる異世界で俺がトップに立つ、シンプルで強力な能力。これ以上に万能なものを要求すると、変に制約がありそうなので、自重した。


「欲しい特殊能力は『魔法障壁なんかを貫通できる力。それを武器や拳、弾丸に常に付与』という能力。それが女神由来の防御であってもだ。出来るか?」


 女神の凛とした立ち振舞は一変し、表情を崩して本性がこぼれ落ちてくる。


「えぇっ!? 何を言っているんですか。それじゃまるで、私が送り出した人間を――」


「そんなこともできないのか女神組合の連中は? ボス的なやつなら、そのくらい出来るだろ?」


 他にどんな武器を選んだいるやつがいるか分からない。それならば、誰よりもスマートで、目立たず、確実にあの世へ送れる武器と能力の組み合わせが最終的に役に立つ。


「ちょっと聞いてきます」


 そう言うと、空間に穴を開けてどっかに行ってしまった。何時間待たされるかと思いきや、ほんの数十秒で帰ってくる。


「今回だけ特別です。あなたを最後に、規約に『女神を攻撃する手段を与えてはいけない』が追加されるようです」


「書面に書いてなきゃ断れないか。お役所仕事って感じでいいなぁ、女神組合ってのは」


 ゲンナリした女神の顔は、とても愉快だった。


「じゃあ最後の自由枠は『絶対に再生する不死身の肉体』がいい。魔法なんかじゃなくて、生物的に限界を超えた肉体だ。ほとんど飲み食いしなくたって死なない。昔見た、特撮のダークヒーローみたいなやつ」


「えぇ? また変な要求を。できる人がいるかまた聞いてきますね」


 先ほどと同じように穴に飛び込んで、あっという間に帰ってくる。


「一応できるみたいですよ。自然を司る女神が『よゆーよゆー』って。あの人は何でもありなところがありますから。身体に魔力が残らないように、独立した新種の生物として加工できるそうです。でも、私の愛の加護のほうがいいですよ? ダメージ受けてもあまり痛くないですし」


「俺と同じ、女神由来の防壁を突き破る能力があったら嫌だからな。魔力とかそういうのから完全に切り離された方が安全だ」


「あなた相当性格悪いですね! そこまで想定した人なんて一人もいませんでしたよ!」


「褒めるなよ」


 当初のおしとやかな美人像は確実に崩れていき、この女神は変顔の達人だということがよく分かった。


 全ての能力が決まり、いよいよ転生のときだ。


「それでは、いってらっしゃい。剣と魔法の冒険がある世界へ」


「うおっ!?」


足元に渦巻く穴が形成され、徐々に吸い込まれていく。受け取ったボルトアクションライフルを抱き締め、穴の縁に引っかからないようにした。


「あ、最後にいいことを教えてあげます」


「ん?」


 女神が下卑た笑みを浮かべ、とんでもないことを言い放った。


「実は、モテる能力とかよゆーで授けられたんですよねぇ。なんたって、私は愛の女神ですから」


「は?」


「決まりでは、不可能じゃない限りなんでも能力を授けることになってます。私以外の女神から要請があったら仕方なく授けるんですけど、私が担当した場合、拒否すればいいだけですから。そういうのは、愛の女神としてあまり良く思っていないので。黙ってればバレないですし」


 憎たらしい顔で高笑いをして、穴に沈んでいく俺を見下している女神。銃の安全装置を確認し、ボルトを操作して弾を送った。予備で斜めに設置された、近距離専用のアイアンサイトで狙いを定める。そして、彼女の歪んだ微笑みに銃口を向けて、引き金を引いた。


「死ねぇ!!」


「ひぇっ!!」


 炸裂音と同時に、女神を覆う何かの障壁を突き破り、空中に弾痕が残る。しかし狙いは逸れて、長く綺麗な髪を僅かにふっ飛ばしただけに終わった。

 俺の願いを叶えないクソ女神に、罪悪感なんて湧かない。


「もう一発ぅ!」


「や、やめっ!」


 初めて撃つ実銃なので、咄嗟に撃ってもそう簡単には当てられない。しかし、センスは悪くないはず。もう一発撃てば、悪魔のような女神の顔面を――


「うぉぉぉ! 飲み込まれるぅ!」


 次こそは命中させようとしたが、穴の縁が胸まで来ていて、まともに狙える情況ではなかった。仕方なく腕を引っ込め、ズルズルと引きずり落とされるしかない。


「はぁはぁ……こんな危険人物を送ってしまうことになるなんて。一応報告しておいたほうがいいですね。監視も付けないと」


 穴に飲み込まれてしばらく、暗闇の中で強烈な眠気に襲われる。それに抗う術はなく、ただ受け入れるしかなかった。

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