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2度目の感情

 初日から3日目、なかなかにグルーフィン家にも慣れてきたと思う。

 朝起きて、レイ様が選んだ服を着て、一緒に朝食を食べて。彼が仕事に行った後は、散歩や昼寝で時間を潰す。帰ってきたあとは、何をするでもなく、一緒にいる。

 確かに、言ってしまえば暇である。しかし、無駄に広い屋敷なだけあって、散歩するにも退屈しない。温室には色とりどりの花が咲いてるし、外には動物もたくさんいる。

 天気だって、日によって違うし、モニカさんとも打ち解けてきて、会話が楽しい。

 なんとなく、流されるように結婚したレイ様は、とても優しくて、綺麗で、仕事熱心ないい人だった。

 だから、忘れていた。最初に彼に抱いた、恐怖という違和感を。






 その日も、レイ様を見送ってから、自室に戻った。天気がいいから、お昼まで窓際で外を見てのんびりしていようかなーと思った。

 窓際に腰を下ろすと、暖かくて眠気がすぐに襲ってくる。

 もう昼寝しようかなーと思っていると、モニカさんに声をかけられた。


「お手紙が届いておりますよ」


 そう言って手渡されたのは、薄桃色の綺麗な封筒。宛名には私の名前。差出人には、ヴィオラ=マーロンの名前。

 懐かしいその名前に、パッと心が明るくなる。

 幼なじみの、綺麗な金髪の少女だ。よく喧嘩もしたけれど、媚びることなく一緒にいられた、数少ない友達でもある。

 綺麗に綴じられた封筒を開けて、便箋を取り出す。桃色の、ヴィオラらしいオシャレなもの。それには、流れるような綺麗な字が並び、あぁヴィオラの字だなと思った。


『久しぶり。元気にしてるかしら?貴女のお母様から聞いて驚いたわ。まさかグルーフィン家と婚約ですって!貴女も隅に置けないわね。でも、友人である私に、なんの報告も無しに行ってしまったのは、ちょっと悲しかったわ。結婚式には呼んでちょうだいね?

 今度、またお茶でもどうかしら?昔のこととか、今のこととか。憧れのレイ様のお話とか、聞かせてちょうだいな。その時には、貴女のお家にお呼ばれしてみたいものね。

 あぁ、あと、リリックが貴女に会いたがってたわ。近いうちにそっちに行く予定があるようだから、会ってあげてちょうだい?

 最後に。心から婚約おめでとう、お幸せにね。』


 少しだけ上から見たその文章は、紛れもなくヴィオラの話し方そのもので。懐かしさに頬が緩む。

 ヴィオラにも、他の友人にも、何も言えずに来てしまったことに初めて気がついて、とても申し訳ないと思った。でも、ヴィオラに伝えてたら冷やかされてそうだし。

 懐かしいなぁ、と思いつつ、最後の文に目を向ける。

 リリック。リリック=マーロン。彼はヴィオラの一つ上のお兄さんで、私とは年が2つ違い。

 昔は、よく3人で遊んだものだ。

 リリックは茶色の髪を伸ばして後ろで束ねた、そばかすが目立つ人で、快活な青年だ。

 懐かしいなぁ。確か彼は三年前、どこかの騎士団に入ったはずだけど。私の知っているどこかの誰かさんは王族騎士団だったなと、奇妙な一致を思い出した。

 会いたいけれど、会えるかな。

 レイ様は人に見せたくないとか言ってたけど、散歩も許してくれたし、きっと大丈夫だよね。

 私はそんなふうに考えて、手紙を封筒に入れると、サイドテーブルの引き出しにしまった。

 そして、モニカさんに声をかけて、散歩に行こうと立ち上がった。

 今日はいい日になりそうだ。






 レイ様が帰ってきて、2人で夕食を取ったあと。リビングで寛いでいる時間のこと。

 今度友人に会う約束を取り付けられるか、許可を得るために、レイ様に声をかけた。

 今日は何やら機嫌が良いようで、終始微笑んでいた彼は、紅茶を口に運んでいた。


「あの、」

「また何かあるのか?」


 まるで何かを察したような様子に、首を傾げると、彼は静かに私を見て言った。


「リィが俺に用事や許可を求める時、そうやって声をかけるからね」


 その言葉に違和感を感じた。はて、と首を横にかしげる。

 レイ様、私が許可を求めたのは三日前の散歩だけですよ?

 …まぁ、許可が欲しいのは事実。私ははっきりとレイ様の目を見て告げる。


「友人が訪ねてくるのですが、会ってもよろしいでしょうか」


 無感情な目で私を見ると、彼はゆっくりと紅茶の入ったカップをテーブルに戻した。

 そして、足を組み直してから、再び私に顔を向けた。


「友人とは?」

「小さい頃から仲が良かった、幼なじみの男の子です」


 男の子、と言った瞬間、彼の眉がぴくりと上がった。そして、おもむろに立ち上がると、私の手を取って歩き出す。

 突然の行動に反応できずにいると、彼はどんどんと進んでいき、私の部屋の隣……レイ様の自室に連れてかれた。

 そしてソファに座らされると、レイ様は私の前で、仁王立ちで腕を組んだ。


「……リィは俺のだろう。何故他の男と会おうとする?」


 ひどく底冷えしたような声は、私の背筋を凍りつかせるのに十分な迫力を纏って紡がれた。


「そ、れは……友人で、幼なじみ……で……」


 ぽつりぽつりと零すように告げると、私は思い出した。これと同じ威圧感を、前にも感じていたことを。

 あの時、とても、ひどく怖いと思った。けれどこれは、種類が違う怖さ。

 あの時の恐怖はわからない。けれどこれは、レイ様の感情から来るもので。その感情の名前は…怒りだ。


「その目には俺だけを写していればいいのに。他のやつのことなど、考えなくていい」


 絶対零度。その海色の瞳には、温度がなくて。なんて説明したらいいかわからない。ただ、怖い。

 三日前、散歩を許してくれたときと、何が違うのだろう。私は、何を間違えた?

 ギシ、とソファが鳴った。私の横に膝を立てて、彼は私の背中をソファの背もたれにつけると、上から見下ろした。

 前にも、こんなアングルで彼を見たことがある。あの時も怖いと感じたけれど、比べ物にならない。

 小さく熱を持っていたあの時の瞳は、全く色を見せず、温度などなくて。

 背筋を、冷たい何かが伝う。

 レイ様は、私の髪を撫でて、こう言った。


「君は他のやつなんて見なくていいんだ。俺がいる。俺のことだけを考えていればそれでいい」


 言い聞かせるように、ゆっくりと紡がれた低い声に、ゾクリと悪寒が走る。

 いつもなら、思考まで強制される!と突っ込んでいるのだろうけれど、それをやったら危険だということくらい、いくら私でもわかる。

 そっと手を取られ、手首に口付けされる。

 ひゅっと喉がなる。何故か、このまま手首を噛みちぎられるのでは、と思った。

 しかし、彼は噛みちぎる代わりに、先日と同じように手に力を込めた。

 ゴクリとつばを飲み込むと、目の前の青い瞳が細められた。

 私は、どうしてかわからないけれど、小さく頷くことしか出来なかった。

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