禁止と譲歩
無理があったと思う。
裁縫とか読書とか、できることはたくさんあるじゃない!と、自分を納得させた私。
穀潰しになりかけていたところを引き取ってくれただけありがたい、こんな最良物件逃してなるものか、と、思ってたんだけどなぁ。
それを凌ぐのほどの退屈さ。いやぁ、退屈で人って死ねると思う。というかね、私が馬鹿だった。
裁縫しよう、と思って持ち物からソーイングセットを取り出したはいいけど、私裁縫とか刺繍の経験ほぼゼロに近いんだった。案の定人差し指と中指にぷすっと針で穴を開けてしまい、断念。
次に読書!と意気込んだけど、そもそも私の好むような物語がこの家になかった。大きな本棚には、歴史書とか倫理学、国の経済学とか。難しい文字って、目で追ってるうちに眠くなるんだよね。
次に外に目を向けて自然観察。これはまぁ、想像の通り。3分と経たずに飽きた。
と、言うわけで。私は早々に退屈にぶち当たっていた。1日目でこれだよ、これからやっていけるか?答えはNOだ。何か、何かなければ死んでしまう。
これは死活問題だ。だいたい、私は身体を動かす方が好きなタイプでしてね。おっとりふわふわ女子にはなれませんよ。せめて散歩させろ。
って、モニカさんたちに言ったんだよ。させてくださいーって。しかしまぁ、従順な使用人さんたちで。モニカさんは笑ったまま首を振るだけだし、ロムさんにいたっては無視。
バタン、とベッドに倒れ込んで思う。
こうなったら旦那様に直談判しようじゃないか!
さすがに人に合わせたくないとか言ってても妻のお願いなら聞いてくれるんじゃないかな?というか、帰ってきたら忘れてるかもだし。
いやでも、なんか朝機嫌悪かったしな。なんかあったのかね。
「旦那様は朝に弱いのです」
心の中での疑問に答えが返ってきて飛び跳ねた。振り返るとモニカさんがニコニコと私を見ていた。なるほど、声に出てたのね。恥ずかしい。
「じゃあ、今日機嫌が悪いというよりも…」
「朝は機嫌がよろしくないですね」
へぇ。似合わない。朝弱いに似合う似合わないがあるのかは疑問だけど、似合わない。
朝はスッキリと起きてコーヒー飲んでそうなのにね。そういえば、朝食はサンドイッチだけだった。
レイ様の意外な一面を知った私は、とにかく大事な話があるときは朝しないようにしよう、と心に決めた。
とりあえず、思い立ったが吉日!今日レイ様が帰ってきたら頼み込んでみよう。
馬乗りとか、探索。せめて散歩。身体を動かしたい私なのです。
早く帰ってこないかな。と、今日初めて気分が上を向く。けれど時計はまだ午前中。何して過ごそうかなぁ。と考えた結果、寝て過ごすことにした。モニカさんにレイ様が帰宅する一時間前に起こすよう頼んでから、布団に潜る。
ふかふかの布団は相変わらず寝心地がよくて、すぐに眠りに落ちた。
頬を何か、冷たいものが撫でている。そんな奇妙な感覚で目を覚ました。布団で温まっていたから、その冷たさは心地が良くて、つい頬をすり寄せた。
すると、クスと何か笑う声が聞こえて、うっすらと目を開ける。金色の髪が目に入り、寝ぼけたままそれに手を伸ばす。綺麗な金髪は猫毛で、ふわふわとしていて触り心地がいい。
………ん?金髪…?
何度かパチパチと目を瞬くと、頬を撫でていた手に、髪に触れていた手を握られた。
それで覚醒した。はっきりと目の前に、端正なかんばせを確認した。
その時の私の動揺ったら、悲鳴を上げなかったのを褒めて欲しいくらいだ。
「な!?」
「おはよう、リィ。よく眠っていたね」
何故。私はモニカさんにレイ様が帰る一時間前に起こしてって言ったのに!と、モニカさんを見るけれど、そこにいたはずのモニカさんはいない。
「モニカたちなら下がらせた。今日は早く終わったからそのまま帰ってきて、君があどけなく眠っていたから、そのまま見ていた」
ご説明どうもありがとうございます。
返事としてはね、できればやめていただきたかったかな。
羞恥と驚きで赤くなっているであろう頬に手を当てて、顔を隠す。
寝顔を見られるなど、なんたる失態。いやいつかは見られるんだろうと思ってたけど、早すぎる。
「今日は何をしてた?」
突然のレイ様の質問に、反応が遅れる。瞬き三つでやっと理解して口を開く。
「えっと、裁縫しようとして、指を刺して…、読書しようとして、眠くなって……寝ました」
そんな私の説明に、レイ様は私の手を取って、指の傷の確認をした。
何度も念入りに指をなでて、傷を確認するので、ちょっと居心地悪い。緊張。血はでてないですよ。
「裁縫は傷がつくな。明日から裁縫や刺繍は禁止しよう」
ひくっと頬が引き攣る。別に二度とするかと思っていたし、いいんだけど。禁止という言葉が…。
それで、私は眠る前に決めていたことを思い出した。
「あの」
呼びかけると、私の指を撫でていた彼は顔を上げて私を見た。その視線にとらえられると、ぐっと言葉に詰まる。
けれど勇気をだして口を開く。頑張れ、私!
「外に出ることを、許可してくださいませんか?」
私の言葉に、明らかに彼の眉がぴくりと上がった。そして、私の手を離すと、抑揚のない声で一言。
「どうして」
抑揚のないその声には冷たい響きが滲んでいた。あれ?こんな反応されるの……?
「今日、午前中ですることがなくなってしまって……」
私の声は段々と尻すぼみになっていく。それは緊張からか、それとも彼の威圧感からか。
「………君に詰まらない思いをさせるのは、俺とて望んでない。けど、外に出すのは危険だ」
危険とは何に対して危険なのか。そんな危険がここらにあるとは思えない。
「あの、でも…ずっと部屋では、息が詰まってしまって…」
私は上目遣いでどうにか懇願する。
レイ様はしばらく黙って、私を見ていた。ここで引き下がったら負け、と私も見返すけれど、その青い瞳に射抜かれ、やがて降参した。
「せめて、お屋敷の敷地内でも……」
その言葉に、レイ様は二度瞬きをしてから、ため息をついた。
「わかった。屋敷の半径10m以内なら許そう。それ以外はだめだ」
めちゃくちゃ狭いけど、それでも外に出られる!私は顔を上げてレイ様を見上げた。そして、満面の笑みを浮かべてお礼を言う。
「ありがとうございます!」
すると、レイ様が目を見開き、顔を背けた。
その反応は何かな。少しだけ失礼だと思わないかな?
そしてきっかり3秒後、振り返ったときには真顔に戻っていた。
そのあと、外に出る時はモニカかロムを連れること、という条件を出されたけれど、それでも私は喜んでいた。やっぱり頼んだら聞いてくれる!レイ様、怖いけどやっぱりいい人だわ!




