初めての朝
目を覚ますと、そこは見慣れた実家の自室……なんてことありはせず。私は寝る前と同じ、引くくらい豪華な部屋で目を覚ました。
いやね、別にそうなってればいいなぁ、とか思ってないよ?……………少しだけね。
ため息をつきつつ、サイドテーブルの上の水差しからグラスに水を注ぐと、一気に飲み干す。
からからに乾いていた喉を潤すと同時に、ベッドから下りてウォークインクローゼットへ。ちなみに、実家から1通り服は持ってきたんだけど、クローゼットはめちゃくちゃ余った。
のに、入った瞬間、色とりどりのドレスがざっと並んでいて、一瞬部屋を間違ったなと思った。
呆気に取られていると、扉が開いて誰かが中へ。顔を向けると、2人の使用人さんだった。
「本日から、リィゼ様のお世話をさせて頂くことになりました。モニカとロムでございます。どうぞ、なんなりとお申し付け下さい」
柔らかい微笑みを浮かべてそう言ったのは、昨日、この家に来たとき、紅茶をいれてくれたお色気さん。その隣にいる真面目そうなメガネの執事さんがロムさんらしい。若いな。
ロムさんはお辞儀をすると、クローゼットからでて、ドアを閉めた。なんだなんだと思っていると、モニカさんが中へ進んでいき、その一角から若緑色のドレス風のワンピースを取り出して持ってきた。
「こちらをどうぞ」
別に何を着ようか決めていたわけでもなし、ニコニコ笑顔で勧められたものを断る理由もない。故に私は言われるがまま、袖を通した。
私がワンピースのリボンに苦戦している間に、モニカさんは私の髪を結い上げた。
着替えが終わると、見計らったように、それはもう見てたんと違うかというレベルで、丁度よくロムさんが入ってきた。
ロムさんは私の前に傅くと、深緑色の低めパンプスを履かせてくれた。
むぅ、至れり尽せりだな。そう思った時、昨日のレイ様の言葉を思い出した。
『使用人を二人つけるから、誰とも会うな』と、たしかに彼はそう言った。まさか有言実行するとは思わなかったわ。
「あの、ここの服って、もしかして……」
私が語尾を濁して問いかけると、モニカさんは私の髪に小さな花飾りを付けつつ答えてくれた。
「全てご主人様がお選びに。リィゼ様に似合うものをと」
あの人私のサイズとかどこで知ったの。こんな量一朝一夕で用意できるものなの。
その質問には、モニカさんの苦笑が返ってきた。
2人に連れられてリビングに行くと、既にレイ様は席についていて、書類に目を通していた。
寝起きだからか、少しだけ髪が乱れていて、瞼も眠そうに少しだけ落ちている。ボタンを3つ開けた状態のシャツと、隊服の下だけという姿の彼は、なんだか色気が滲み出ていた。
彼は私の姿を目で捉えると、書類を置いて微笑んだ。
「おはよう、リィ」
「おはようございます」
挨拶されたので返すと、彼は満足そうに頷いて、書類に目を戻した。
彼の前の席に誘導され、腰掛けると、朝食が運ばれてきた。レイ様に勧められて口に運ぶと、それはとっても美味しいものだった。
私が食事を終えて紅茶を飲んでいると、レイ様が立ち上がって私を見た。そして、去り際にこう言った。
「俺が帰るまで部屋にいろ。部屋では何してくれても構わない。何かあればモニカたちに言え」
少しばかり口調が荒くなっている気がするけれど、あまり気にならなかった。何故かは簡単、そこも有言実行かよと思ったからだ。
本当に部屋に軟禁される?って言っても、言うて私には行く場所なんてないし用事もないけどね。ただ気分的に違うじゃない。
「部屋から出てはいけないんですか?」
「そう言っている」
何度も言わせるな、といった表情の彼に、少しだけ気後れするが、黙ってはいられない。
婚約したからと言って、そこまで強制されるいわれはない。
「ですが、この街のどこに何があるとか、知りたいこともあるので」
「それならば俺が連れていく」
むぅ、手ごわい。しかし負けるわけには。
「じっとしてると落ち着かないんです」
「ならば何かしていろ」
それからは、私の提案や意見にざっと返事を返すだけで部屋に戻ってしまった。
ちくしょう、失敗か。………しかし。
今日の彼は少し不機嫌だったのか、口調が荒かった。そのくせ私に笑顔を向けることもあり、服を選んでくれたり。
うーん、わからん。とにかく、何かしていろとのことだ。なにか探すか。
リビングを出て部屋に戻る。そのときも、2歩後ろをモニカさんたちが付いてきていた。
部屋に戻り、できることを探す。
裁縫、押し花、読書。限られてはくるが、何も出来ないほどではない。そう思って色々なことをはじめた。
それから一刻後、早くも私は音を上げていた。