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another 8

 それから数日が経ち、私はまた夜会に参加していた。

 あの噂を聞いてからも、ロルフ様から手紙は届き続けている。しかし、それには目を通す事もせず、当然ながら返事も返していない。

 本人から、婚約したという報告と、謝罪の言葉を聞きたくなかったからだ。まぁ、忙しいのか、それとも私は会いに来るほどの人間でもなかったのか、手紙ということで、報告は聞くではなく読むなのだけど。

 そして一昨日は手紙と共に、今日の夜会の為にと用意されたドレスも届いた。

 どうやら私が返事をせずとも、母か父が彼に私の行動や予定などを伝えているよう。

 ……神経を疑うわね。

 男が女に服を贈る理由が何とかと聞いたことはあるが、それとは別に、貴族の男性が女性にドレスを贈る理由がある。

 自分の婚約者であるという印、もしくは、婚約者になって欲しいという意思表示。

 どちらの意味であろうと、別に婚約者がいる男性がすることでは無い。

 紅を基調としたオフショフルダードレス。前回のドレスと同じように、黒の丁寧な刺繍が施された、豪奢だけれど繊細なもの。大きな紅花の髪飾りと小ぶりのネックレス。靴も入っていた。

 前回の夜会後、あれは彼に贈ってもらったドレスだと知ってから、それを胸に抱いて幸せを噛み締めた私だったが、今回は箱から出すこともせずに蓋を閉める。前回と全く同じ箱に入れて贈ってくるということは、ロルフ様からのものであると主張しているのだろうけど。

 一昨日は、丁度非番をもらい、久しぶりに私と街に出たいと言っていた兄と会うことになっていたので、朝一で届いたドレスなど気にしないで部屋に置いてきた。

 兄とのお出かけ中、初めてボーナスが入ったからドレスを贈ってくれるという兄に甘えて、ブティックに立ち寄った。

 日にちが迫っていたので、オーダードレスは無理だけれど、少しのサイズの手直しで着れるものを選ぶ。

 翌日には届けられるということで、私は今日、その時のドレスを着ている。

 胸元と裾に銀色の刺繍が入った、薄いブルーのAラインドレス。

 腰の背中部分には、薄手の生地が美しいリボン。

 いつもと同じように父様にエスコートされて、会場に足を踏み入れる。

 嫁に行き遅れつつある歳で、ロルフ様には他の婚約者。もううじうじ言って入られない、あんな男忘れてしまいましょう!とシエナに背中を押されてきたはいいものの。

 当の私は、もうどうでも良くなってしまっていた。

 どれだけ着飾っても、綺麗と言って欲しい人はもう別の人の元。

 贈ってくれたドレスだって、せめてもの品という意味だったかもしれない。

 もう誰でもいい。むしろ結婚なんて、もうしなくてもいいかもしれない。

 父様が上司と会話をしている間、私は壁の花となって、楽しそうに談笑する人々を眺めていた。

 その中に、白の美しいドレスを纏った美人を見つけた。

 結い上げた髪に、ドレスと同じ白百合の花を刺したオークリー様は、お友達の令嬢たちとお酒を飲みながら楽しそうにしていた。

 その近くに、彼は居るのかもしれない。婚約者のお友達とも仲良くして、ダンスが始まれば、彼女を誘うのかもしれない。

 …………それを見る前に帰れるかしら…。

 けど、婚約者を探しに来たのに、踊らず帰るというのもな……と沈んだ頭で考えていると、声をかけられた。


「この間の夜会ぶりだな?」

「あぁ……ごきげんよう、カールトン様」


 前回の夜会で絡んできたカールトンが、再び私の前に立っていた。

 あれだけロルフ様に言われたというのに、また来たのか。好き者ね。

 ぼうっとした目で彼を見ていると、カールトンは、そっと右手を差し出した。

 少しビクッとしてその手を見ると、彼はシャンパングラスを持っていた。

 もう片方の手にも同じものを持っているので、私を見つけて持ってきてくれたようだ。

 お礼を言ってそれを受け取り、グラスの中で金色に光るその液体を見る。中の気泡がシュワシュワと弾けるそれは、いつもなら綺麗だと思ったのだろう。今はくすんで見えてしまう。


「この間の男はどうした」

「………………さぁ……私は何も……」


 私から人一人分離れて壁に寄りかかったカールトンは、シャンパンを口に流しつつ、辺りを見回していた。

 が、私が知らないと応えると、彼はそれを鼻で笑った。


「また逃げられたか」

「…………」


 胸がぐっと締め付けられる。

 自分で納得したつもりでも、第三者から言われるのは、また違う痛みとなる。

 息苦しさを感じつつも、本当の事なので否定せずにシャンパンを口に含む。

 何も言わない私を、都合よく解釈したらしいカールトンは、楽しそうにこちらに顔を向けた。


「はっ。あれだけ偉そうな事を言っていたくせに、自分も見捨てるとは。お前はそれだけの女だったってことだな」

「……もう、放っておいてくださいますか」


 俯いた私は、グラスを握る手に力を込めつつ、そう告げる。

 この男は、人の感情など考えていないのか。俯いた私の表情など分からないのだとしても、何故わざわざ人が傷付くような事を言うのか。


「ふん。お前はいい加減認めたらいいんじゃないか?」

「何をでしょう」


 もうこの嫌な会話をさっさと終わらせてしまいたい。お願いだからどこかへ行って。

 その一心で話を促すと、彼は私の心をさらに抉る言葉を紡ぎ出す。


「お前は見た目だけの女。本気でお前を中身まで好きになってくれるヤツなんかいねぇよ。あの男だってそうだろ」


 胸を、心臓を、鋭利な刃物で切り裂かれているみたいに痛い。聞きたくない。


 夢見た私が馬鹿だった?

 信じた私が馬鹿だった?


 ロルフ様なら、私の中身さえ愛してくれるって。

 素直じゃないことを言ってしまっても、それすら可愛いと言ってくれたあの人は。

 あれは、全部うそ?

 私の事を気に入ったと言ってくれたのも。全部。

 いつから……。


「お、おい?」


 胸の痛みに息が詰まりそうになっていると、カールトンが慌て出す。

 何を慌てているんだ、と、彼が見る場所…私の頬に手を持っていけば、濡れていた。

 気がつけば、私の頬にはいく筋もの涙が流れていた。

 それを見て慌てたカールトンは、私の持っていたシャンパンを近くのテーブルに置かせ、ハンカチを取り出そうとして、持っていない事に気がついたらしい。

 舌打ちして、しかし、どうすればいいか分からずに戸惑っている様子。


「わ、悪かったから、泣くな!俺が泣かせたみたいだろう!」


 完全に貴方のせいよ、カールトン。

 こうなった原因や泣いている理由は別にあるけど、その起爆剤は貴方よ。

 手で顔を覆うようにして涙を止めようとするけれど、何故か余計に溢れ出す。

 家でも散々泣いたくせに、まだ泣けるのかと自分でも呆れる。

 しかし止まらないのだから仕方ない。

 しゃくりあげそうになるのを必死に堪えていると、どうすることも出来ず慌てていたカールトンが、私に手を伸ばした。


「泣くなって……」


 その指が私の髪に触れる瞬間、逞しい腕に引き寄せられる。

 同時に、カールトンの手が払われ、彼は呆然とした顔で現れた人を見つめた。


「俺の大切な人に触れるなと、言わなかったか?」

「おま、え…」


 ぐっと私を抱き寄せるその腕は、彼の纏う香りやその声には、覚えがありすぎる。

 前回、来てくれた時はとても嬉しかったのに。

 今は、なにも思えない。

 居るんじゃないか、と気まずそうにどこかへと歩いていったカールトンにはとても申し訳ないけど、今はあなたが居ない方がありがたい。

 さらに引き寄せようとする腕を払って、その胸を押しのける。

 あまり見なれない黒のスーツに、紅色のシャツ。以前見た時より少し伸びた髪は、左側を軽く編み込まれて整えられ、シックな衣装だという事もあって、どこか妖艶な雰囲気を醸し出していた。

 枯れたと思っていた心のままで見ても、格好いいと見蕩れてしまいたくなるその姿から視線を上げて、至近距離でルビーの瞳と交差させる。

 けれど戸惑ったような、不安そうな色を宿したロルフ様の瞳を見て視線を外し、私は俯きがちに口を開く。


「………なんの御用でしょうか」

「何って、泣かされていたろう?」

「……………これは、彼のせいではありません。別の理由です」


 なんと答えたものか、と、嫌に冷静な頭で考える。カールトンのせいではないと、出来るだけ抑揚のない無感情の声で説明すると、ロルフ様は僅かに私の方に踏み込んで、ならばと続ける。


「何故泣いていた?」

「……………っ、」


 何故あなたがそれを聞くの。

 分かりきってるでしょうに、それとも、貴方が遊びだったように、私も気にしていないと?

 もう耐えられない。

 私はなにも答えることなく彼に背を向けて歩き出す。

 何処へとも考えいない。とにかく彼から離れたかった。1人になりたかった。


「、まて」


 しかし、それすら許してくれない。

 私の手を掴んだその腕ですら、今は頭にくる。

 勢いよくそれを振り払って、ロルフ様を睨みつける。


「私のことは放っておいてください!貴方は婚約者の元にでも行けばいいでしょう!?」


 睨みつつそういった私に、けれどロルフ様は何を言っているか分からないと言った顔を返してきた。

 ダメだ、もう何があっても何をされても頭に血が上ってる。

 なんの事だと戸惑いつつも私に詰め寄るロルフ様に、冷静になれない頭のままで言い捨てる。


「オークリー様と婚約されたのでしょう!?」

「オークリー嬢?何故彼女が………」

「誤魔化さずとも結構です!」


 そう言って逃げようとする私を、またも引き留めようとするロルフ様。彼に弱い力で肩を掴まれて、それすらも振り払う。

 どうして、放っておいてくれないの。

 いい加減に止まって欲しい涙が、また私の瞳から零れたのを見て、ロルフ様はさっきより幾分か強い力で私の肩を掴んだ。


「何故泣く!?」

「ご自分にお聞きくださいませ!」

「はぁ!?」


 パーティ会場の端っこで騒ぐ令嬢と麗しい貴族男性。周囲から不審な目を向けられていることは分かっているけれど、タガが外れてしまったのか、もうどうにも口が滑って止まらない。

 ぐっと、一度涙を堪えて、ロルフ様から目をそらす。


「もう嫌なのです!傷付くのも、要らないと言われるのも!誰も私の事を認めて下さらない!」


 堪えたはずの涙が、言葉に触発されるように溢れ出す。


「婚約しては破棄されて、挙句の果てには貴方にまで遊ばれて!この性格すらも可愛いと言ってくださったのも、大切だと言うのも嘘でしょう!?」

「違う、ヴィオラ……!」


 留まることなく零れ続ける言葉。ロルフ様が何かを言おうとするけれど、聞きたくなんてない。

 言い訳なんていらない。どうせまた傷つくだけだ。

 こんなことを言ったって、何もならないのは分かってる。こんな風に騒いで、きっとこの会場にいる人とは婚約なんて望めない。それどころか、噂で流れ、私は既に終わったも同然だ。

 でも、それでも耐えられないほどに辛かった。

 貴方だけは、特別だと思ったから。


「貴方もカールトン様も、他の方も…!私は、いつから……皆の中でこんな扱いをしても良い人間になったのですか…!!」

「ヴィオラっ……!」


 性格が悪いのだから婚約破棄しても当然。身分が低いから文句は言えないって。

 皆簡単にそうするけれど、私の気持ちは?

 私が、一度持ち上がった婚約を破棄されて、傷つかないと思ったの?

 でも誰より、貴方の方がタチが悪いわ、ロルフ様。


「貴方は別の人を見ていて、私の事なんて暇潰しかなにかで、何とも思っていなかったのでしょうけど、私は……っ!貴方なら私を理解してくださると思っていたのに!」


 私は。


「私は、初めて人を好きになれたのに…!貴方に、恋をしていたというのに!」


 そう言い終わるか否か、ふわりとドレスの裾が舞い上がり、足が地面から離れた。

 一拍遅れて、ロルフ様に横抱きにされていると気が付く。


「な、離して!降ろして!」


 私が泣き腫らした目でそう訴えても、ロルフ様は無言のまま。じっと表情無く腕の中の私の事を見下ろしている。

 その無表情に、私は彼が怒ったのかと青ざめる。

 数十秒ほどそうしていただろうか、彼が突然、ふと顔を前に向けたかと思えば、私を腕に抱いたまま歩き出した。

 カツカツと靴音を響かせて、私達の騒ぎを見ていた貴族達の中へと入っていく。

 その間もバタバタと暴れるけれど、力の強いロルフ様は全く動じず。

 そのまま、彼はある1人の人物の前で立ち止まった。


「ということですので、今回の話は無かったことに」

「…………えぇ、約束ですものね…」


 彼の前に立つのは、知的な美しさを感じる、白いドレスのオークリー様。

 どういうことなのか、とロルフ様を見上げても、彼は何も言わない。そして、オークリー様に背を向けて彼が次に向かったのは、私の父様の元だった。

 あわあわと顔を青くした父様に頭を下げたロルフ様は。


「マーロン男爵。娘さんを頂いてもよろしいでしょうか」


 いえ、私は分家で、とかブツブツ言いつつも、父様はワタワタして、何が何だか、こくりと頷いた。

 は?なに?なんなの?

 私を、って、私は愛人になる気なんてないわよ!?

 というか、オークリー様と話してた今回の話って何!?

 全く状況が掴めない私を抱いたまま、ロルフ様は何も説明すること無く靴音を響かせて歩き続ける。そして会場を出て、長い廊下を私を抱いたまま進んで、屋敷をでた彼は、とても見覚えのある白馬が引く馬車に私を乗せた。

 ロルフ様も乗り込むと、彼は一度座らせた私をまた抱き上げて、横抱きの状態で自分の膝の上に乗せた。

 ドアが閉まったと同時に動き出した馬車に揺られながら、私は困惑。

 え?なに?

 何で、どうなってるの?

 というか、密着している癖に一言も話さないロルフ様が怖い。

 もしかして、本気で怒ってるんじゃないだろうか。と、ビクビクと彼の膝の上で縮こまる。

 怖すぎて彼を見上げることも出来ず、私はただ人形の様に固まって彼の上にいる。

 ………言ってしまったことは取り消せない。

 私はこれからどこについて、そこで何を言われるのだろうと、地獄のような事を考えていた。

 ………でももう、どうでもいいわ。

 これから彼に本気にしたのが悪いのだと罵られても、愛人として家に置かれることになっても。

 もう、苦しいだけだもの。

 伏せた目の間から、一筋の涙が伝った。

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