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another 4

 美しく手入れのされた馬達が引く馬車に揺られてやってきたのは、なんと彼が所有するという別荘だった。

 と言っても、用があるのはその別荘ではなく、その敷地内だとの事で。

 別荘の前で馬車を降りた私は、ロルフ様に促されるまま、馬車の後方へ。

 そこには、彼の髪色と似た毛色の美しい白馬が二頭繋がれており、ロルフ様が左に繋がれていた子に近づくと、その子は嬉しそうに首を振った。


「この子達は兄弟なんだ。こちらの兄の方が私の愛馬で、ルイ。弟の方がライだ」


 紹介された兄弟達は、誇らしげに首を揺らして、私に顔を近付けた。

 その瞳と目が合うと、とてもキュンとしてしまった。

 実を言うと私は動物が大好きすぎるのだ。

 可愛らしい兎はもちろん、乗馬用の馬や朝を告げてくれる小鳥達も可愛らしくて仕方ない。

 はわわ、と白馬達に手を伸ばしていると、隣で笑う声が聞こえた。

 ハッとしてそちらを見ると。


「すまない。兄君から、貴女は動物好きだと聞いてはいたんだが、ここまでとは」

「………子供っぽいとお笑いになりますわよね…」


 ちゃんとした社交デビュー後の淑女なのだから、こんなにはしゃいでいてはいけない。

 普通の淑女はドレスが汚れる、と動物に触れることすらしない事も多いのだから、子供っぽいとか、はしたないとか思われても仕方ないわ……。

 というか、リリックと知り合いだったのね。

 そっと馬から手を引いた私に、何故かロルフ様は慌てていた。


「いや、そんな事は。ただその……可愛らしい、と思って」

「………そうですの」


 可愛らしいとは、やはり子供っぽいと思われているのでは。

 こんなのではダメね。しっかりしなくては。

 私の表情が暗くなった事に気がついたのか、ロルフ様は少しの間何も言わずにじっと私を見ていた。頭頂部に感じる視線はその為だろう。

 そして、彼は視線を外すと、馬車から馬達を外し、少し馬車から距離を空けると、私の手を引いた。


「すまない。気分を害してしまったな」

「いえ、そんな……」

「否定せずとも。…それより、これも兄君から聞いたのだが、乗馬が出来るそうだな?」

「えぇ……乗馬は、好きです…」


 昔から、友人や兄と遊ぶ時は、大抵が外でかけっこやらかくれんぼやらをして遊んでいた為、私は今も身体を動かすのが好きなのだ。

 社交デビューした後は、それまでしていた遊びなんて出来なくなってしまったけれど、令嬢の嗜みとして習う乗馬は、私の楽しみだった。

 素直に告げると、良かった、とこぼした彼は。


「!?」


 ふわり。ロルフ様の手で軽々と持ち上げられた私は、そのまま白馬の兄……彼が愛馬だと言っていたルイの方に載せられた。

 ロルフ様は横乗りで白馬の背に乗った私を支えながら、しっかりと私の手に手網を握らせ、自身も弟馬にひらりと跨った。

 そして私の身体が向いている方に白馬を動かし持ってくると、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。


「本当は相乗りしたいんだが、婚約者でもない男と相乗りは嫌だろう?」


 その言葉に、私の顔が真っ赤に染まったのを見て、彼はゆっくりと馬を動かした。それに続いて馬を動かしつつ、私は頬の熱を覚まそうと努力する。

 もう、心臓に悪いわ。

 初対面の時と全くと言えるほどにまとう空気が違う。あんなに冷たい無表情でいたのに、こうして向けられる笑みはとても優しい。

 顔が整っている分、その笑みの破壊力の素晴らしいこと。

 とても紳士であるし、キザなことをサラッとやってのける技量に、マメなのも分かる。

 その証拠に、馬達が離れないようにちゃんと手網の先が革紐で繋がれている。

 それに、兄に私の好みをリサーチしているのも。

 こんな男を他の令嬢がほっとかないだろうに。選り取りみどりの彼がどうして私なんかを。

 あのビンタで惚れたとか言う気ではないだろうと思いたい。

 でもあれ以外に思いつかないのも確か。

 うーん、と乗っている白馬のたてがみを撫でてみる。

 と、あれ?と思うことがひとつ。


「あの、ロルフ様?」

「なんだ」


 馬の頭一つ分程の少し前を行くロルフ様に声をかけると、彼はちゃんと振り返って返事をしてくれた。


「あの……この子、ルイはロルフ様の愛馬でしたわよね?なのに、なぜライの方に乗っているのです?」


 自然な疑問を口にすると、ロルフ様は一つ瞬きをしてから、なんだそんなことか、と呟いた。

 そんな事、なのかしら。

 乗馬とは、その本人の技術もさる事ながら、馬との信頼関係がとても重要となってくる。

 愛馬とは、そんな信頼関係をこれ以上もないほどに深めた子ではないのか。

 そう首を傾げていた私に、ロルフ様は微かに笑って答えてくれた。


「ライも確かに信頼は出来るが、やはり私の中で一番の信頼はルイにあってな。大切な女性を乗せるならば、当然と言える」


 大切な女性。

 口の中でその言葉を反芻した私は、途端に収まった頬の熱がぶり返した。

 聞かなきゃよかったわ、と思いつつ、そうですか、と精一杯の返事をすると、ロルフ様はまた微かに笑った。

 私が手網をにぎる、彼に信頼されていると言われた馬は、誇らしげに鼻を鳴らしていた。






 そうしてお利口すぎる馬達に乗って10分ほどでたどり着いたのは、綺麗な花々が咲き乱れる場所。

 見渡す限りのカラフルに、まぁ、と声を上げた私。綺麗な物は好きで、もちろん色とりどりの花も大好きだ。

 そしてもっと私の心を踊らせたのは、花々の中で転がるように駆け回る動物たち。

 耳立ち耳垂れ、白黒茶色の様々な兎達に、母鹿の後を付いて走る子鹿の兄弟。

 花の蜜を吸っている鳥達に、木の実を探すリス達。

 多くの野生の動物達がそこで、のんびりと過ごしていた。


「素敵だわ……」

「気に入って頂けたなら何よりだ」


 惚けたように動物達を見ている私の横で、これまたふわりと軽く馬から降りた彼は、私の腰を掴んで降ろしてくれる。ちゃんと手をかける前に「失礼」の一言を添えて。

 私が降りると、ロルフ様は白馬達を繋いでいた手網を外した。

 完全に自由な状態になると、彼らは近くの木陰に入り、そこに造られていた小さめの泉に口を突っ込んだ。

 離しても逃げないのね、と感心していると、ロルフ様に手を引かれた。素直にそれに従って歩くと、彼は開けた花々の中にぽつんと経つ木の下へとやってきた。

 直径1mくらいの幹から立派な枝が伸びるその木は、とても生き生きと青い葉をつけていた。

 その下の影に入ると、ロルフ様は地面に肩膝立ちで座り、自分の横に懐から出した綺麗なシルクのハンカチを敷いた。

 ぽんぽん、とそこを叩かれ、はて、と止まる。

 ………これは、座れということよね。

 とても紳士的な事だし、自然だとも思う。しかし、問題は当の本人が直に地面に座っているということだ。どうしたものかとオロオロとする私に、ロルフ様は手を差し出した。

 でも、と尚も躊躇する私を見て、彼はそっと私の手を取り、軽く引き寄せた。

 そこまでされては仕方ない、と「失礼します」と断りを入れて、その上質な布に腰を下ろす。

 隣同士に座ったことで、自然と近くなる距離。

 左を向けば、10センチも無い場所にあるしっかりとした肩。芸術品のような顔が傍にある。


「………貴女は意外と表情が豊かなんだな」

「えっ?」


 柔らかい雰囲気でそう呟かれ顔をあげれば、紅い宝石の様な瞳が私をまっすぐ見て細められていた。


「噂では、『高飛車で気位の高い令嬢』だ、などと言われているが。接している限りそうは見えない」


 噂ですか。えぇ存じておりますとも。それに加えて『不遜で高圧的、わがままなお嬢様』などと言われている事も存じていますとも。

 私の表情が明らかに曇ったからだろう。それを見て、「ほら」などと柔らかな笑みを零すこの男は、何故壊れ物を扱うような手で私に触れるのかしら。


「私は、私を理解して欲しいだけですわ。ですがまぁ、この性格ですもの。男性達に高飛車だとか不遜だと言われ、扱いにくい令嬢だと言われても……」


 仕方がありません、と続けようとした言葉は、彼の手が髪に触れたことで飲み込んでしまった。

 私の顔の横にかかる髪を、サラリと撫でて耳にかける。彼のその指先は、本当に丁寧で、思わず固まってしまった。


「貴女の本質を見ようとしていない男ばかりだな」

「え?」


 顔にかかる髪が耳にかけられたことで、私とロルフ様を仕切るものは何も無い。間近で彼と目を合わせる事になる。

 やはり美形。目が合うだけで少し頬が熱を持ってしまう。


「あの、ロルフ様はどうして私を…………私に、婚約を?」


 繊細な銀色のまつ毛が、微かに震えた。

 それまでもが、全て計算された美しさを感じさせるのだから恐ろしい。


「何故、と聞かれると難しいな。いいと思ったから、としか言えない」

「え?」


 立てた左膝に頬杖を付くと、彼は私を見て目を細める。

 その瞳に見られていると、何故か全てを見透かされているように感じた。

 居心地悪く姿勢を正すと、彼はそっと口を開いた。


「貴女は、自分を持っているだろう。今まで私の周りにはそんな女性は居なくてね。これでも、それなりの数の令嬢達から婚約の話しは頂くんだが、彼女たちは皆揃えて『貴方を支えたい』という」


 婚約の話、と言われて、それはそうだろうと思う。

 見目、地位、能力、全て揃えた人間などそうそういない。そういえば、リィゼが婚約したグルーフィン様も、噂ではそんな方だと聞いた。

 それから、令嬢達が口にする「支えたい」と言うのは、そのままの言葉ではないのか、と思う。

 それなりの令嬢と呼ばれる女性であるなら、嫁いだ男性を支えるのは義務のようなものであるのだから。

 そう伝えると、ロルフ様は驚いたような顔をすると、しかし直ぐにその美貌に嬉しそうな顔を浮かべた。


「やはり貴女は、俺に正論をくれるんだな」

「え?」


 どういうこと?というか、俺?

 心做しか、少し口調も軽くなった気がするし、あら?

 私の戸惑いに気がついたロルフ様は、ハッとして口元を手で覆った。

 全ての仕草が洗練されているようだけど、そんな姿さえ品があると思う。片脚立ちで座っているのに。

 でもきっと、肩膝立ちなのは騎士の癖だからでしょうね。お兄様もそんなことを言っていたもの。直ぐに動けるなんたらって。

 混乱した頭で全く関係ない事を考え出す私の横では、目を泳がせたロルフ様がやっとと言うように口を開いた。


「すまない……その、つい、素が出てしまって……」

「いえ……その、よろしければそのままで。そちらの方が楽でしょうし、貴方様を知るには、よろしいかと」


 そんなふうに言ってしまったのは、なんだが彼が年相応、私よりも数歳上なだけなのだと実感したから。

 そして可愛らしいと思ってしまったから。

 手の甲で口元を隠してクスクスと笑う私を見て、ロルフ様はなんだか惚けたような顔をしていた。

 そして、不意に顔に影が降った。

 あら、と顔を上げると、間近に迫った綺麗なかんばせ。

 突然の事に固まると、彼は口元にある私の手をそっと顔から離すと、ふわりと、砂糖菓子のように甘い笑顔を浮かべた。


「やっと笑ったな」

「っ?」


 再びオロオロしだす私から、ようやく離れてくれたロルフ様は、突然吹いた風に煽られた私の髪を整えながら口を開いた。


「動物達を見てる時も、可愛らしいと思ったが。やはり笑顔が一番愛らしい」


 こ、の人。

 なんでこんな甘ったらしいキザなことを言えてしまうのかしら!

 顔が火のようとはこの事かしら。自分でも今真っ赤な顔をしているのが分かる。

 パッと彼から顔を逸らし、両手で顔を隠す。体温は高い方だけれど、何しろ顔が熱すぎるので、手のひらが良い感じにひんやりと感じた。

 照れ隠しに口を開いたのだけれど、それがいけなかった。


「か、可愛らしいですとか、綺麗、ですとかは、言われ慣れてますのよ……」


 言ってしまってからハッとする。

 あああああなんてことを言ってしまったの!?

 確かに綺麗、可愛いは言われ慣れている。天使のよう、という形容もよくされる。けれど、そんな薄っぺらい外見だけを見て言ってくる男性達と、ロルフ様の言葉は全く異なる意味を持っているのに。

 彼は私の素を見て言ってくれているというのに!

 これでは自意識過剰だとか高飛車だとか思われてしまうわ!いいえ、もしかしたら、色んな男性に色目を使うはしたない女と思われてしまうかも知れません!それだけは嫌!

 どうして素直に嬉しいと言えませんの!

 顔を背けたままオロオロして、そっと横目でロルフ様の様子を伺うと。


「………………………ふ…っ…」

「?」


 クスクスと肩を揺らして笑っていた。

 その姿を見て、私は瞬きを数回。そして。


「な、何を笑っていますの!?」


 今度は全く違う恥ずかしさから顔が真っ赤に。

 どうして笑われているの?!

 ひとしきり笑った彼は、すまない、と片手を上げて謝ると、また、愛しいものを見るような目で私を見た。

 そして、そっと伸ばされた長い指が私の頬を撫でる。


「やはり表情が豊かだと思って。赤くなったかと思えば青くなって」


 見られていたのか、とまた顔が熱を持つ。そんな私の左頬を右手で包んで親指で撫でながら、彼は楽しそうに続ける。


「素直じゃない事を言ってしまってから後悔して、俺に嫌われるかと考えて泣きそうな顔をして。………あぁもう」


 そこで一度言葉を切ったロルフ様は、落ち着かせるかのようにそっと顔をふせた。

 しかし私はと言えば、ある意味とても焦っていた。

 どうして考えていたことが筒抜けなのかしら!?そんなに私顔に出ていたの!?なんて恥ずかしい!!

 と、あわあわとする私の頬を、不意に顔を上げて両手で包んだ彼は、間近で私の瞳を覗き込んだ。


「そんな可愛い顔をするから、抱きしめてしまいたくなった。さっきはそんな事を思ってる自分に笑ってしまった」

「だっ!?」


 至近距離で投下された爆弾に、私の頬はまた簡単に熱を持った。

 ダメだ、今日はなんだかダメだわ!!

 依然として私の顔をまじまじと眺めるロルフ様。全く身動き出来ない状態で、私の心臓はもう凄いことになっている。

 今日一日で寿命が縮んでないといいけど。


「…………ヴィオラ嬢」

「はいっ」

「……抱きしめてもいいだろうか」

「へっ?!」


 待って待って待って!?

 だって、そんな、これ以上近づいたら、私心臓が止まってしまうんじゃないかしら!?

 でも何が困るって、嫌と思ってない自分にも困っているの!

 だってこんな、初対面の印象最悪で、今日優しくされただけの男性にときめいてるだなんて、私そんな軽い女じゃないはずなのよ!

 あぁもう、そんな。


「…………ダメ、だろうか」

「っ、」


 ああああ、そんな憂い顔で見ないでくださいませ!

 もう、なるようになれ。

 腹を括った私は、顔をあげられないまま首を振った。

 それにほっとした様子のロルフ様は、私の事を気遣うように、そっと引き寄せて、私の頭と背中に腕を回した。

 ぽすん、と彼の腕の中に収まった私は、けれど身を委ねることなど出来ずピシッと固まってしまう。

 ど、どうしましょう。こう言った場合、どうしたらいいのかしら。私も腕を回すべき?いいえ、そんな事をしたら流されたみたいですもの!それこそ軽い女だと思われてしまうわ!

 あーでもないこーでもないと悶々と戦う私の頭の上で、またクスリと笑う気配がした。

 ムッとして顔を上げると、彼は私の髪に指を通しながら。


「そのままで。こうして居てくれるだけでいい」


 甘くそう言われてしまえば、私は何も言えない、何も出来ない。

 大人しくその腕の中に収まっていると、とくんとくんと音がする。

 私のものと同じくらいの速さで鳴るその音で、彼も余裕綽々としている訳では無いと知る。

 その音を聞いていると、なんだか形容し難い気持ちになってくる。気恥しいような、嬉しいような、緊張するような。

 そんな気持ちが分からないほど子供ではないつもりだけれど、でもその理由も分からない。

 だからまだ、認めてしまうのは癪だから。

 私はまだ何も言わないし、何もしない。

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