another 3
…………………最悪だ。
幼い頃、一つ下のリィゼが騒いでいたり考え無しで行動しているのを見て「きちんと物を考えてから行動しなさいな」なんて言っていたのは懐かしい思い出。幼心にお姉様というものに憧れがあったのかもしれない。
しかし今の私はといえばどうだ。
相手がまさか侯爵だとは思いもせず啖呵切って引っぱたいて。何度後悔してもしきれない。
そして今日でもうひとつ、後悔のタネが増えた。
私よりも高位の爵位を持つ彼が傅いて妻になって欲しいと言ってきた。
よくもまぁあんな不敬なことをした娘にと思わなくもないけれど、あの綺麗な人が求婚してきたのは事実である。
そう、求婚ですわよ。
自分よりも爵位の高い方に言われた婚約など断れるはずがない。それどころか、私は不敬という罪もある。
普通なら二つ返事で受け入れなければいけないのだ。
もう一度言いましょう。普通ならば。
あろうことか、パニックに陥った私は、彼に取られた手を引き抜いて。
『考え直してくださいませ!』
と、言い逃げたのだ。
残された母様がどう対処してくれたのか分からないけれど、私は彼が求婚してきた理由すら聞かずに逃げ出してしまったのだ。
自室の扉を閉じて、それに背を預けると、私は崩れ落ちていた。
「……………なんてこと。最悪だわ」
昨日から頭の中はこの二文字しか無いのだけれど、にしても本当になんてことをしてしまったの。あのような方に『考え直せ』だなんて。
あー、うーと唸っていると、少しして母様が私の部屋に入ってきた。
「トラステッド様はお帰りになられたわ」
「申し訳ございません、母様」
立ち上がって頭を下げる私に、母様は何故か嬉しそうに笑んだ。
「『驚かせてしまった事、申し訳ない。直ぐに返事をなどとは言わない。せめて貴女の不安が取り除けるように、共に出かける機会を頂けないだろうか。5日後、迎えに来るので、少しでも気があるのなら出てきてはくれないだろうか』ですってよ」
サラサラと母様の口から溢れ出た言葉に、少しずつ頬が熱を持つ。
どうしてそんな、懸想する相手へのデートの誘いのような事を言いなさるの!?考え直す気は更々ないのね!?
自分の方が高位だからと強制するわけでなく、あくまでも私の意見を尊重してくれるだなんて。
けれど、尊重してくれつつも強引な面を見せる文章選びに、とくとくと心臓が鳴る。
うぅ、と熱くなる頬に手を当てて唇を噛むと、母様は微笑ましそうにニコニコと笑んだ。
幾分か考えて、おずおずと私が口にした言葉は。
「と、とりあえず……デートで、私を選んでくださった理由をお伺いしてくるわ……」
先程の言葉には、『デート』という言葉は出てきていない。わざと、母が変換して伝えたのだ。
それによって娘の心情を少し見てみようと思ったのだが、心配は無さそうだ。
見た目故に言い寄られる事の多い娘。でもその本質を知れば逃げていく人々。
だから、本質を知ってから求婚してくると言う、ヴィオラにして見ればありえない行動に、戸惑っているだけなのかもしれない。
……昨日話を聞いていた限り、良い印象は持ってないと思っていたのだけれど。
でも、母としては単純に、娘のその微笑ましさが嬉しい。
実物にあって気づいたけれど、とても優しそうな男性ではないか。
見目が良いため、言い寄ってくる女は多くいるだろうけれど、そこはヴィオラの事だ。どうにかするのでしょう。
やはり半分他人事のように考えながら、赤面するヴィオラを微笑んで見守る母であった。
そして時間とはとても早いもので。気が付けば約束の5日後。
朝から、メイドによって控えめながらも美しいドレスに着替えさせられ、自慢の金髪を美しいカールに整え、ハーフアップにしてそこにドレスに合わせた髪飾りを付ける。
薄らと化粧を施されはしたけれど、この時代、化粧品はとても高価だ。ただでさえ貧乏なうちは、白粉こそ持っていても、紅などは持っていない。
私を飾ってくれているこのメイドは、私に着いている唯一のメイドで、名をシエナという。
茶髪に、少し黄色がかったオレンジ色の瞳を持つ彼女は、私が幼少期の頃に仕えてくれていた女性の娘。私付きのメイドになって3年目とまだ日は浅いけれど、とても良くしてくれている。
自分をよく思う男性とのデートだと言うのにこれは、とシエナは悩んでいたけれど、こればかりはどうしようもない。
彼女がここに来た時に母から譲り受けたという紅を貸してくれようとしたけれど、それは申し訳ないと辞退した。
そんなこんなで、最低限ながら見目を整え下に降りると、非番の父がワナワナと震えていた。
『私の妖精が……男に食べられてしまう……』と、訳の分からないことをブツブツと言うそのくせ、本当にやめた方がいいわ。
そしてソワソワしたままメイドが入れてくれたお茶に手を伸ばしていると、馬の嘶く声が聞こえた。
ハッとしてシエナを見ると、彼女は心得たとばかりに頷いて玄関に向かっていった。
戻ってきた彼女が、想像通りの方の来訪を告げると、私はいそいそとシエナに連れられて外に出た。
「……………………、」
外に出ると、騎士団の正装ではなく、青と白を基調としたスーツに身を包んだロルフ様が、美しい姿勢で立っていた。
彼は私に目を止めると、その宝石のような瞳を軽く見開いた。
それから少しの沈黙。その間に私は彼の目の前まで歩き、そっと立ち止まった。
ぼうっと私を見つめていたロルフ様は、そっと自分の口元を隠すように手を当てると、参ったな。と呟いた。
「すまない。こういう時に気の利いた言葉を言えればいいんだが……………残念な事に、『綺麗』や『美しい』という安直な言葉しか出てこないんだ」
微かに頬を染めてそういった彼に、私の頬も熱を持った。
真っ赤になっているであろう顔を見られないようにそっと下げて、彼を真似るかのように自分の手を口元に当てた。
「そ、それは……ありがとうございますわ…………」
「?なぜ礼を。俺は的確な言葉で褒められていないというに」
「……思ってくださっただけでも嬉しい事ですから……」
あああなぜ言わせるの!?恥ずかしい!
だいたい、淑女が好いている訳でもない男性に綺麗と言われて喜ぶのはどうなのかしら。軽いとは思われないかしら。
どうにか頬の熱を沈めようと目を逸らしていると、そっと空いている方の手を取られた。
「……あまりの美しさに褒めることは失敗したが、これから挽回させてくれ。何せ、貴女に好きになってもらおうとしているのだから」
「!!」
内容に驚きはしなかったけれど、突然の事で、ぱっと顔をあげれば、優しさを宿すルビーに射抜かれた。
もう、まだデートは始まってすらいないというのに、このままでは私の心臓が壊れてしまうのではないかしら。
自分の男性経験の無さを憎む。しかし。
『美しい』だとか『綺麗』だとか、社交界で出会う男性は皆口を揃えてそう言う。男性の声から紡がれるそれは聞き慣れているはずなのに、どうして彼に言われるとこうも熱を持つのか。
不思議ではあったけれど、別にそれが不快でないのがまた不思議。
そっと手を引かれ、私は彼にエスコートされて馬車に乗り込んだ。




