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another 1

「はぁ………………」


 先日、婚約したはずのリィゼが行方不明になったと聞かされて、私の心は沈んでいた。

 幸せに過ごしているのだろう、なんて思っていたけれど、婚約してから、いやに結婚が遅いのね、とも思っていた。

 けれど、なんと蓋を開ければ2年前に居なくなったというのだ。

 グルーフィン家に嫁ぐなんて凄いことね、なんて思っていたけれど、リィゼは幸せではなかったのかしら。

 兄の勤める騎士団までの道すがら、私はため息を零し続けていた。



 ヴィオラ=マーロンとの名を持つ私は、貴族の端くれである家の分家、マーロン一家の第二子、長女として生まれた。故に家は贅沢な暮らしは出来ないし、広くもなかった。

 けれど、そんな目を引くことも無い一家が、噂になる要素がひとつだけ。

 一家に生まれた少女がとても美しい見た目を持って生まれてきたことだった。

 キラキラと陽光を浴びて煌めく、よく手入れされ緩く波打つ腰までの金髪。

 アメジスト色の、気品あると言われる瞳に、白い肌。薄く桃色に染まる頬。

 全てをとって美しく、小さい頃から精霊か、天使のようと言われていた。

 故に、ヴィオラが社交界に出た時には、男性たちはみな色めいた。

 ヴィオラの美しさを知る者は我先にと。

 知らぬものも、人目見ただけでお近付きになりたいと寄ってきた。

 しかし、ひとつだけ彼女には難があった。

 性格が、とても高飛車だったのだ。





「やっぱりか………」


 11で社交界に出てから数年。親友のリィゼに久しく会えていなかったのだけれど、いつの間にか婚約したと彼女の母に聞いた時は驚いた。

 けれど、それは自分の事のように嬉しかったから、早速手紙を書いた。

 最後に兄のこともしたためて、メイドに渡す。

 代わりに本日届いた手紙を受け取って見ていくと、その中の一通に目をとおし、人知れず呟いてしまった。

 ……これで何通目かしら。お断りのお手紙は。

 もう、最近はどうせとしか思わなくなってきているそれは。

 婚約の解消を告げる手紙だった。



 親友であるリィゼが婚約したとの話を聞いてからというもの、私は色々と悩まされていた。

 親友のことは心から、とてもめでたいと思うし、相手はあのグルーフィン家だという。なんて優良物件を射止めたのだろう。

 しかし、一方で自分はと考えてしまう。

 見た目は素晴らしく整っているというヴィオラ。本人は大してそれを鼻にかけたり、自慢することなどはないのだけれど、やはりその見た目故、寄ってくる男は後を絶たない。

 そしてお話をする中でそれなりに彼女が良いと思った相手とは、一度街であってデートをする。

 しかし、そのたった一日で、ほぼ全員の男性が婚約解消を申し出ているのだ。

 理由は彼女の高飛車な性格。

 別に、あれをしろこれをしろと言っている訳でない。ただ、少し上から物を話す癖があるのだ。

 しかし貴族の男性というものは頭が固く自尊心が強い。そんな彼女の態度に嫌気がさし、たった一日足りとも耐えられないのだ。


 やっぱり見た目しか取り柄がないのね。

 ふと息をついて手紙を置く。

 でもどうしましょう。社交界に出て今年で5年。私ももう16歳。親友のリィゼは1つ下。

 性格によって捨てられてしまうんだから、性格を直さなければどうにもとは思うけれど。

 でもこうも思うのだ。

 性格を偽って婚姻したところで、いつかはバレてしまうことだわ、と。

 それなら今から出して言った方がいいと思うの。私にも相手にも。

 と、そう言いつつ婚約を不意にし続けて、今年から、大好きな兄はようやく念願叶って王族騎士団に入団。親友は嫁入り。

 だんだんひとりぼっちになってしまうわ。

 にっちもさっちも行かなくなってきてはいるけれど。

誰か、私を認めてくださる人が居るはずだと、夢を見続けてしまうの。

 そう思っていれば、いつの間にか、19歳の誕生日を迎えていた。






 ガタガタと揺れていた馬車が、一際大きな音を立てて止まる。

 目的地に着いたのだと分かり、上品な仕草で馬車を下りる。

 それなりに暑くなってきたこの頃。数日続いた雨が嘘のように晴れた空に合わせるように、華美でない、爽やかな水色のドレスを身にまとって、手には兄であるリリックの忘れ物。

 王族騎士団とは中々難しいもので、入団出来ても、その後に正式な隊に所属されるまで、下級兵として訓練をこなさなければいけない。それからいくつかの試験を得て、やっと隊への所属となる。隊も、1〜8まであり、数字が小さいほど能力が良いとされる。

 兄は、2年かかってやっとこの夏、2番隊への所属が決まった。

 騎士団で正式な隊に入れたのがどれほど嬉しかったのか、家に新しい隊服を見せに戻ってきたはいいが、あの男はあろう事かジャケットを置いていったのだ。

 両親は忙しい為、仕方なく私が届けることになったのだけれど、でも。

 まったく勝手がわからないわね…。

 無駄に大きい門も、その先にある無駄に広い芝生も。

 なんだか私には気後れしてしまうわ……。

 さっさと届けて帰りましょうか。

 しかし、と思う。

 あの兄は、私の事を凄く可愛がってくれているけれど、これはどうなのかしら。

 男だらけの騎士団に妹を招くなんて。本当に無神経だわ。

 少しの苛立ちを感じつつ、門をくぐる。

 門番に要件を告げると、リリックのいる場所を教えてくれた。

 流石に王族騎士団ともあろうもの達が、こんな所で無体を働くとは思えないけれど、念には念を入れて、人の多い場所を選んで行きましょうか。

 と、広すぎる敷地内を歩くこと数分。

 綺麗な中庭の噴水に見とれていると、不意にどこからか揉めるような声が聞こえた。

 まさか、と思いつつそちらに足を向けると、建物の影に、数人の男達。

 彼らの中心には、隊服を泥で汚された一人の青年。彼は青年と呼ぶには幼く、他の隊員と比べ身体も小さかった。

 それを見て、かっと頭に血が上る。

 騎士ともあろう人達が、それもこんな所で弱いものいじめなんて、何を考えているの!

 つかつかと、雨でぬかるんだ道で靴が汚れるのも構わず彼らに歩み寄る。


「貴方たち、何をなさってるの!?」


 私の言葉に振り返った隊員達は驚いたようだけれど、何も気に返さず鼻で笑った。


「お嬢様こそ、何してるんだ?こんな所で、場違いだろ?」

「私が聞いているのよ!」


 睨みつければ、やれやれと言ったふうに、うちの一人が答える。


「弱いボクちゃんに世間の厳しさを教えてんですよ」

「なんですって?」


 その言葉に、頭の何かがプツンと切れた。

 この男たちがリリックと同じ職場で働いてるなど考えただけでもおぞましい。

 それどころか、世の人の憧れである王族騎士団に居ることも認めたくなかった。


「なんて愚かなんでしょうね。騎士ともあろう者が寄ってたかって。全く男らしくない事ね」

「あ?」


 嫌味たっぷりに告げた言葉に、数人の目が変わる。

 本当に男たちって、どうしてこうも無駄に自尊心が強いのかしら。

 扱いやすくて助かるわ。


「聞こえなかったかしら。格好悪いって言ってるのよ!」

「優しくしてやれば、この女!」

「おい、それはやばいって!」


 男たちが止めるけれど、一度切れた男は止まらない。殴りかかってくる男を避けもせず睨み返したその時、目の前に白銀が広がった。


「た、隊長!?」

「何してる。女子供に手を上げるなど、正気か」


 冷たい声にそちらを向けば、綺麗な銀色。

 どことなく兄や他の隊員と違った隊服を身にまとい、背中には弓と矢。腰にはサーベルが下げられた人。

 殴りかかってきた男の手を易々と受け止めた彼は、その手をそのままひねり上げた。

 呻き声が聞こえるとその手を離し、他の男達にも目を向ける。

 彼は囲っていた男たちにペナルティを告げてから、所属する隊と名前を聞き、さっさと彼らを解放した。

 恐ろしいことに、殴りかかってきた男は兄と同じ隊に所属していた。

 隊長と呼ばれたその人は、男達が消えたのを見届けて私を振り返った。


 ………なんて、綺麗な人。

 白銀の髪は襟足のみ少し長くて肩までかかり、白い肌に、ルビーのような瞳が美しく映えていた。

 スラリと伸びた長身に、長い足。

 まるで、月の女神のようだと思った。

 ………彼は男だけれど。


「君は?」

「あ、その………」


 いつも堂々としてる、と言われる私だけれど、何故か上手く言葉を紡げなかった。

 そんな私を見て、彼はフッと笑った。


「騎士に意見を告げ、逃げないとは。中々度胸があるな」


 褒められているのだろうけれど、淑女としてあるまじき姿を見られていた事に頬を染める。

 嫌だわ。リィゼの無鉄砲さが移ったのかしら。

 そんな私に向けていた笑顔をふと引っ込めると、それに比べて、と後ろを振り返った。

 その先には、先程まで騎士たちに囲まれていた青年。

 泥だらけになった彼を見て、月の彼はため息をついた。


「弱いから目を付けられるんだろう」

「………すみません」


 その、責めるような口調にあら、となる。

 これが騎士団の厳しさなのかしら。

 確かに、弱いならば強くなれと、リリックはよく言っていたけれど、でも、この状態の彼に言うのは酷じゃないかしら。

 そっと間に入ろうとすると。


「…弱いならばまだ良い。弱いくせに反抗するからこうなるのだ」


 ………え。

 ギクリとした。

 弱いくせに反抗する。それはまるで。

 ……選べる立場じゃないくせに、自分を認めてくれる人を探してる私みたいじゃない。

 身分も、年齢だってそろそろ、もう選り好み出来る人間じゃないのに、自分を認めて欲しいと、性格を直す努力もせずに甘えてる自分のようじゃない。

 まるで自分に言われているようで、だから、口を挟んでしまったの。


「反抗せずに黙っていては、ただの人形です」


 そう口を挟んだ私を、責めるわけでもなくそっと目に入れた銀色の彼は。

 冷めた表情で口を開いた。


「時には人形になる事も必要だろう。自らの力量を知らんで、欲しいものだけを強請るなど尊大もいいとこだな」


 その言葉に、感じたのは何か。

 怒りと羞恥、それから悲しみ。

 この人には私の考えなんて理解できないんだわ、とそう思った。

 カッと頭に血が上って、怒りのまま、羞恥を振り払うように手をあげた。

 パン、と乾いた音がなり、手のひらがじんと熱を持つ。


「人形には何も守れませんわ!誰も、己自身も。自分を守るために少しくらい抵抗しても、身の丈に合わないことを願っても良いではありませんか!」


 一息に言い切ったせいで、息が弾む。

 令嬢はゆったりとした口調で話すのが好ましいとされる為、こんな早口で話したのはいつぶりだろうか。

 目の前の白く美しい頬に、赤が広がるのを見て、今更気づく。

 ……八つ当たりだわ。こんなの。

 自分の願い、考えが尊大だと言われて、鼻で笑われた気がした。

 私の性格までを愛してくれる人など居ないと笑われたようで。


「……ごめんなさい」


 八つ当たりだと、分かってはいるけれど。

 この止められない怒りをどこにぶつけたらいいか分からなかった。

 そして、分かっているのだ。

 彼の言葉に怒りが沸いたのは、図星を刺されたから。

 自分でも、不可能だと心のどこかで思っているから。

 彼の顔を見れぬまま謝ってから、持ってきた荷物を押し付け、兄の名を出して渡して欲しいと告げる。

 下を向いたまま、依然俯いたままの、囲まれていた青年にハンカチを渡し、彼らから背を向ける。

 逃げ出す前に、もう一度振り返り、頭を下げた。


「ぶってしまって、ごめんなさい」


 そのまま、作法など意識せずに走り出す。

 なんてことをしてしまったのかしら。

 本当に、八つ当たりなんて子供じみた真似、どうしてしてしまったのかしら。

 彼は隊員から「隊長」と呼ばれていた。もし私が引っぱたいたことで兄の地位が悪くなったらどうしよう。あれだけ喜んでいたのに。

 自分の軽はずみな行動に嫌気がさす。

 本当に、こうでは誰にも好きになってもらえるはずがない。

 上からな物言いをしてしまうのも、考え無しなところも、中身を見ない人が寄ってきてしまう見た目も。

 私は自分が全部、大っ嫌いだわ。

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