Happy End
空を見あげれば、鳥たちが羽ばたいていた。
真っ青な空には雲ひとつなく、柔らかな風が吹いていた。
風に乱れた髪を抑えていると、鐘が鳴った。
真っ白な教会に、豪奢な鐘が時間を告げる。慌ててドレスの裾をひっつかみ、彼の隣に立つ。
「何してたの?」
「へへ、いい天気だなって思って」
答えになってない、と言いたげに肩をすくめるレイ様は、仕方ないな、と言いたげに笑って腕を差し出した。
笑顔でそれに腕を絡ませて、本日の主役が来るのを待つ。
そんな私の隣に、綺麗な髪の男性が立った。
「お久しぶりです。兄上、お姉様」
「わっ!アレンさん…びっくりした」
相変わらず綺麗な顔で笑っているアレンさんが、私をお姉様と呼ぶようになったのは、半分以上からかいが入っている。
「お前、家に戻ってから真面目にやってるそうだな」
「えぇ、まぁ。お陰で黒い噂が絶えませんね」
アレンさんは、あれからイオと一緒にグルーフィンの生家に戻ったらしく、今はアーサーさんの助手として仕事してるのだとか。
そんなアレンさんの言葉に興味をひかれ。
「黒い噂?」
「えぇ、例えば…」
ふふ、と笑った彼は、次の瞬間、黒い笑みを浮かべていた。
「先日、長兄がお姉様を訪ねた時ですが、兄は父からの忠告と説明していましたが………本当は別の理由があるとか」
「え、なにそれ怖い」
思わずレイ様の腕にしがみつくと、その腕にレイ様の反対の手が添えられた。
「なんでも、お姉様を長兄の……アーサー兄上の妻にする為に交渉に向かったとか」
「はっ!?」
そんなこと知らない!初耳なんですけど!?
「ない話ではないですよ?貴方は希少な才能を持ってますし、魔道士一家のグルーフィンならば喉から手が出るほどに欲しいんですから」
「アレン」
声を潜めて告げたアレンさんを止めたのは、しれっとした顔のレイ様で。
「もしそうだとして、あいつは家の命令だとして動く男ではないだろう。自由きままに生きているせいで家の方が手を焼いている」
「まぁそうなんですけどね」
なぁんだ、とほっとしていると、私の手に添えられたレイ様の手が私の手を握りしめる力がきゅっと強くなった。
「もし連れ去られそうになろうが、俺が渡すわけないだろう」
きゅん、と高鳴る胸に微かに赤くなる頬。
私のそんな様子を見て、アレンさんは苦笑いをこぼした。
「相変わらずお熱いことで」
「アレンさんは恋人いないの?」
「さぁ、どうでしょう?」
いつもからかわれているお返しに、とわざとにやりとして言った言葉は、軽くあしらわれてしまった。残念。つまんないの。
ちぇ、と唇を突き出した私に、アレンさんは軽く笑った。
「……そのうち、教えますよ」
「えっ!?っ、まっ、じゃあ!!?」
「あっ、新郎新婦の登場ですよ」
その少し黒い笑みを見て、完全に遊ばれたと知る。くっそ、このおたんこなすめ。
と、そんな事を思っていたら、場が騒がしくなった。
みんなに習ってそちらを見ると、真っ白なドレスが目に入った。
「わ!!」
純白のウェディングドレスに身を包んだのは、いつもゆらゆらと揺れて輝く金色の髪を纏めて、ヴェールで包んだヴィオラだった。
その横には、陽光をうけて銀色の髪を輝かせているロルフが、ヴィオラと揃いのスーツに身を包み、ヴィオラをささえるようにその手を引いていた。
「わ、わ、すごい!ヴィオラ綺麗……!!」
表現出来ないほどの美しさを纏う彼女らを見つめていると、ヴィオラたちが私たちの前で立ち止まった。
「ヴィオラすごい、素敵!綺麗!おめでとう!」
「ありがとう……!ふふ、リィゼに一番に祝って欲しかったの」
いつも綺麗なヴィオラが、一層綺麗になっているのは、とても不思議で、けれどその理由が何となくわかる気がした。
「大していつもと変わらんな、ロルフ」
「お前は素直におめでとうと言えないのか?」
隣でいつもの如く言い合うロルフを見るヴィオラの目が、とても愛しそうで、幸せそうなのに気がついたから。
「……本当におめでとう」
「ありがとう……リィゼは?もう式決まってるんでしょう?」
「うーん、今年中にしようねって、言ってるけど」
「じゃあ、ブーケは要らないかしら?」
バッチリ化粧の施された顔で、ヴィオラはクスクスと笑いながら、その手に持った花束を掲げた。
「ううん、要る!!」
どれだけ綺麗になっても、お嫁さんになっても、ヴィオラはヴィオラだなぁ、と笑ってしまった。
ヴィオラたちの式が終わったあと、教会の外にあるベンチに腰掛けて黄昏に染まる空を見上げていると。
「何してる?」
と、柔らかな笑顔を浮かべたレイ様が隣に立っていた。
彼はいつもの隊服ではなくて、きちんと仕立てられたスーツに袖を通している。何を隠そう、私のドレスとペアだったりする。
なんでも、この教会のジンクスらしくて、ペアの衣装に身を包んで知り合いの式を見届けた恋人たちは幸せになれるとか。
ヴィオラが教えてくれた時は、はずかしくてやめようとしたけれど、モニカさんに押し通された。
「たそがれてたの」
「疲れた?」
私の隣に腰を下ろして、私の頬を撫でたレイ様は、心配そうに顔を覗き込んだ。
「全然!ヴィオラ綺麗で、見とれてたら終わっちゃってた」
冗談めかして笑ってから、手にしていたブーケを軽く掲げる。
桃色と白などの淡い色で纏められたそれは可愛らしくて、ヴィオラがくれた時は嬉しくて抱きついてしまった。
「…リィゼは、どんな式にしたい?」
纏めていた髪が軽く解けて、頬に落ちてきてしまった。
それをすくって耳にかけてくれながら、レイ様はそう問うた。
「……そうですねぇ……今日と、大差なくていいです。あんまり豪華なものじゃなくていいし」
「そうか」
そこで途切れた言葉が、風に乗って飛ばされていくように感じた。
あの日、初めてお互いの気持ちをきちんとぶつけてあってから、私とレイ様の間で何か変わったかと言われれば、話し方くらいか。
私が気を抜いて敬語を取って話しかけてしまった時があって、すぐに直そうとしたら、止められたのだ。
リィと近い気がしていい、って。
その他は特に目に見える変化はない、けれど、なんとなく、お互いがお互いを想う気持ちは強くなってるのかな、と思うことはある。
そっとレイ様の肩に頭を預けると、どうした?と聞かれる。
それに、なんでもないと首を振って答えると、再び静かな、穏やかな時間が流れる。
特別な式は望まない。結婚式自体が、特別だと思うし、それに。
「……今のままでいいや」
この、平和で穏やかな時間が続いてくれれば、それでいい。
私の呟きに目ざとく反応したレイ様は、たまに見せる意地悪な笑顔を浮かべた。
「俺は変わって然るべきだと思うが」
「?」
どういう意味だろうと訝しげな顔をすると、レイ様は私の瞼にキスを落としてから。
「俺はリィとの子が欲しい」
「っい!?」
慌てて真っ赤になって、仰け反った私は、ベンチのすぐ後ろにあった壁に頭を強か打ち付けた。
痛みに悶えている私を少しだけ笑ってから、レイ様は頭をさすってくれた。
非難を込めて、痛さで涙が滲む目で軽く睨むと、悪い、と堪えきれない笑みを顔に浮かべて、私を抱き寄せた。
「……………そんなの、私だって……」
「ん?」
「いーえ!」
ぐりぐりとレイ様の胸に額を押し付けつつも、口元は緩んでしまう。
変わらない未来もいいけど、少しだけなら、変わってもいいかな。
そっと顔をあげてレイ様を見上げると、思ったより近くに顔があって、鼻と鼻がぶつかった。
どちらからともなく笑ってから、目を閉じた。
すると、すぐに幸せな温度が触れる。
もうすぐ沈みそうな太陽が、重なった二つの影を伸ばしている。
この太陽がまた上ったら、何をして過ごそうか。
それを考えることすら楽しくて。
夕日で赤く輝く、彼の金髪に触れて。
「リィ?」
優しく名前を呼んでくれる、大好きな貴方のその頬に、贈り物を一つ。




