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触れた心

 部屋に戻るまでの間、お互いに何も言わず、ただ靴音だけが響いている。

 どうしてもその音が耳についてしまって、余計に静かだなぁとか考えてしまって。

 なんでしょうかね、そもそもこんなに遠かったかな部屋よ!!まさかあんた動いてるわけじゃあるまい!?

 と、訳の分からないことを考えてしまうほどには動揺している私だけれど、隣を歩く彼は全くもって表情が変わらない。

 少し前に見せたあの幼く見える表情も形を潜めてしまって、今はいつもの無表情。ちくしょう、可愛かったのに。

 そしてやっとたどり着いた部屋。

 私はもう二人になったら色々話すことが頭にありまして、レイ様も付き合ってくれるものと思ってて。

 そう考えるとオールかなとか思いつつ立ち止まると、自室の扉を開けつつレイ様が一言。


「………着替えて、準備できたら来て」

「……はい」


 そう返した私の頭をぽんぽんと軽く撫でてから、レイ様は部屋に引っ込んでいってしまった。

 話し終わったら即刻寝れるようにということだろうか。

 それともリラックスして話そうということか。

 どちらにせよ、さっさと着替えねばと部屋に入り、仮にも好いた人に見られるので、部屋にある部屋着で、なるたけ可愛らしいものを選んで袖を通す。

 着替えているうちに、何を話すべきかと考えていたのだけれど、いつの間にか思考回路は今日を振り返っていた。

 今日1日色々あったし、というかありすぎたし。

 ふと、自然にレイ様の苦労も考えてしまっていた。

 レイ様からしたら、いつもの如く仕事に向かったら、私が襲われたって連絡受けて慌てて帰ってきて、そうしたら変な植物に捕まって、出てきたら私居ないから探しにいって。そうしたらまさかの弟が犯人で、何か変身してるし。やっと落ち着かせて帰ってきたら今度は兄の登場だし。

 ………申し訳ないとしか言えない。

 これ全て私が元凶では。

 しかし、しかしだ!!

 色々なことあって困ってるのは私もなんです…!!

 あとで謝らねば、と頬を軽く叩いて、カーディガンを羽織ってから、部屋続きの扉をノック。

 けれどいくら待っても返事は来ず。


「……失礼します………………」


 恐る恐る扉を開けると、無人。

 そんな馬鹿な、と部屋を見回すと、椅子に投げ捨てられたジャケット。

 けれどそれ以外に衣服が落ちていることはなく、脱ぎっぱなしなのも珍しいなと部屋に踏み込んだ時。

 視界に入ったベッドに、毛布もかけず横たわる人。


「…………レイ様?」


 返事がないので、意を決してベッドにそろりそろりと近づいて、呼びかけつつ横たわる人の顔を覗き込むと。

 すーすーと安らかーに寝息を立ててらっしゃった。

 あどけないその寝顔を見つめてしばし。


「……はぁ〜〜〜〜〜〜………」


 素晴らしく長く息を吐き出して、ベッドわきに座り込んでしまった。

 なんだよもう、緊張してたのが馬鹿みたいじゃないか。

 安心したような残念なような気持ちで彼の寝顔を見る。

 でも、いつも遅くまで起きていることにしても、私が来ると知っていることからしても、レイ様が眠ってしまっているのは驚いた。

 よく見れば、先ほどと服も変わらず、ただジャケットを脱いだだけ。

 その顔には疲れの色がありありと浮かんでいて、目の下にはうっすらとクマまである。

 ……………そりゃそうか。

 今日1日、色々と振り回してしまった。

 袖の隙間から覗く腕にある生々しい傷、怪我。私のせいで負わせてしまったと思うと胸が悲鳴をあげる。

 実感なんて毛程もないけれど、私の治癒術だかで治ればいいのに、とその腕に手をかざすけれど。


「……………だめ、か」


 ため息ついて手を離すと、微かにレイ様が身じろいだ。

 なんだかその様子が可愛らしくて、ふふ、と声が漏れた。


「…………色々、聞きたいことあるんですよ?」


 返事がないのは分かり切っているので、少し声を潜めて話しかける。


「なんでそんなに私を大切に思ってくれるんですか?…なんで私を屋敷から出したくなかったんですか?………クリスタ様とは、どういうご関係ですか?……勝手に出ていったこと、本当は怒ってますか?……私のこと……………どう思ってくれてますか?それと………」



「……さっきの答えだって聞いてないんです」


 あなたのそばに、居させて。

 返事が、言葉が欲しいのは私が欲張りだからだって分かってるけど。

 あどけない寝顔の頬に、軽くキスをして、そっと立ち上がる。

 明日起きたらすぐに聞こうと決めて、部屋に戻ろうとしたら。

 手首を掴まれて後に引っ張られた。


「っ!?!?!!!?、ったたた……」


 咄嗟のことに受け身が取れず、ベッド横、今まで座り込んでいた場所に膝を打ち付けた。

 痛い。あざにはなってないとしたって痛い!

 膝をさすっていると、影が降った。


「それで全部?」


 見上げた私の目に、楽しそうな顔で身を乗り出すレイ様の顔が至近距離で写った。

 慌てて仰け反った私の肩を掴んで引き戻すと、彼は首をかしげた。

 何が楽しいんですか、何が!盛大にコケたことですか、膝をうったことですか。それとも今の海老反りですか。

 恨みがましく彼を睨む私の視線など怖くないのだろう、そんなことは知っている。

 それよりも一言。驚きと恥ずかしさで真っ赤になってても言わなくてはいけない、というか確認しなければいけないことがある。


「いつから起きてたの…!?」


 というか寝てたの?という意味を暗に込めて聞くと、彼は目をぱちくり。


「最初から。我ながら雑だなとは思ったけど、こうでもしないとリィは何を聞きたいか言わないから」


 くっそぅ、よく考えれば分りやすいほど使い古されたネタじゃないか!!

 こんな古典的な狸寝入りに騙されるとは、不覚…!!

 むむむ、と唸る私の頭を撫でつつ、レイ様は笑う。


「一つ目。何故大切に思っているか、だが。これは先ほど説明したと思っていたが?」

「………昔じゃなくて、今の話です」


 というか真面目に全て答える気ですかやめて!!

 違う、もっとこう、言い方があってですね?!

 そんなド直球に聞いたらド直球に答えが返ってくるじゃないですか!!

 と、違う意味で真っ赤になる私の頬を撫でながら、レイ様は肘をついた。


「お前を屋敷に縛り付ける為と言えば簡単か?」

「なんですかそれ!?」


 待って待って、ちょっと暫く出てこなかった束縛レイ様が舞い戻ってらっしゃいました!


「本音を言えば理由などない。大切にしたいから、だけ」

「っ、ぐ……」


 これは喜んでいいのか?んん?


「で、次の質問に続く。何故屋敷から出したくなかったか。至極簡単だ。お前を他の男に見せたくなかったから」

「はっ!?」


 ド直球で甘い言葉が飛び出てきたのに、きゅんとするよりも驚きが勝ってしまう。悲しいかな。

 あうあうと口を開閉させる私は、じわじわと喜びが胸を侵食していく。


「それと、お前と外界を隔てれば、お前が縋れるのは俺しかいなくなるだろう」


 あ、これは甘くないやつだな。病的なほうだな。苦手なやつだ。


「……うまくは行かなかったがな。俺なしで生きていけなくなればいいと思ったんだが、俺とて仕事もあるから、使用人を消すわけにはいかない」


 今消すって言った?!

 そしてそれは私に言っていいのか。

 隠す気なしか!!


「お前にあげたブレスレットも、詳しくは省くが、監視目的だ」


 おっとぉ!?私ただただ喜んでたんですけどね!?これもらったとき!!

 そして詳しく省かないで!!


 もう頭の中は手一杯です、はい。

 驚いたりきゅんとしたり忙し過ぎてパンクするよ!?


「その点で言って、4つ目の、怒っているか否かの質問には前者だ」

「うっ…」


 ですよね………!!

 でもなんかそんな怒られた記憶ないんだけど!


「リィは今俺といる。俺からのブレスレットを持っていた。それだけでいいと思ってな」


 だからなんでそう、妙にきゅんとすること言うかな!?

 自分でいうのもなんだけど、これほかの人理解できないよ!?


「あとは………クリスタ、だったか?」


 その名前にぎくっとした事に気が付かないでください、と思っている時ほど気が付かれるもので。

 盛大にため息をつかれました。


「……クリスタに初めてあったのは、リィと別れてから1年後だったか。騎士団に見学に行った時だな」


 ポツポツ、と全く興味のなさそうな声色で話されるレイ様の言葉を要約すると。


 見学に行ったものの迷子になった幼き日のレイ様を助けたのが、幼きクリスタ様。

 なんでも、当時の騎士団長様がクリスタ様のお兄さんだったらしく、クリスタ様は騎士団にちょくちょくお邪魔していたみたいなのだ。

 レイ様は見学に行く事にクリスタ様と仲良くなって、いつしか「ねえさま」と呼ぶようになっていたとか。


「あいつが誰と婚約して結婚しようがどうだっていい。幼かった頃を引っ張り出すなと言いたいとこだな」


 はぁ、とうんざりした様子ながらも、その表情はとても優しくて。

 あ、なんだろ、心臓ちくちくするな。


 嫉妬だと分かってる。けど、なんだか認めるのは癪なのです。

 なので、一つ嫌味でもぶつけてみましょうか。


「レイ様は人見知りで、私ですらすぐは仲良くなれなかったのに、クリスタ様とはすぐ仲良くなったのね」


 嫌味なので敬語も忘れました。これは困った。


「………………う」

「へ?」


 軽く俯いていたため、はっきりと聞き取れず、聞き返す。

 顔をあげて見えた青い瞳の周りが、少しだけ赤い。


「……リィに似ていたんだ、仕方ないだろう」

「、」


 ぼっ、と頬が熱を持つ。

 困らせるために放った嫌味がブーメランだった。熱い頬を冷まそうと手で頬を覆う。

 レイ様が「性格は似ていなかったがな」と呟いているけど若干上の空だ。

 ……クリスタ様に似ていたからじゃなくて、クリスタ様が、私に似ていたから。

 ………代わりなんかじゃなかった。

 嬉しくて、安心して、頬が緩んでしまう。

 未だ熱い頬に冷たいレイ様の手の甲が触れた。

 心地よい温度に目を瞑ると、微かに笑う声。


「………あと、最後の質問」

「?」


 私、あとなに質問したっけな、とぽけーっと思い出そうとして見るけど、何せ言い捨てて行こうと思ってたセリフなので記憶にない。

 首をかしげて見せれば、目に飛び込んできたのは、柔らかい笑顔。

 見たことないその表情に、息が詰まる。

 なんて、かお、してるの。

 どくどくと忙しい心臓をなだめていると、整った彼の顔が近づいて、額にキスが降ってきた。


「!?」

「お返し」


 そのお返しがさっきの頬へのキスだと気がついて再び頬が発熱。

 ぶり返しが酷すぎる。


「…………リィ」


 ぱたぱたと手で顔を扇いでいると、突然真面目な顔でレイ様が身体を起こした。

 そして、ベッドに座ると、自分の隣を叩くので、大人しくそこに座る。

 すると、レイ様は私から視線を逸らして。


「………兄が言ったことだが」


 迷うように、ゆっくりとした口調で話し始めた。


「……リィは、どう思っている?」

「…………えーと?」


 あの人何言ったっけ……?

 なんか色々言われ過ぎて分からないわ。

 瞬きを繰り返すも思い出せず、うーん?と唸っている私の左手に、レイ様の手が重なった。

 そこを見下ろしてみると、きゅ、と握られた。

 手を繋いでるだけなのに静まれ心臓…!!


「……式を、挙げろという、話」

「…!」


 思い出した途端頭が真っ白になった。

 待って、だって式って、結婚式、だよね?

 いやそりゃあ、したいに決まってるけど、でも。

 3年間もレイ様が結婚を渋っていたのには何か理由があるはずで。

 突然の問いかけに戸惑う私を見て、レイ様はそっと立ち上がった。

 ぱちくりと目を瞬かせる私の前で膝を折ったレイ様は、そのままの体勢で私の手を取った。


「俺は、挙げたいと思っている」

「っづぇ!?」


 予想だにしない言葉に変な声が出た。

 だって結婚渋っていたの貴方でしょうが!!


「……結婚してしまえば、俺は今より一層忙しくなる。騎士団の仕事に加え、家の仕事さえしなければいけなくなる。前までは、そうなればリィが俺から離れると思っていた」


 …………ことごとく私を家に置いときたいのね。

 ただ、なんでかその理由さえ可愛いと思ってしまうのよね、うん。

 フィルターかけて要すれば、私と一緒にいたいからということでしょ?

 これがにやけずにいれますか。


「………だから、リィの気持ちが知りたい」

「?」

「…リィの答え次第では、リビングでの答えが変わってしまうのだが………その前に、一つ言わせてくれるか?」


 ニヤケをどうにか収めつつ、次の言葉を待つ。

 けれど、そんな私の耳に飛び込んできたのはとんでもない一言だった。



「………リィを、愛してる」



 ……………今、なんて?

 ニヤケなんて引っ込んでいって、むしろ全ての感情が引っ込んでいってしまった。

 …………今、愛してる、って……?

 聞き間違いじゃなければそう言ったはずだ。


「……俺の、妻になってほしい」


 続いたその言葉を聞いて、意味を理解した瞬間、目から暖かいものがこぼれ落ちた。

 とめどなくこぼれていくそれを、優しい彼の指がすくってくれた。


「………泣くな」

「っ、だっ、て……っ」


 顔がぐしゃぐしゃになっているだろうことは分かってるけれど、止まらないものは止まらない。

 仕方ないじゃない。


「れ、さま、一言も、そんな、こ…言わなかっ……わた、し、不安で……っ」


 そこまで言った私の頭をかかえるように抱きしめてくれた彼のシャツにすがりつく。

 私は己の涙で濡れていくシャツを掴んで、しゃくりあげる。


「……悪かった」

「そうですよ…!!婚約した、時だって…!!」


 なんの説明もなしに、婚約してくれなんて、あんまりだ。

 好いていてくれたなら、言ってくれれば。

 そう言って責めた私に、レイ様はとても困ったようで。


「……あの頃の弱い女の子なんて記憶はなくなってて良かったんだ。俺は、リィを守れる強い男でいたかったから」

「そんなのしりません…!!」

「すまなかった」


 よしよし、と震える肩や頭を撫でられて、やっと落ち着いてきた時、ゆっくりと身体を離した。

 私だって気が付かなかったり、自分の気持ちから逃げたり、責られる立場ではないのだ。

 ………頭では分かっている。

 そして、私も返事を返さなくてはいけない。

 涙で頬に張り付いた髪を剥がしつつ涙を拭って、レイ様の青い目を見つめる。

 この、深い海みたいな、晴れ渡った空みたいな目が好きなんだよね。

 昔も、今も。


「………好きです」

「!」


 やっと伝えられた想いは、私の中で燻ってるには大きすぎたんだ。

 へへ、と照れ笑いをしつつレイ様の首に抱きつく。何故って?顔を見られたくないからです!

 幸せで1杯の私の肩を掴んでゆっくりと戻しつつ、覗いたレイ様の顔は、けれど何故か不満そう。

 え。なんで?


「………俺はリィを愛してるんだが」

「……………あ」


 声を上げた私に、レイ様は笑って見せた。

 少しだけ意地悪な、表情で。


「……あ、いして、ます」

「ん」


 真っ赤になりつつどもりながらで伝えると、満足したらしいレイ様は私の泣きすぎで腫れた瞼にキスをくれた。

 そして、次に私の左手を取って、その薬指にも。


「プロポーズは、受けてくれる?」


 微かに指にかかる息にくすぐったさを覚えつつ、私はまた幸せで泣きそうになった。


「もちろん!」


 だから、泣く代わりに、とびっきりの笑顔でそう答えた。

 すると、もう1度薬指にキスが落とされ、顔を上げた彼の額と、私のそれが軽くぶつかる。

 熱っぽい目元に胸が高鳴った途端、顔が近づいた。

 そして、唇が重なるかと思われた瞬間、目を閉じた私の鼻と、レイ様の鼻がぶつかった。

 それに、いつの間にか力が入っていた肩から力が抜け、軽く笑ってしまった。

 そして、それとは別の微かな笑い声が耳朶をうった瞬間、今度こそ、唇に熱が降った。

 ぽつりと、頬を一筋涙が伝ったのを感じた。

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