孤城の鎖
意外にも思った以上に良い眠りに揺られているうちに、私は実家からはるか遠く(眠っていたから定かではないが、そう思われる)土地にたどり着いていた。
レイ様に柔らかく名前を呼ばれて目を覚ますと、なんとも言えない気持ちになった。
驚きと、あぁやっぱりなという納得。ついでに、うわぁ…という軽い引き。全部ひっくるめて結局私は無に落ち着いた。
馬車が今まさにくぐっている大きな門。ゆうに5、6mはあろう高さの門には、なんの必要で?と聞きたくなるほどに華美な装飾。そして3人の門番がいた。
馬車に向かってかたーく敬礼している門番さんに問いたい。いったい時給いくらでこんな仕事受けたの。もっとあるでしょ、有意義な仕事の仕方が。ここの主は王族騎士団の隊長様ですよ、一体誰がこんな人に喧嘩売りに来るんですか。
門番さんに哀れみの視線を送りつつ門を抜けると、これまた驚き。長ーく続く花畑。というか花道。色とりどりの花が咲き乱れていた。
それを区切るように砂利の道が引かれ、そこを馬車が通り過ぎる。花道を抜けるのに有した時間は、4、5分。
花道を抜けると、やっとお目当ての屋敷にたどり着く。しかしまぁ、でかいな。
私の実家も弱小とはいえ貴族の端くれ。それなりの屋敷を所有していた。……はずだ。
しかし、この屋敷はその私の実家の約3倍はある。もはや屋敷ではない。城だ。
そんなに部屋いりますかね?と聞きたくなるほどに窓が多い。
一応王都の外れに当たるから、都市ではあるらしいけど。……都市にこんな敷地が立つって。
唖然と口を開けている私を馬車から下ろすと、レイ様はゆっくり歩き出した。
「これからは、ここが君の家だ。好きにくつろいで」
リビング(めちゃくちゃ広いからたぶんそう)に通された私にそう言って笑ったレイ様。
はぁ、と気後れしてソワソワしている私の前に、紅茶が差し出された。
それをくれたのは、落ち着いた雰囲気の女性。柔く微笑む表情が、なんとも大人の色気を醸し出していた。彼女は私たちにひとつお辞儀をして、部屋を出ていった。
それを見計らったようにレイ様はまた口を開く。
「ここには僕らしかいない。使用人が数人住み込みで働いてはいるが」
それを聞いて、おや?と思う。
結婚して嫁入りすると、逃れられないのが一つ。嫁姑争いだ。
何をされたらどう返すとか、何か言われたらどう返すとか、母が実際に使った手を教わってきたのに、いないのだろうか。
レイ様と私しかいないということは、両親はここにはいらっしゃらないのか。
そう問いかけると、彼は瞬きを一つしてから。
「俺は次男だからね。兄貴に問題がない限り、俺は家を次ぐことは無い。両親は兄貴と一緒に街の本家にいるよ」
と、なんてことないように教えてくれた。
何か悪いことを言ったな、と視線をさ迷わせていると、何故か彼がおもむろに立ち上がって、私に近づいてきた。
そして私の隣に腰掛けると、顔をのぞきこんできた。
「心配してくれているの?でも大丈夫、俺にはリィがいるから」
あの時と同じ、酔ったような瞳で私の髪をすくうと、彼はそれに口付けた。
そして、とんでもないことを言い出した。
「だから、どこにも行かないで、ここからでないでね」
ニコニコと邪気のない笑顔で何を言っているのだこの人は。
意味を理解するのに時間がかかり、目を瞬いていると、彼はまたまたとんでもないことを言い放つ。
「そうだな、他の誰にも見せたくないし、部屋からでないのがいい。俺以外、誰にも会わないで」
あまりにもさらっと。『天気がいいから散歩に行こうか』とでも言うようにさらーっと言い放った言葉は、さらっと済ませるには重すぎるということをこの男は理解しているのだろうか。
それつまり軟禁じゃないですかね。というかあなた以外と会わないとなると使用人さんたちも無理だよね。うん、不可能。
曖昧に笑顔を作ったのがいけなかった。この男はにっこりとそれはそれはいい笑顔を浮かべて言いやがった。
「決定だな。君につける使用人はメイドと執事一人ずつだけ。あと、俺が帰ってくるまでは部屋からでないこと。俺が帰ってきたら、ずっと俺といて」
みなさん、この男が何を言っているのか理解できますかね。私は無理です。
なんか言われてることむちゃくちゃだ。使用人2人もつけて頂かなくていいので限定しないでいただけませんかね。そんな閉鎖空間にいたら息つまるっつの。
なんて、口に出して言えませんよ?何故ってこの人は家を潰せ((ry。
いやさ、冷静に考えてみたらわかると思うよ。
私が嫁入りしたから他の人に合うなって、『から』の使い方間違ってると思う。
他の人に見せたくないっていうのもわからんし、だから部屋から出るなと。なんじゃそりゃ。
この人が帰ってくるまで部屋に軟禁、帰ってきたらきたでずっとそば=軟禁。
……ふざけてる。
「あの、さすがにそれは……」
私が嫌だと言おうとすると、それまで柔らかい笑顔を浮かべていた彼の表情がスッとなくなった。代わりに、サファイアブルーの瞳が私を捕らえる。
その瞳に、温度なんてなかった。ただただ、私の言葉を拒絶し、受け入れることはないと告げていた。
身体が震えだす。美しい宝石のようだった瞳が、今は深海の闇を思い起こさせた。
「リィ」
私を呼ぶその声にも、感情は読み取れない。まるで機械が告げたようだ。
反応できずにいると、それが不満だったのか、彼は私の右腕をグッと掴んだ。
その力の強さに、無意識に顔をしかめる。
レイ様は、己が強く掴んでいる私の腕に視線を向けると、軽く爪を立てた。
「っ、」
痛い、そう言いたいのに、彼の纏う空気がそれを許さない。私は非難をこめて彼を見る。
私の視線を受けてなお、彼は涼しい顔で私の腕に視線を向けている。
やがて、レイ様が私の腕を掴む手の力を緩めると、そこはうっすらとあかくなり、アザができていた。
アザができるほど強く掴まれていたのか、と驚くと同じくらい、何故こんなことを、という戸惑いがあった。
レイ様は無表情で私の腕にできたアザを撫でると、私に視線を向けた。
その瞳は、気のせいか少し輝いているようだった。
「君は俺のだ。……リィ」
確かめるように、言い聞かせるように呟かれたその名前に、私はどこか、鎖のようなもので囚われているように感じた。




