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零度兄弟

 みんなで部屋を移り、夜も遅いけれど食事を取る。

 その間ずっと空気がピリピリしていたのは、誰のせいかな。

 会話らしい会話もなく、完全に巻き込まれた形のヴィオラとロルフは少々嫌そうな顔をしつつ無言だった。

 さっさと終えた食事のあと、モニカさんとロムさん、ガフィクさんが食器を片付けている中、からっとした顔で笑ったのはアーサーさんだった。


「いやぁ、美味しかった美味しかった!うん、満足だ。さて。満腹になったことだし眠ってもいいかな」


 と、死んだ空気の中そんなことを言い出せる彼は私の理解を超えているのだけれど誰か助けて。

 なるべく彼を見ないように顔を逸らした私の隣では、軽く口角を上げて一言。


「そのまま永眠してしまってもいいんですよ」

「あはは、ねぇレイ。悪口言う時だけ敬語になるのやめて欲しいな」


 二人とも笑顔でそのやり取りするのやめて欲しいな。

 と、おそらくグルーフィン家じゃない人達はみんな思っている。

 そんなピリピリと火花を撒き散らしている二人を止めたのは、彼らの弟だった。


「そろそろ黙りましょうか。兄さんがた」


 いつもと変わらない口調ながら。

 その声の温度の低いこと。そしてその笑顔がいつもより黒い。………怖い。

 元々低い室温が絶対零度まで落ちた気がする。


「………………」


 なんというか。


「………………もう帰りたい」


 ぼそっと呟かれたヴィオラの声に、全面的に同意したいと思います。

 帰る場所はもうここだったりするのだけれど実家という手が残ってるはず。うん。


「………アンタらのせいでそこの3人困ってるから」


 と、唯一私たちに助けを出してくれたのは末っ子のイオだった。

 なんでだろう、めちゃくちゃ怖い思いしたのに、今はイオが天使に見える。我ながらなんて現金。


「いーくん……」

「その呼び方やめて」


 むすっと唇を尖らせるのさえ可愛らしく見えてしまう。

 だってねぇ、イオの上3人は笑顔で毒をはく人たちですよ、それに比べたら、ちょっと前のことなんて水に流して………………うん、無理だな。

 と、一人で自問自答している中で、アーサーさんがクスクスと笑った。


「いやぁ、皆柔らかくなったねぇ」


 ど・こ・が。

 どこら辺が柔らかいんですか、どう考えたって幼きあの時の方が皆可愛かった!!

 と、そこまで考えて、あれ、と気がつく。

 私は小さい頃のレイ様、アレンさん、イオとは会っているし、記憶にもあったけれど、彼らの兄とはあった記憶が無いのだ。

 というか、彼らに兄が居たことさえ今日知ったというか。


「………あの、アーサーさんは」

「お兄さん」


 心の中の疑問をぶつけようとした私に、にっこりと笑ったアーサーさんが口を挟む。

 やんわりと押す彼にじっと見つめられて、おずおずと口を開く。


「………お兄さん」

「ふっふふ〜。なーに?」


 ご満悦な彼がちょっと怖いと思いつつ、先程の疑問を口に出す。


「………私、アー………お兄さんにあったことない…ですよね?」


 アーサーさん、と言おうとして、鋭い目で見られて言い直す。

 ……そんなにお兄さん呼びが気に入ってるんですか…?


「んー、そりゃあそうだよね。俺16まで家に幽閉されてたも同然だし?」

「……………は?」


 アーサーさんの言葉に声をだして反応したのは私ではなくロルフなのだけれど、アーサーさんは変わらず私に顔を向けている。

 ……せめて聞いてあげましょうよ。

 なんて返せば、と思考している私の横で、レイ様がため息をついた。


「何が幽閉だ。敵がいなくなるまで引きこもってたの間違いだろう」

「そうとも言うかな?」


 ……………幽閉されてた、と、引きこもってた、だとすごい違いがあると思うんですね。犬と猫なみの違いだと思うんですよ。

 と、そんなことお構いなしに笑ってるアーサーさんがもう怖い。なんかもう今日1怖い。


「…………まぁそれはいいとして。他に聞きたいことは?」

「………………えーと、」


 色々聞きたいはずなのに咄嗟には思い付かなくて、固まる私に、再び笑ったアーサーさんがぐっと伸びをして。


「ま、いいや。とりあえず眠いから寝るよ。明日にでも聞いて。……ロム」


 アーサーさんが声をかけると、ロムさんが一つお辞儀をして、ドアを開ける。

 ご案内します、と恭しくお辞儀をして歩き出したロムをじっと見つめていたのは、私の後ろに控えていたモニカさんだった。


「………ロム」


 モニカさんが声をかけると、ロムさんがかすかに振り返る。

 けれど何を言うことなく、ちらりとアーサーさんを伺った。


「あー。これね。実は俺の使用人なのね」


 これ、と目でロムさんを示したアーサーさんは、モニカさん含むこの屋敷の人たちを見回した。


「ちょっと前にここで使えてたのはね、レイの監視?」

「だろうな」


 え、と目を瞬く私と、モニカさんそしてガフィクさん。

 しかし当の本人は素知らぬ顔で紅茶に手を伸ばしていた。


「俺がまた勝手な行動を取らないかの監視だろう?」

「よく分かってるようで。ほら、レイって勝手に騎士団に入ったり、婚約者つくったりするじゃん?本家としてはびっくり箱なのね」


 ふん、と腕を組んで知らん顔のレイ様に、私のほうがびっくり箱なんですけど?!

 というか、……婚約者、って私の事じゃない……ですか…?

 私のせいでレイ様に監視が付けられたのか、と気がついた瞬間、すっと胸が冷えてしまった。


「それがあの女の子だったから良かったけどさ。そこらの女の子引っ掛けてたらそれこそ問題だったよね。ていうか、彼女時期当主の婚約者になるはずだったんだよ?本来なら許されないからね」


 …………そこまで、私って、問題だったの?

 確かに色々とある出自ではあるけれど。

 でも、そんなこと一言も言われなかったし……?

 悶々と考え込む私は、知らず知らずのうちに顔をうつむけていたようで。

 気がついた時、膝の上で握りしめていた自分の手が視界に入っていた。

 その手がかすかに白くなっている事にも気がついたけれど、どうしようもなかった。

 じっとその手を見ていると、頭に何か暖かいものが触れた。

 それが手だと気がついたときと、隣りから柔らかい声が聞こえたのは同時だった。


「お前は何も心配するな」


 え、とレイ様を見上げると、彼の顔は真っ直ぐにアーサーさんに向けられていた。

 そして、私の頭に置いていた手を降ろすと、そのまま私の肩を抱き寄せた。


「言っておくが、リィを手放す気などないからな」


 不意打ちに零された言葉に胸がときめく。

 ぎゅっと掴まれたように響く胸を抑えて、自分を抱き寄せる広い胸に額を押し付けた。


「あれあれ、そんなこと言わないよ?一度迎えた奥さんなら生涯添い遂げないと、男がなくよ?」

「なら面倒なことを言うな……」

「ちょっとした意地悪心?安心して、本家の石頭達はどうにか宥めといたからさ〜。何人かは、期待の少女が家も継がない騎士団の奴に嫁ぐこと、納得してないけど。どうにかするよ。一つ貸しね」


 ちっ、と舌打ちをしたレイ様の腕にだかれながら、ほっと胸をなで下ろす。

 そんな私の耳に、ため息が聞こえた。


「ま、妹ちゃんが望むなら、だけどね?聞いたらレイ、お前半ば無理やり妹ちゃんを手に入れたみたいだから?」

「……………………」


 否定出来ないのか、何も言わないレイ様は、代わりに私の肩を抱く腕に力を込めた。

 まるで離さない、とでも言うように。


「で?どうする妹ちゃん」


 力強い腕の中で、私はそっと目を閉じて口元を緩めた。

 押し付けられた胸から、落ち着かない鼓動が聞こえていたから。


「………ふふ」

「…リィ?」


 そっとレイ様から距離をとって、その顔を覗き込む。

 その目が、少しだけ不安げに揺れていることは、私だけの秘密だ。


「……お側に、居させてください」


 そっと微笑んで告げた言葉に、目の前の青い瞳が見開かれて。

 なんだか、してやったりと思ったり。

 ぽかん、と今度はレイ様が固まっていると、パチパチと乾いた音。首を動かしてみれば、アーサーさんが拍手をしていた。


「いやぁ、想いあってるようで兄さんは安心だよ。じゃあレイ。早急に式を挙げること。何を渋っているのか知らないけど、3年も婚約者止まりとか女の子は不安になるよ?」


 ギクッとした。なんせその通りなもんで。

 聞きたくても聞きづらかったことで、遠回しに急かしたことも記憶に新しい。だって「私のことが好きじゃないから結婚してくれないんですか?」なんて言えないし。

 でも。

 答えを聞くのが怖かったりするの。

 いや、もちろんたぶん、レイ様が私を大切に思ってくれてるのは分かってるよ!?ただ、そう。その……色々不安なの。

 いや、結婚したくないな、なんて逃亡する前は思ってたし、その時にさっさと結婚されてても文句は言ったと思うのね。

 ……………我ながら我儘すぎるな。

 と、自己嫌悪に陥っている私を置いて、アーサーさんは眠いから、とさっさと居なくなってしまった。

 そして残された私とレイ様、弟二人に、巻き込まれた新婚。

 不思議な空気の中、先に席を立ったのは新婚二人。


「え、っと……リィゼとエリィ……じゃなくてレイ様。私たちもお暇するわね。……また明日」

「ではな、グルーフィン」


 ガフィクさんの案内で二人が席を立つと、それに便乗するかのように立ち上がる弟たち。


「では、私も眠らせていただきますね。おやすみなさい」

「……馬鹿馬鹿しい。見せしめとか要らないから、いちゃつくなら部屋でやって。寝る」


 そしてイオは、何も言えずにいる私を振り返ると。


「……………謝って済む事じゃない、けど……今日は、ごめんなさい」


 と、ぼそっと呟いてから走って消えた。

 ………………完全に忘れてたとかはないですよ?


 さて、そして残されたのは私と。


「…………………………」


 未だに固まってるレイ様なんだけれど。


 そろそろ動いて!!そしてなんか言って!!!!

 なに!?何か切れたの!!?操り糸!!??

 頭の中を荒らして耐える私ですが、そろそろ限界です。


「れ、レイ様……?」


 そろーっと呼びかけてみるものの、反応なし。

 これは無理だ、と近くにいるはずのモニカさんに助けを求めようとしたのだけれど。

 ……居なーい!!もしかして気を使って二人にしてくれたのかな!?今はそんな気遣い要らないですー!!

 救いを求めることすら不可能だとわかり、とりあえず落ち着こうと深呼吸。

 そして、肩に回されていた腕から抜け出そうと身をよじった瞬間。


「っ!?!!!?」


 ガバッと抱きしめられた。あまりにも急に動き出したものだから心臓飛び出でるかと………!!!

 比喩じゃなく飛び出そうになった心臓を落ち着かせていると、耳元でくぐもった声が聞こえた。


「………部屋に戻るか」


 そうですね、でもその前に。






 ………………………私に、言うことありません?

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