不思議な人
靴を鳴らして颯爽と歩いてきた紳士に、全員が釘付けになっていると、彼は私の3歩前で立ち止まった。そして、シルクハットを後ろのロムさんに預けると、空いた手で私の手を取った。
「初めまして。……のような気がしないんだけれど、君はもしかして僕の運命の人かな?」
古典的すぎる口説き文句に、ぽかんとして全く動けずにいる私の手を持ち上げた彼は、気にしたふうもなく、それをそのまま自分の口元へと導いた。
跳ねるような小さな音を立てて、微かに触れた温もりが離れる。
呆気に取られる私に、甘い笑顔を向けてくれた目の前の紳士…………の手が叩き落とされた。
支えがなくなった私の手を、代わりに引き寄せたのは、仏頂面のレイ様。
「はは、なんだい?弟よ。焼きもちかな?嫉妬深い男は嫌われるよ?」
「………えーと?」
どうしよう、今日の私は反応が鈍くなっているらしい。無理もないと思うけどね、1日でどれだけ衝撃を与えられればいいのか。
とにかく、鋭い言葉が隣に立つ彼に刺さっているのに全く反応できなかった。しかし遅ればせながら私は想うのです。嫉妬なんてされた覚えがないの。
ズキズキと痛む鳩尾辺りに手を当てる。頭に浮かぶのは、あの綺麗な彼女。
レイ様は私を小さい時から私を探していたと言ってくれたけれど、でも、それなら彼女は?
………………それに………。
じくじくとした膿のように深い部分を侵食していくものが、悲しみなのか嫉妬なのか、あるいはそれ以外なのか分からないまま、目を伏せる私を後ろからホールドしたレイ様は、私の様子に気が付かないまま舌打ちを一つ。
「久しぶりすぎて反応が遅れた」
「ははは!ダメだなぁ。仮にも副団長だよね?それともなに、今の騎士団てそんなに落ちこぼれたの?ははは!!」
「………殺す」
明らかに隠そうともしていない殺気が充満し、騎士団にいるロルフはより敏感になっているのだろうか、静かにヴィオラを引き寄せて距離を取った。
色々と心中複雑なのだけれど、さすがにここでスプラッタは見たくない。いや、ここじゃなくても嫌だけど。
とにかくレイ様をどうにかなだめ、レイ様を挑発したいらしい紳士………もどき。を、彼から引き離す。
笑顔で問題発言をするところはアレンさんにとってもそっくりだ。
「ははは。やぁ、1番目の弟のお嫁さん。僕は長男であり現グルーフィン家当主、アーサー=グルーフィン。以後お見知り置きを」
「どうも………リィゼ=ミロフィーネです」
差しだされた手を握り返そうとすると、その腕ごと後ろの人に抱き直される。
困ったことに、困っているのに何故か嬉しい。もう末期だ。
と、そんな私たちをみてアーサーさんがまた笑う。
「おやおや、お熱いことで。いいなぁ、僕も混ぜておくれよ」
「死ぬと誓うか?」
「それはまだ無理だね」
全く表情を変えることなく、そしてそのどれもが楽しそうという、アーサーさん。
薄気味悪いと思ったのは私だけではないらしく、アーサーさんの後ろに控えて成り行きを見守っているモニカさんが眉をひそめて、少し嫌そうな顔をしていた。
そんな私たちに気が付いてか否か、アーサーさんは手を打って、皆の意識を己に向けた。
「まぁ冗談は置いておいてさ。わざわざ多忙な兄が可愛い弟達のためにはるばる、仕事のついでに寄ってあげたんだから感謝してね」
彼の形の良い口からこぼれ落ちる言の葉たちに、矛盾という名の違和感を感じたのは私だけじゃないはずだ。
その内容は言わずもがな、紳士然とした雰囲気に似つかわぬ暴言のオンパレード。
ヴィオラにいたっては完全にフリーズしている。
「さっさと要件を言え」
「はいはい。えーとね、要件というか、内容は父上からの注意勧告。ほんとあの人地獄耳だよねー。今日のリィゼさん誘拐事件についてだよ」
はい、とレイ様に彼が差し出したのは、10センチほどの厚さはあるであろう紙の束。
その一枚一枚に細かい文字が連なっていた。
「それを3人でじーっくり読んで、もう問題起こさないようにね〜。なんせグルーフィンの名前に傷がつくでしょ?ま。僕なら読まないでゴミ箱にぽーいなんだけどさ。はははは!」
なにがそんなに可笑しいのか。
本当にグルーフィンの人達はぶっとんでる。全員ぶっとんでるけれど、この人はもはやただの変人だ。
最初の紳士然、凛然とした空気はどこへやら。
もうここまでくればギャップとは言わない。ただの見た目詐欺だ。
嫌そうながらも書類の束を受け取った(押し付けられた)レイ様は、ため息を一つ、モニカさんに命じた。
「客室に人数分の紅茶。………それと、食事を」
顔だけで振り返って見えたのは、さっさと終われ、不本意だ、と言わんばかりに不機嫌なレイ様の顔。
……………ねぇ、レイ様。
私、まだ聞きたいことが沢山あるの。
呆れられるのは承知で、それでも、真実を知りたくて。
知らなければよかったと思うかもしれないけれど、無知でい続けるよりはいい。
私は、自分を抱きしめる暖かい手に、自分の手を重ねた。




