気付かぬ罪
むすっとした態度で立っているイオに、レイ様が目を向ける。
それに気がついたイオは、顔を下に向けて、バツの悪そうな顔をした。
「……………………イオ」
口を開こうとしないイオに向けたレイ様の声は、冷めきっていた。けれど、その表情は、何処か辛そうに見えた。
静まり返る廊下の中、名前を呼ばれて、顔をくしゃりと歪めたイオの様子に、胸が痛くなった。
「………俺は、一番下ってだけで、………両親に興味も持たれなかった……!」
ぎゅっと、丈の余った服を握りしめて零される言葉。
誰も何も言わなくて、ただ、イオの声と、衣擦れの音だけが響く。
イオを、あの時は怖いと思った。正気じゃないって。けど、今目の前に居るのは、同じ人なのかと疑うくらい、普通の少年だった。だからこそ、違和感があった。
……両親に、関心を持たれなかった……?だって、実の子でしょう?
私が何か言う前に、イオは頭を抱えるようにして顔を隠してしまった。
「………誰かに認めて欲しかっただけ…。……………けど、あの時にあった、あの子だけは、………俺を見てくれてたから……」
そう言って、手の間から目を向けたのは、私。
ぎゅっと唇を噛み締めて、なにかに耐えるように、縋るように、こちらを見ていた。
………なんで?なんで、私を見るの?
………………君も、私を知ってるの?………もしかして、イオは………。
「……っ…」
次第に声が震えだしたイオの言葉を纏めるのなら、こう。
魔術師一家の末子として生まれた彼は、少なくないにしても、兄達には叶わないほどの魔力しか有していなかった。
そんな末子には、一族の者はおろか、両親でさえも期待なんてしてなかった。
年齢を重ねていくうちに、幼いながらも、物心つく前には自覚してしまっていた。
自分は誰にも求められることがないんだと。
そんな中、転機が訪れる。あの少女の出現だ。
まだ幼い彼を、少女はとても可愛がった。他の兄弟と同じように見てくれた。
少年が、少女に憧れるまで、そう時間はかからなかった。
けれど、少女は少年の前から突然消えてしまう。2番目の兄と一緒に。
少年はまた、孤独に陥った。次第に、その寂しいという感情は、認められており、少女と共にいられる兄達への嫉妬になった。
自分がもっと努力すれば、あの子は戻ってくるかもしれない。生まれながらに恵まれたアイツらに渡してたまるものか。
そういった黒い感情に呑まれてしまった。
魔術の研究をして、魔力を枯渇させない術を見つける。幼き頃から持っていたその夢を、少女にしか話さなかったその夢を、一族や研究者に笑われたのもこの時期で。
時が経つにつれ、少女への恋心は薄れ、消え、いつの間にか、少年の中には『少女を手にすればアイツらに勝てる』という、歪んだものだけが残ってしまった。
イオのファミリーネームは、グルーフィンだったのだ。
イオが話し終えた時、彼の声は微かにしゃくりが混じっていた。
肩を揺らす彼は、とても痛々しい。
気がつけば私は、そっと手を伸ばしていた。
そして、その頭に手を当てて、ゆっくりと動かす。驚いた表情で目を見開いたイオが、直後に硬直する。
…………………なんで、忘れてたのかな。ずっと、一緒にいたのに。
「………イー君」
「っ」
びくりとイオの身体が揺れるのが分かった。
けれど、私の手を払うことはせず、されるがままになっていた。
私は、知らない内に、仕方なかったとしても、こんなにも人を傷つけてしまっていた。情けなくて涙が出てくる。
けれど、泣いていいのは私じゃないから。
何も言わずに、彼の頭を撫でていた。
………謝るのは、違う気がしたから。
されるがままにされていたイオは、しばらくして、鼻をすすり始めた。
しんとした廊下で、その音だけが響く中、皆がみんな、口を開こうとしなかった。
なのに。
「いやぁ、良かったですね、これで万事解決ですね」
と、満面の笑みで拍手をする一人の男。
長らくこの人と一緒にいたけれど、ここまで空気の読めなかった時はなかった。そのケはあったけれど。
ジト目で彼を見る私と、イオまでもを含む他のみんなが同じような目で彼を見たのは言うまでもない。
どうしたものか、と視線を動かした先で、レイ様がゆっくりと目を閉じた。
あー、もう。何なんだほんとにこの人達は…。
「………ねぇ、アレンさん」
「はい?」
手を胸の前で打ち付けた状態のまま、アレンさんはにこりとそれはそれは美しい笑顔で笑いかけてくださった。
そんな彼に向かって立ち、両手を腰に当てて、半ば睨むように見上げる。
「まだ私は疑問も沢山あるんだけど」
「………何でしょう?」
そっと手を下ろして、目を細めて微笑む麗しい彼。彼についても、大体の予想がつく。
「………アレッタ?」
ぼそっと呟いた私の呼びかけに、アレンさんは目を見開いて硬直した。
「………おや、覚えていらっしゃいましたか」
忘れていて欲しかったんですがねぇ、と頬をかいた彼は、一つ、笑顔のまま諦めにも似たため息をついて。
「………今まで黙っていて申し訳ございません。……私はアレン・グルーフィン。幼い頃貴女といた時は、アレッタと名乗っていましたね」
もう、今日1日でどれだけの驚きを体験しなければいけないのか。一生分は驚いた気がする。全てこのグルーフィンの男たちのせいで。
と、渋い顔をする私を見て、ヴィオラとロルフは顔を見合わせ、イオは唇を尖らせて視線をさ迷わせ。アレンさんは飄々と笑顔を浮かべ、レイ様がそっと近寄ってきた時。
カツカツと廊下を早足で進む音が聞こえた。それも複数。
そして、皆がその方向に視線を向けた時、廊下の先から現れたのは。
メガネをかけた無表情のロムさんと、珍しくオロオロとしたモニカさん。
そして、その二人の半歩前には、片手にビンテージのステッキを持った紳士。
彼が被っていたシルクハットを脱ぐと、はらりと前髪がこぼれ落ちた。
艶を帯びて銀色に輝く美しい黒髪に、金色の瞳。纏う色は他の3人と全く異なるのに、その面影は、どこか皆似通っていた。
彼が、現グルーフィン家当主である長男だと、彼の弟たち以外の全員が、直感した。




