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妖精との再会

 レイ様が私から身体を離して、口を開いた。

 ……ときに、タイミング悪く扉が開かれて。

 眉間にシワを寄せたリリックが現れた。


「……客室で待ってろと言ったはずだが」


 レイ様が眉をひそめてそう言うと、リリックは泣きそうに顔を歪めた。


「あんなイチャイチャしてる二人見てたくないんだよ…!!」


 と、吐き出すと、私とレイ様が座るソファの背にしがみついて、懇願した。


「頼む。上司ならアイツを止めてくれ。俺の精神がやられる。俺の可愛い妖精が汚れていくっ…!!」

「何言ってんのアイツ」

「さぁ?元々おかしな男ではありましたけどねぇ」


 黙っていたイオとアレンさんの言葉を完全にスルーして、私はリリックに飛びついた。


「妖精!?そ、それってもしかして…!!」


 リリックが『妖精』と称す人物は、私が知る限り一人だけだ。

 艶やかな金髪と、勝気そうな瞳の少女の面影が頭に浮かぶ。もう何年会ってないんだろう。何度会いたいと思ったか。

 私の勢いに押されたリリックはひっくり返り、それを見てイオとアレンさんが、あ。と声を上げ、レイ様はため息をついた。






 バン、と大きな音を立てて客室のドアを開く。

 その部屋はシンプルな家具がいくつか置かれただけの、質素な部屋だった。

 ドアを開けたらすぐに、ソファの背中が見え、その上から二つの頭が寄り添う姿が見えた。

 そのうちの一つ、小さい方が揺れ、こちらを振り向いた。

 長いまつげに彩られた、紫色の瞳。

 サラサラとした彼女自慢の金髪は、最後にあったときより幾分か伸びていることを除いて、変わらない美しさを保っていた。

 振り返った彼女は、ゆっくりと立ち上がり、それに誘われる様に隣の男も立ち上がる。

 レイ様の服を借りて着ているロルフが、そこに居た。

 彼がそっと優しげな笑みを浮かべて彼女の背中を押すと、彼女は頷いて、可愛らしい満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた。


「リィゼ…!!」


 記憶にある声となんら変わっていないその声に、一気に感動が押し寄せる。


「…ヴィオラ!!」


 近づいてきた彼女にぎゅっと抱きつくと、ヴィオラもくすくすと笑いながら受け止めてくれた。

 そして、突然真面目な顔をして身体を離して。


「もう、貴女ったら、何も言わずに行ってしまうんだもの。とっても寂しかったわ。かと思えば、二年前に居なくなったって聞くし。手紙も寄越さないで何やってたの!?」


 そう、早口でまくし立てた。


「ご、ごめんなさい………色々、あって」


 美人の怒り顔というものは、迫力が凄い。レイ様もそうだけれど、中々に恐怖だったりする。

 そして、かと思えば急にヴィオラは泣きそうな顔になった。


「……先日見つかったっていうから、来てみれば………今度は攫われたっていうし。……本当に心配したんだから………。………無事で、よかった……」


 彼女の大きな瞳が途端に潤み出したのを見て、慌ててヴィオラの手を握る。


「ごめん、ごめんねヴィオラ。私自身にもよく分かってないんだけど……」


 あぁ、どうしよう。何言っても言い訳になってしまう。

 何も言えずに口を閉ざしてしまった私の前で、そっと細い指で目元を拭ったヴィオラは、今度は花がほころんだように笑った。


「………いいわ。こうして無事でいてくれたんだもの」


 ふわりと揺れる金髪の髪も相まって、その笑顔は、紛れもない妖精のようで。


「……うん、ありがとう」


 私の目からも、涙がぽつりとこぼれ落ちた。






「……それで、その、もしかして……」


 一旦身体を離した私は、ヴィオラと彼女の後ろに立つ美しい男を見比べた。

 先ほど仲良く寄り添っていた後ろ姿から見て、何となく予想はつくけれど。

 私の言葉にふふ、とはにかんだヴィオラは、軽く駆けて、ロルフの腕に自分の腕をからませた。

 そして、頭をこてんと傾けて、彼の肩に軽く当てた。


「私、彼と婚姻したの」


 ほんのりと赤くなった頬に、ひどく照れくさそうな微笑み。

 言葉にも驚いたけれど、あの高飛車なヴィオラの、『恋する乙女』と言った様子に驚いた。

 そして、そのヴィオラの横で、己の腕に絡まるヴィオラの手に自分の手を重ねて微笑むロルフの表情にも、ぽかんと口を開けてしまった。


「本当はもっと早く嫁に行くつもりだったのよ?だけど、言い寄ってくる男は皆私の見た目だけで。1日一緒にいただけで頬を引くつかせて逃げるものだから、私、婚期を逃しちゃって……」


 まぁあの高飛車娘をよく知っている身からしても、並の男ならば尻に敷かれるのは目に見えている。

 見た目は凄く整っているから、そのせいでろくでもない男は沢山言い寄ってきたらしい。


「もう高望みできないなぁ、なんて思っていた時に貴女が居なくなっちゃって、なんか夜会で騒ぐとか、そんな雰囲気じゃなくなっちゃって…………そんな時に、リリックから騎士団まで荷物を持ってきてほしいって頼まれて」

「俺が一目惚れした」


 ヴィオラの言葉を引き継いでそう告げたのは、ヴィオラを愛しげに見つめるロルフで。

 ヴィオラは参った、という顔をしつつもとても幸せそう。


「最初は………あんまり良い印象なかったのだけど、何だか、よくわからないのだけど」


 結局、ヴィオラは彼のアピールに押され、好きになっていた、ということらしい。

 その互いに想いあっている様子に、微笑ましいと思う反面、羨ましくもあった。


「………(……私は、一方通行だからなぁ)」


 自分で思って、切なくなる。それに気付かれないように微笑んで、お祝いをのべる。


「おめでとう、ヴィオラ!」


 目いっぱい微笑んだつもりなのに、 ヴィオラは顔を曇らせた。


「………リィゼ?」


 ロルフから離れて私の前に戻ってきたヴィオラは、まじまじと私の顔を見て、怒りの表情を浮かべた。そして、私の後ろをきっと睨みつけて声を荒らげた。


「ちょっと、どういうことなのよ、エリィ!!」


 ……え?

 懐かしいその名前に、ふわりと笑う幼い少女の面影を思い出した。

 何となく振り向けずにいる私の横を通って、ヴィオラが後ろにいるであろう人に怒鳴る。


「幸せにするって言っていたって、リィゼのお母様たちから聞いていたけれど!?」

「………その名で呼ぶな」


 聞こえてきたのは、あの小さな少女の声じゃない。よく知った、男性の声。

 そっと振り向いた私の目に入ったのは。


「……」


 目尻を釣り上げて怒るヴィオラと、その前で目を逸らすレイ様の姿だった。


「……ヴィ、ヴィオラ。どういうこと…?エリィって、…」


 彼女の袖を引いて聞くと、ヴィオラは信じられないと言った顔をして振り返り、またレイ様を睨んだ。


「まさか言ってないの!?」


 美人に睨まれて、レイ様はバツが悪そうに手を首に当てた。

 それを見て、ヴィオラは重くため息を零す。そして私を振り返り、なんとも言えない顔をして、ロルフの横に戻った。

 「私も知ったのは最近だけど…」と呟くヴィオラ。

 戸惑う私が彼女を目で追っていると、肩を叩かれた。

 振り返れば、気まずそうなレイ様が。


「………先ほど言おうとしていたんだが……」


 そこで言葉を切ったレイ様は、私の後ろにいる二人に顔を向けて、「しばし待て」と告げると、私の手を引いた。

 されるがままに手を引かれて連れていかれたのは、レイ様の自室。

 そして、部屋のソファに座らされ、その横にレイ様も腰掛けた。


「………聞きたいことは山ほどあると思う。けど、まずは、俺から話させてほしい」


 …今気づいたことだけれど、彼は私といる時だけ口調が軽くなる。何となく、それが彼が安らいでるときなのかもしれないなと思って、淡く微笑んだ。


「………はい」


 しっかりと頷くと、レイ様は膝に乗せた私の手を握り、口を開いた。

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