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嵐が過ぎ去って

 イオが泣き疲れて、子どものようにアレンにもたれ掛かっているその一方で、リィゼの脳内は荒れ狂っていた。

 身体中を怪我しているレイ様を手当するべく駆け寄ったら、何も言わずに抱きしめられてしまった。

 仮にも、一方通行ながら恋する相手に抱きしめられているのだから、鼓動が早くなるのは当然のことで、顔も暑くなって仕方がない。

 けれど、そんな中で、私は後悔してもいた。

 レイ様を呼んでしまった。助けて欲しいと、願ってしまった。諦めようと思っていた矢先にしてしまったことに、自分で意志の弱さを感じる。

 ………やっぱり、好きなんだよね…。

 何度も何度も、心の中では呼んでいた存在。来てくれるはずないと、どこかで思っていた存在。

 でも、来てくれた。

 自分の為に、こんなにボロボロになりながら助けに来てくれた。申し訳ないと思いつつも、それだけでこんなにも嬉しいのだから現金なやつだと思う。我ながら。

 ただ、私はやっぱり素直じゃなくて、レイ様が来てくれたのは私の為じゃなくて、『クリスタ様に似ている私』の為なんだろうって、思ってしまう。

 …………嫌だな。自分で思ったくせに、勝手に落ち込んで。

 前はこんなじゃなかった。もっとざっくり、サバサバとした性格だったと思う。いつからこんなに面倒な性格になってしまったんだろう。

 じわりと浮かぶ涙を隠すために顔を上げられずにいると、抱きしめる腕が強くなった。


「………怪我、は?」


 とても小さな声で告げられた言葉は、一言ながらも私を心配してくれているのが分かるほどで。

 私は、首を振るのが精一杯だった。


「…よかった」


 そう聞こえた後、両頬を包まれて、顔をあげさせられる。思ったよりも近くにあった端正な顔が、僅かに微笑んでいた。

 その表情を見て、私の中の何かが溢れた。認めてしまったら辛くなる、そう思い続けていたくせに、いつの間にか自分の底に根付いてしまったそれ。

 一生伝えるはずの無かった言葉が、喉の奥に上がってくる。

 私が、伝えたら。レイ様は……困ってしまうのかな。


「レイ様」


 抱きしめられている状態から少し身体を離して、彼の目を真っ直ぐに見つめる。

 こうしてこの青色を見つめるのは、すごく久しぶりな気がする。


「聞いてほしいことが、あって…」


 絞り出した声は情けなく震えていて、段々と小さくなっていった。

 それを自分で聞いて、だめだ、と口を閉じてしまった。

 こんなに意気地無しだったかなぁ。

 項垂れる私を見て、レイ様はすっと口を開いた。何を言われるのかと身構えた時、バタバタという音と、何かを言い争う声が聞こえた。

 なんだろうとドアの方を振り返ると、レイ様に再び引き戻され、腕の中におさまる。

 また硬直する私の耳に、今度ははっきりと声が聞こえた。


「どこまで続くんだよこの階段!!」

「うるさい、黙って走れ」

「いや、体力の限界ってものがお前にはないのかよ…!!」

「王族騎士団の一番隊隊長をなめるなよ」

「どうせ俺は平隊員だよ…!!」


 意外と平和な争いをする二つの声には聞き覚えがあった。

 直ぐ近くまで迫った声に、顔を上げて確認しようとするも、レイ様に頭までもかかえられてそれが出来なかった。


「やっと着いた……!!」

「何故扉が大破している?」

「いや、大体分かるだろ……」


 どうにか顔を上げた私の目に、予想した通りの人が立っていた。

 扉に手を付いて息を整える茶髪の男性と、銀髪を揺らしながらイオとアレンさんの元へ近づく男性。


「……!リィゼ、無事だったか…!!」


 私と目が合った茶髪の彼が、満面に笑みを浮かべた。それを見て、私は驚きを隠せなかった。


「り、リリック!?何でここに……!?」


 ぜぇぜぇと肩で息をしている幼馴染みのリリックは、ジト目でレイ様を指さした。


「なんせ上司に招集かけられたもんで?まぁ人使いが荒いったらないわ」


 それを聞いて私がレイ様を見上げると、彼は私を一瞥して、直ぐに顔を逸らしてしまった。


「緊急事態だったんだ、仕方ないだろう」


 ぼそりと呟かれた声が、ほんのりと赤くなった耳が、どうしようもないくらい胸を締め付ける。

 私は、そっと気が付かれないように、レイ様の背中に腕を回した。


「で、こいつはどうするつもりなんだ?」


 完全に存在を忘れていた銀髪の彼の声に、慌てて振り返る。

 いつの間にか、イオは元の姿に戻り、アレンさんの腕で憮然とした表情を浮かべていた。その身体には、まだあの縄が巻きつけられたままだ。


「………ころ」

「ダメです」


 据わった目でイオを見ているレイ様が言い切る前に止める。

 ホントにそれは洒落にならない。それに私は無事だったのだし。

 しかし、レイ様は不満なようで。


「何故。死に値する行動だろう」

「ダメなものはダメです」


 それに、イオが言っていた兄という存在が、私の思う人ならば。尚更それはさせられない。確かめたいことも沢山あるのだから。

 じっとレイ様を見つめていると、彼はため息を付いて頷いた。私がほっと微笑むと、頭をぽんぽんと撫でられた。


「………殺してくれたっていいんだけど」


 掠れた声は、自嘲気味で。嘲笑の混じった顔を上げたイオは、私をじっと見つめた。


「それだけの事をしたってことだよ。対等だろ?」

「お前だけの命で足りるはずがない」


 対等、という言葉に反応したのは、レイ様で。吐き捨てるように言うと、私まで固まってしまうほどの殺気をイオに向けた。それを向けられたイオは、視線を外して項垂れた。その顔は、泣きそうにも見えた。


「…………ならどうすればいいのさ…」

「生きて償え」


 レイ様の声に、ハッとした表情で顔を上げたイオは、信じられないものを見る目でレイ様を見上げた。

 レイ様はしれっとしたもので、興味などないと言わんばかりに抑揚のかけた声で続けた。


「生涯をかけてリィゼに償え。お前の命などいらん。消してしまいたいが………」


 そこまで言ったレイ様は、そっと視線を下に向けて私を見た。その目は、やけに凪いでいて、それを見た私が笑ってしまった。


「………………………」

「……なら、それでいいな。とにかく、さっさとここを出るぞ。結構な音がしていたし、来る途中で占星術士どもが騒いでいた」


 銀髪の彼……ロルフが早口でそう言うと、アレンと共にイオに手を貸し、彼を立ち上がらせた。

 来たばかりでまだ心臓が暴れているのだろうリリックはげんなりとした顔をしていたけれど。


「大丈夫ですよ」


 フラフラとした足取りで立ち上がったアレンさんが、そう言って微笑んだ。

 部屋にいる全ての人が彼を向く中、アレンさんは扉に顔を向けた。


「人払いを頼んでおいたので」


 誰に、という箇所が抜けた言葉に、私たちが首を傾げていると、アレンさんは微笑んで「行きましょう」とだけ言って歩き出した。

 急ぐ必要はないけれど、長居は無用、ということらしい。

 けれどやっぱり腑に落ちない面々に、アレンさんはうーんと困った様に笑ったあと。


「入ってきてください」


 と、扉の方へ声をかけた。と、そこから現れたのは、まだ若い眼鏡の男性。思いもよらない人が現れた。

 あの時、私のせいで職を失った、ロムさんが立っていた。

 相変わらずの無表情で頭を下げたロムさんは、そっと眼鏡を直して。


「主人の命で、党の者達を地下へ向かわせました。地下への扉には鍵をかけましたので、急ぐ必要はございません」


 そう言って、部屋にいる全員を見渡した。その目がレイ様を捉えた時、彼はバツの悪そうな顔をして、もう一度頭を下げた。

 レイ様は、それを受けて一つ頷いただけ。

 それから、そっと腕を離して私を解放したレイ様が、私に右腕を差し出してくるのを、間抜けにも惚けて見ていた私は。

 一瞬の間のあと、慌ててその腕に自分の手をかけた。それを確認して、レイ様は歩き出した。

 それを見て、リリックやロルフも出口に向かう。

 言いたいことも言えていないし、彼の心は分からない。今回のことで縮んだと思える距離が、もしかしたら、想いを伝えた途端に離れてしまうかもしれない。

 ただ、今は言う機会を逃してしまった。

 胸の中に不安を隠したまま、腕から感じる温もりに安心感を覚えているのも事実で。

 私は、隣から注がれる暖かい視線に気が付かないまま、部屋を出る。

 しかし、大破した扉の前でレイ様に呼び止められる。

 首を傾げれば、彼は私の足元に視線を向けた。

 それを追って目線を下げれば、あ、と気がつく。

 そういえば、靴を脱いだのを忘れていた。さすがに裸足でこの破片が飛び散る地面を歩くのはキツい。

 どうしたものか、と扉と足を交互に見ていると、不意にレイ様が屈んだ。

 おや、と思った瞬間、肩と膝裏に力がかかり、ふわりと足が地面から離れる。


「っ、レ、!?」


 慌てて自分を持ち上げるレイ様の肩に腕を回すと、彼はクスと少しだけ笑って、歩き出した。

 あわあわとしている私の後ろで、リリックとロルフが何やら言い争っていた。


「ふむ。俺も抱き上げて運ぶべきか?」

「何をって言うなよ。っていうかアイツをこんな状況に追い込んだら殺す」

「お前に俺は殺せない。それに彼女を残して逝けるものか」

「俺はまだ認めてないからな……!!!」


 何のことやら全くわからないけれど、何だか楽しそうなので放っておこう、とレイ様に顔を向ける。

 すると、目が合った彼は、淡く微笑んでから、私の額にキスを落とした。


「無事でよかった。……遅くなってすまない」


 その声に、ドクンと高鳴ってしまう胸は、もう隠しようがなくて。

 何か言う代わりに、私はレイ様に掴まる腕に力を込めた。

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