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暴走

 知識として、禁術に踏み込んだ者が怪物になることは知っていた。ただ、不死身になるのは予想外だったが。これではどれだけ心臓を貫こうが死にはしない。むしろ、痛みすら感じないのではないか。

 さっさとリィゼを抱きしめてその存在を確かめたい。邸に連れ帰って、次こそは鎖で繋いでしまおう。しかし、その為にはコレをどうにかしなければ。

 サーベルを握り直し、イオと距離をとる。その瞬間、また足元に激流が沸き起こる。何とか回避したものの、飲み込まれれば一溜りもない。

 元から、火属性であるレイにとって、水属性のイオとは相性が悪い。しかし、今までは魔力の量により上回っていたが、考えるまでも無く、今のイオには叶わない。

 リィゼは論外。光属性らしい彼女は攻撃に向いていないし、そうでなかったとしても彼女にもう魔術など使わせない。あの日、そう誓った。

 頼みの綱はアレンだが、先程階段を上ることさえやっとだったのだから、今何を出来るわけもない。

 そっと視線をアレンに動かしたレイは、彼が床に何かを印しているのに気がついた。

 幸いイオはレイしか見ておらず、気がついていない。

 何をする気か全く分からないが、この状況では確かめようもない。

 とにかく、レイはイオの意識を自分に向け続けるために地を蹴った。






 一つ陣を書き終わると、そこは淡く紫色に発光する。これをあと3つ、イオを囲む様に描かなければいけない。

 最上級捕縛用魔法陣。ネクロマンサーは誰でも使えるであろうそれは、魔物を狩るとき、もしくは自分の死兵たちが暴走した時に使用するものだ。ただ、魔法陣の中央に、自分の一部を配置しなければいけないのが、最上級といわれる所以である。

 置くものは、髪の毛でも爪でもなんでも良いのだが、アレンは周囲を見渡して、ドアの破片を手に取った。

 鋭くなっている破片を自身の指に当てると、押し込むまもなく血がポツリと溢れ出した。

 それを一滴、魔法陣の中央に落とす。その瞬間、紫色の光が青白く変わった。

 それを確認して、イオとレイに顔を向ける。

 対峙する二人は、ジリジリとお互いの出方を探っているようだ。

 ただ、レイに至っては攻撃を仕掛けることなく、イオの繰り出す魔術を避けることに徹している。

 イオとは逆の方へ、なるべく音を立てないように移動する。

 適当な場所を探して、魔法陣を印す。これを2度繰り返し、あと一つ陣を書き終われば、と言うとき、アレンの足元を激流が襲った。

 イオが魔力を抑えきれずに暴走し始めたのだ。

 どうにか壁の石と石の隙間に手をいれて流されずに済んだが、足元は腰に届くくらいまでの激流渦巻く川になってしまった。破壊された扉から水が流れていくのを待っても良いが、それを待つ間に、3箇所に落した血が流れきってしまい、発動しなくなったのでは元も子もない。

 アレンは意を決して、息を止めると、水に顔を突っ込んだ。

 しかし、水に潜ってしまったせいでバランスを崩し、隙間から手が離れてしまった。慌てて捕まる場所を探すも、激流に呑まれてしまう。

 このまま流されて書きかけの魔法陣から離れてしまうのはまずい。

 水面に腕を伸ばすと、それを掴まれた。

 そして、思い切り上に引かれる。

 酸素を求めていた肺一杯に空気を吸い込んで顔をあげると、焦った顔をしたリィゼが、必死にアレンの腕を掴んでいた。


「アレンさん!大丈夫ですか!?」


 泣きそうな顔に頷いてみせると、彼女はホッと弱々しい笑みを浮かべた。


「リィゼさん、そのまま腕を掴んでいてもらえますか?」


 微笑んで告げると、彼女は困惑しながらも頷いて、腕に力を込めた。

 それを確認して、再び激流に潜る。レイがイオの意識を引き受けてくれている間に完成させなければ。

 どうにか歪ながらも魔法陣を書き上げる。

 後は血を落とさなければいけないのだが。

 仕方ない、とアレンは先程切った指先を魔法陣に押さえつけた。

 発動するかは賭けだったが、陣は青白い光を帯びた。

 そして、陣から2本の青白い線が伸び、隣り合う魔法陣と繋がる。

 それを確認してから顔を上げ、リィゼに手を貸してもらい、水上に上がった。

 部屋を見渡してみれば、一画に探す姿があった。

 サーベルを横に引いてイオの水撃を散らすレイ。彼はイオ越しにこちらに気がついたらしく、目を眇めた。

 そして、防戦に徹していた彼が、素早くイオの懐に入って腹を押すように蹴った。

 後ろに下がったイオが顔を上げた時には、レイが再び距離を縮めていた。

 サーベルの柄でイオの額を小突くように押し出し、バランスを崩す。

 そうして巧みにイオを陣の中心に押し込んだとき、4つの陣が水面に浮かび上がり、イオを中心に回転を始める。

 それを目で追っているイオに狭まるように縮んでいく魔法陣は、突如急激に狭まり、イオの動きを封じた。


「うぅ、うっ………ぅ………」


 ギリギリとイオを拘束する魔法陣の縄は、淡く発光し、紫から青、また紫へと変化していた。

 苦しそうに呻いていたイオは、ゆっくりと膝を折った。イオの呻きとともに、部屋を覆っていた水は徐々に笠を低くし、遂には水滴すら消えた。

 地面にくずおれたイオは、俯いてまだ苦しそうに呻き続けている。そして、アレンはあることに気がついた。

 イオの体から、鱗がポロポロと零れているのだ。

 そして、それが落ちたところには人の肌が覗いていた。


「……あの、魔法陣って…?」


 リィゼのおずおずとした質問に、笑顔を返す。


「最上級捕縛用魔法陣、ですがね。別名を魔力強制抑圧綱、とも言うんですよ。その名の通り、あの綱に捕縛されれば強制的に魔力を抑え込まれ、魔術が使えなくなります」

「そんなものがあるならこうなる前に使え」


 恨みがましい声が聞こえて、そちらに顔を向ければ、平然としていると思っていたレイはボロボロだった。

 服の至る所が切り裂かれ、血が滲んでいた。頬や首にも幾つか傷跡が見られた。


「おやおや、あの副団長様が、その有様とは思いませんでしたので」


 嫌味のように言うと、レイはため息をついて頬を伝う血を拭いとった。

 それを見たリィゼが慌てて台から下りてレイの元にかけて行った。


「怪我、見せてください」

「………」


 心配そうなリィゼが、そう言って服の裾を破り、レイを見上げた。しかし、それにレイは答えず、ぼうっとリィゼを見つめていた。


「………レイ様?」


 そして、呼びかけられた彼は、何も言わないまま目の前の少女を抱き寄せた。

 傍から見ても硬直しているリィゼを視界で捉えつつ、アレンはイオの元に歩み寄った。


「イオ」

「………………ア、レン……?」


 ゆらゆらと焦点の定まらない目をしつつ、イオは顔を上げた。

 何があったのか全く分かっていないような彼の頭に手を置いて、ゆっくりと左右にずらす。


「………すまなかった」

「………………、っ」


 ひと言だけ謝罪すると、イオの目から大粒の涙が後からあとから溢れ、零れていく。

 やがてしゃくり上げだした弟の肩を叩いてやれば、彼は首を振りながら呟いた。


「おれ、は……ただ………っ」

「………もういい」


 溢れる感情から何をしてしまったか、彼も理解しているのだ。

 何も言わなくていいと微笑むと、イオは数年ぶりに見た子供らしい表情で涙を零していた。

 それを見て、やっと、弟が帰ってきたと、アレンは静かに微笑んだ。

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