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魔力の蝋燭

 ミルクのような白色の、血だったものをケースに立てると、イオは私の方へすたすたと歩いてきた。

 咄嗟に身構える私を気に止めることなく、彼は私の隣に置かれた椅子を引いて、私と目を合わせるように腰掛けた。

 その顔には、人好きのする笑み。この顔が胡散臭いと思うのは首を絞められたからかしらね。


「ははは。大丈夫大丈夫。そんな威嚇しないでって」


 ジト目で睨んでいると、イオは楽しそうにカラカラと笑う。どうやらそんなの怖くないぞとでも言いたいらしい。

 ひとしきり笑った彼は、ひらひらと手を振ってから、肩にかけていたローブを横に払った。


「さて。君の魔力に関しては、結果が出たし、あんまり抜き続けててもアレだしね。見つかるまでの間、なんでも聞いてよ?」


 何でも聞いて、と自分の膝に肘を立てて頬杖を付いた彼。

 …………見つかるまでって、何が?

 胡乱な目を向けていると、彼はとっても可愛らしく笑って。


「リィゼちゃんってさぁ、表情豊かで見ていて飽きないね。………………兄さんがそばに置いときたい気持ちも分かるかも」


 何かを思い出すかのように目を細めた。その表情は、昔を懐かしんでいるだけに見えるけれど、細められた目の奥には、何か違う………もっと、強いものが宿っている気がする。

 それと、イオの言う『兄さん』って?

 そばに置いておきたい、人。

 ………………一人しか思いつかない。けど、そんなまさか。


「………兄さん、って?」


 なんでも聞いて、と言った割に何も答えないイオ。何も言わない代わりに、怪しげな微笑をプレゼントされた。


「質問に答えるんじゃないの?」

「何でも聞いて、とは言ったけどね。答えるとは言ってないんだな〜」


 ふふふ、と。とっても馬鹿にされた気がする。

 こんの、変態サディスト誘拐犯……!!人の血勝手に抜いておいて何なの…!?

 と、ふと気がつく。変態サディスト誘拐犯という言葉に引っ掛かりがある。

 変態かは知らないけれど、サディスト誘拐犯なら心当たりがあった。

 ………………冗談でしょ。

 冗談であってほしいが、全く笑えない。もしこれが冗談じゃないとしても、ならば幻聴だと聞き流したいレベルで信じられない。

 どうしようと思考回路が慌てて上手く動かない私を見て、イオは何を思ったか頭を撫でてきた。


「だいじょーぶだいじょーぶ。もう少しで分かるよ。だからほら、他に質問は?」


 ぽんぽん、と軽く私の頭を撫でた彼は、おどけた様に両手の平を上にむけた。

 何だかめちゃくちゃ癪に障るけれど、こうなったら焼けだ。


「アレンさんは?」

「死んじゃいないでしょ。今頃どうにか階段を上がるか下がるかしてるよ。きっと」


 その言葉が本当かどうかは分からない。けれど、それでも心なし安心した。


「……………屋敷のみんなは?」

「それはわからない。あの術者は俺じゃないからね」


 そうだった。アレを発動したのはアレンさんで、彼はネクロマンサーだった。

 さっき聞いておけばよかったと後悔するが、彼のことだから、酷な事はしていないはず。

 今のところ聞きたいのはそれくらいだけれど、期待に満ちた目で見つめられては、ないとは言えず。私は渋々と口を開いた。


「私の魔力って何が特殊なの?」

「よくぞ聴いてくれました〜!簡単に言っても、今までの常識を覆すくらいの問題なんだよ」


 あ、これは長くなるな、と直感で悟った。理由はイオの目がキラキラとしていたから。

 こう見ていたら人の首を締めてまで誘拐する人には見えないんだけどなぁ。

 と、呆れつつ頬が緩んでしまった私は、はたと気がつく。

 誘拐犯に対して何でこんなにフレンドリーにしてしまっているんだろう。危機管理能力がなってない。

 我ながら自分の楽観的思考に引いているのだけれど、危機感を全く感じなかったのだから仕方ない。

 何というか、ほとんど交流のなかった昔馴染みに会った気分。…………それにしても駄目だな、うん。

 うーむ、と唸っていると、目の前でパン、という破裂音がした。

 ぎょっとして、いつの間にか俯いていた顔を上げると、目の前に手。掌が合わされていることから、さっきの破裂音がこの手によるものだと理解する。


「ちゃんと聞いてる?」

「あ、うん…」

「はぁ………まぁいいけど」


 考え事に沈んでいたのを見抜かれてしまった。

 軽く羞恥を感じつつ、姿勢を直すと、イオはよろしい、と言うように頷いた。


「で。続きね。魔力っていうのは、よく蝋燭で例えられるのは知ってる?……そう。使えば使うほど、蝋は短くなって行く。魔力もそれと同じ。蝋燭自体を変えてしまうことは出来るけど、そのストックが無くなれば終わりだよ。魔力も、休めば復活するけど、本来の魔力含有量が切れれば終わり。一生魔力は使えなくなる。だから、先天的に魔力を持ってる人は、大体が壮年期で魔術師を止める。白髪になるまでやってるのは、ほとんどが後天的魔術師ってわけ」


 これだけの長さの説明をよくもまぁそんな早口で言えるものだと感心してしまう。

 身振り手振りを加えて説明してくれるから、とってもわかりやすい。先生に向いてると思う。

 私も2年間でアレンさんに魔術に関して習ったんだけど、と首を傾げると。


「アレは必要最低限しか説明しなかったみたいだから」


 イオの言葉に、どうしてと聞き返すものの、本人に聞いて、だそうだ。

 まぁそうだよね、と頷く私に、イオは続ける。


「ってのが、魔術師にとって常識だったんだけど、君がいた。作用する特定の条件はまだ分かってないんだけど、君は無意識的に発動してる魔術によって、標的の魔力含有量を消費することなく魔力を回復してたんだよ」


 難しいことを言われてもわからないのだけど。

 要はイレギュラーらしい。無意識的に行っているから、私は認識していないみたいだけど。


「魔力を意識してごらん?2年以上魔術に触れてるんだ。そのくらい出来るでしょ」


 と、言われても。私は魔術を発動すればするほど疲れる、ということしか知らない。自分の魔力と言えるものを見たのだって、アレンさんが持ってた水晶を使った時だけで。


「…………………どう、意識すれば」

「簡単なのは血流。自分に流れる血を意識してごらんよ」


 アドバイスをくれたけれど、もっと分からなくなった。

 血流とか言われても、私は医術的知識は皆無。血がどう流れているとか全く分からないのに、どう感じろと。

 むしろ、血が流れるのを感じ取れる人が居たのだとしたら、なかなか気分がよくないと思う。

 何も出来ず固まる私に、イオはため息。


「……当人が意識して発動できれば、俺もと思ったのにな」

「え?」


 ぼそっと呟かれた言葉は、私の耳にはちゃんと届かなくて、聞き返す。

 すると、何でもないというように首を振ったイオは、「どうするかなー」と天を仰いだ。


「んー。やっぱ、飲んだ方がはやいよね」


 ……………ん?飲む?

 なんてことないように言うけれど、目が笑っていない。そして、その目が映すものはまごうこと無く眉をひそめている私の顔。


「………何を?薬?体調でも悪いの?」


 目の前のこの男の体調が良かろうと悪かろうと私には知ったことじゃない。どうだっていいけれど、何故かしらね。物凄く嫌な予感。

 私の質問にニッコリと微笑んだイオは、すたっと立ち上がると実験机の前へ。そしてあの血液が溜められたフラスコを取り出すと、躊躇うことなく指を突っ込んだ。

 べっとりと赤が滴る指を持ち上げると、彼はそれをべろりと舐め上げた。

 瞬間、私は戦慄した。言いようもない気持ち悪さが背筋を登ってくる。ハッキリと言葉にされてはいないが、あれは十中八九私のものだろう。

 それを目の前で舐められた。ゾッとする以外の言葉が見当たらない。


「まっず」


 感想とかいらないし、それはそうだろうと思う。人の血を飲んで美味しいという人がいたら恐怖ものだ。

 というか血を飲んでいる時点で恐怖である。

 何度も言っているがもう一度いう。この男は私の血を飲んだのである。


「………何してるの?」


 割と本気で出てきた言葉は、揺れるでもなく真っ直ぐに目の前の男の鼓膜を震わせる。それを受けて、口元を拭っていたイオは。


「まぁ他の魔術師はしないだろうね。というか、出来ないか」

「答えになってないんだけど」


 答える気があるのかないのか、彼はフラスコを元に戻すと、近くにおいてあった透明な球体を取り出した。アレンさんが持っていたものと同じものだと悟った瞬間、イオがそれに手を翳す。


「それ……」

「ふふ、………見てて?どうなるかなぁ」


 彼の声は微かに震えていた。その震えは、どういった感情から来るものなのか。分からないまま、彼の低い笑い声を聞いていた。

 その笑い声に促されるかのように、中央からぐんぐんと赤く染まるそれは、まるで深紅の薔薇が咲き誇ったかのように見えた。しかし美しくも毒々しい薔薇は黒々と色を変え、やがて全てが闇に飲み込まれた。


「く、ろ…?」


 私やアレンさんは白や金などの輝く色に変わったその水晶。アレンさんはそれを人の魔力の色だと言っていた。

 なら、彼の魔力の色はこの禍々しい黒紅だということになる。それが何を意味するのか、今の私には分からない。けれど、良くないものだというのははっきりと分かった。


「わぁ………凄い、自分の血を飲んだ時より全然……はははっ!」


 戸惑いに揺れる私とは対照的に、イオは至極楽しそうに笑った。そして、「もっと、もっと」と呟きながら水晶に魔力を流している。その度に水晶の中では、嵐のようにグルグルと闇が渦を巻いている。


「足りない……まだ…アイツに勝つには……足りない……もう少し……」


 ブツブツと、何かに取り憑かれたかのように呟いているイオ。先程まで無邪気な笑顔を向けて私と会話していたとは思えないほどの変わりように、私は声が出なかった。

 やがて、グルグルと渦をまくだけで魔力の膨れ上がりが止まると、イオは深紅のフラスコに指を入れ、口に含む。そして手を翳し、魔力を膨れさせる。

 まるで自分の魔力に酔っているかのように、イオは水晶を凝視している。


「イオ?ねぇ、大丈夫…?」

「もう少し……もう少しだから………」


 魔力が膨れ上がらなくなると、血を飲み、また水晶に翳す。

 そして、膨張させるだけさせた彼の魔力は、ついに水晶の中から溢れ出す。霧のような気体となったそれは、水晶の上部から噴水のように零れ、机をおおい、やがて床へと零れ落ちた。

 それでもなお、ブツブツ呟きながら血を口に運ぶイオは、もはや正気ではないだろう。

 はじめの頃指で移していた血も、最後にはフラスコから流し込むようになった。それに伴って、霧は濃く深く立ち込める。

 足元まで迫ってくる闇色の霧に、戸惑い恐怖し、身体がカタカタと小さく震え出す。


「はは、はははは!!!凄い!増え続ける、まだ増える…!!ははははははは!!」


 彼の声の震えは、いつの間にか彼の全身に渡っており、それを見てやっと、震えの正体が歓喜によるものだと気がついた。

 その時には、私はじりじりと後退していた。硬い台座の上ではやはり限界があるけれど、できる限り距離をとった。本当は視界の隅に見えているドアまで走って逃げたいけれど、腰が抜けてしまい、それすら叶わなかった。

 イオが持つフラスコの中身はもう僅か。それがなくなってしまったとき、彼はどういった行動に出るのだろうか。

 今の正気の沙汰とは見えない彼の様子から察するに、諦める可能性は極めて低い。

 なら、考えられるのは。

 自分で思い当たった可能性に、私はごくりと生唾を飲み込んだ。

 血を、抜かれる。今度こそ、死ぬまで。

 そう本能的に悟った瞬間、私の身体に今まで感じたことのない戦慄が走る。それに続くように震え出す身体。

 どうしよう、どうしたらいい。

 そう考えている間にも、刻一刻とタイムリミットは近づいている。

 そう分かっているのに、パニックになった頭は正常に働かない。機能を停止して、私は目の前の儀式的な行為を二つの目で捉えるだけにとどまっている。

 そして、彼の手の中にある赤が、全て流し込まれた。

 見れば、黒々とした魔力の霧は台座の高さまで溢れ、私の足先を飲み込んでいた。

 ぞくりと、背筋が凍る。無意識に自身の身体を抱きしめるように肩を抱くと、じわりと涙がにじみ出てきた。


 怖い、怖い…!助けて、嫌…!


 涙で霞む視界に、こちらを振り返るイオの姿が見えた。

 どうしよう、ついに来てしまった。何も出来ないまま、この時が来てしまった。


 お願い、助けて、怖いよ……!誰か、助けてよ……!


 足をできる限り折り畳み、膝を抱える形を取りながら、頭を手で覆った。それでも、カタカタと揺れる身体のせいで恐怖は離れてくれない。

 こちらに伸ばされる手から逃れようと身を縮め、強く目を瞑った先で思ったのは、あの人のこと。

 好きって、気がついたばかりなのに。まだ、言えてないのに。


 もう離さないって、言ったじゃない。

 助けてよ、お願い、助けて………。


「レイさまぁ……!」


 ヒヤリとした温度が腕に触れた瞬間、身がすくむような破壊音がした。

 咄嗟に閉じた瞼を持ち上げた先に見えたのは。


 見るも無残に破壊されたドアに寄り掛かるようにして立つアレンさんと、


「リィゼ!!!」


 こちらに駆けてくる、レイ様の姿だった。

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