優しさに触れて
結局朝方まで寝付けないで、私は嫁入り当日にひどい顔をしていた。
鏡を見れば、わぁひどい顔と無意識にほざくほど。クマがくっきり、肌はパサパサ。
旦那様はさぞガッカリなさるだろうが、あなたのせいでもある。決して綺麗な意味でなく。
調子が悪いお肌にどうにか薄めのメイクを施して、今日のために繕ったドレスに袖を通す。そうすれば、それなりの見た目にはなる。
鏡の前で一回転、ドレスがふわっと翻るのを楽しんで、もう1度ドレッサーの前へ。ドレスに合わせて新調した髪飾りを、朝日にも似た赤みを帯びた茶色の髪につける。
濃い葉色の瞳の下には、クマがくっきりと浮かんでいたが、メイドの手腕により完璧に隠されている。
「……よし」
そうして自身を鼓舞して立ちあがると、丁度使用人が呼びに来た。
「旦那様がお待ちですよ」
その言葉にゆるく返して、荷物をあずける。
部屋を出ると、今まで共に過ごしてきた使用人たちが泣いて祝福してくれた。
……言えないわ、相手に問題アリかもなんです、なんて言えないわ。
私はそんな祝福に精一杯の愛想笑いを返して、廊下を踏みしめるように一歩一歩歩いた。
家の玄関をでると、大きな銀色の球体に金色の飾りがついた…今まで見た中で最も美しいだろう馬車が止まっていた。
馬も白い毛並みに金のたてがみ。細いながらもその四肢には無駄のない筋肉。…美人だなぁ。ここまで揃える必要あった?
戸惑いもここまでくると固まるしかできない私の前で、恭しく膝をおった人がいた。
言わずもがな、レイ様その人である。
彼は私の手をとると、その甲に口つけて、立ち上がった。そして、どこから取り出したのか、真っ赤な薔薇を差し出した。
「愛しい人に、贈り物を」
そう言ってくれるのは構わないんだけど。
照れくらい持って欲しかったかな。私ばっかり不甲斐ないわ。そう思いつつ、薔薇を受け取る。
「いきましょうか。足元お気をつけください」
手を引かれて馬車に近づく。にしても目に悪い馬車だな。
レイ様にエスコートされながら馬車に乗り込むと、私が座る隣にレイ様も腰掛けた。
扉が閉まると、馬車はゆっくり、しなやかに走り出した。
馬車って長時間乗り続けるとお尻が痛くなるものだけど、この馬車はクッションが素晴らしい。
大きく揺れて少しお尻が浮いても、ふわっと受け止めてくれる。背もたれも同様だ。
しかし、私は他のことに意識を取られていた。
何を隠そう、隣の方である。
ガッチリと腰元をホールドされ、これ以上ないくらいに密着している。
……お、落ち着かない。せめてもう少し離れて乗ってくれないかな。こんなに近い必要が一体どこに。
どうにか隙間を作ろうと身じろぎすると、彼は案外すんなりと離れてくれた。ほっとしていると、隣から視線を感じた。
「リィ」
艶のある低音で呼ばれて、ビクッとしつつ隣を見る。
彼は窓枠に肘をかけ、頬杖をついてこちらに顔を向けていた。サファイアブルーの瞳がじっと私を見て細められている。
「緊張してる?」
無感情な瞳が、無感情な声でそんなことを言うものだから、一瞬意味を理解できなかった。
こくりと頷くと、彼は私に手を伸ばして、指を私の髪に絡ませた。
長い指で私の髪を弄びながら、彼は何か考えているようだった。
しばらく髪を指に絡ませたり解いたり、髪を梳いたりを繰り返していたレイ様は、不意にその指を髪から頬に移動させた。
そして私の顔を自分に向き合わせると、少しだけ目を細めた。
「眠れなかったのか?クマができている」
くっきりと浮かんでいたクマは化粧で隠せているはずだが、何故わかった。
化粧を崩さないように目元に触れて確認する。が、分かるはずもないので、レイ様と反対の窓に顔を写す。
外がまだ明るくてよくわからないが、パッと見そんなにひどい顔はしてないはず。それは家でもチェックした。
……うーん、でも気が付かれたってことは、化粧が甘かったか。
ひそかに隠せてなかったことを残念に思っていると、ぐいっと肩を引かれた。
突然のことだったので簡単に体勢を崩した私は、レイ様の肩に寄りかかる状態に。
慌てて起き上がろうとするものの、肩に回っている手により徒労に終わる。
「俺の屋敷につくまで眠れ」
と、上から声が降ってきた。顔を上げると、深海色の瞳と目が合った。
「でも、悪いですので。お気持ちだけで」
そう言ってまた起き上がろうと試みる。が、またまた拒まれる。
「いいから、寝ろ」
これはあれだ、大人しく言うことを聞いた方が早いやつだ。と、腹をくくって、というか半分諦めて、体重をレイ様に預けた。
すると、彼が満足そうに笑う気配がした。
彼と会うたび、彼のことがわからなくなる。
寝不足に気がついてくれたのはどうして?先日、怖いと感じたのはどうして?
……私を選んでくれたのは、どうして?
色々な疑問と違和感を感じつつ、私は思った以上にしっかりした肩に身を委ねて、眠りに落ちた。