夢が見せる過去
黒いローブの男に抱きかかえられて、あせた茶髪の少女は震えていた。
皆帰れたのに。皆お母さんお父さんのとこに戻れたのに、どうして私だけダメなの?
知らない人に抱えられているということもあって、恐怖が少女の胸を占めていた。
やがて男はある部屋の前で立ち止まると、部屋をノックした。
返事が聞こえて、直ぐに男はドアを開けた。
涙に滲む目で少女が部屋を見回すと、その部屋には両親に、知らない男が1人と、小さな子供が3人。そして、よく見るとそのうちの1番年上であろう少年の腕に抱かれ、赤ん坊が安らかに寝息を立てていた。
両親を認めた少女は、無我夢中でそちらに手を伸ばした。慌てた母が抱きとめると、少女はその首に腕を回してしっかりとしがみついた。
母が少女をあやす中、父と先に部屋にいた男は顔を突き合わせた。
「先の説明の通り、娘さんは稀な魔力を持っています。是非養子として我が家に迎えたいのです」
人の良さそうな笑顔で提案した男に、父は対照的な渋い顔を返した。
「………そう簡単に差し出すことなどできませんよ」
いつも穏やかな父の険しい声を初めて聞いた少女は、びくりと肩を揺らし、それに気づいた母が宥めるように背をさすった。
「それは重々承知でございます。ですが……」
実はこのやり取り、少女が来る半時前ほどから平行線を辿っていた。
母にだかれる少女を一瞥して、男は気づかれないよう、僅かに嘆息した。
このままでは埒が明かない。それに、どうやらこの夫妻は余程我が子を大切に思っているらしい。どれだけの大金を提示しても断固として首を縦に振らなかったのだ。
「なら、こうしましょうか」
そう言って男は、部屋の隅で静かにソファに座っていた子供たちを呼び寄せた。
少年が2人に、顔の半分が前髪で隠れてしまい、どちらとも言えないのが1人。3人ともが黒いローブに身を包んでおり、長男に抱かれた赤子は、纏う布から判断すると、どうやら女児のようだった。
男は我が子らを示すと、人好きのする笑みを浮かべる。
「息子たちが大きくなったとき、娘さんもそれなりの年齢でしょう。もし娘さんが息子たちを気に入ったら、嫁として。どうです?」
少年たちはきょとんと首を傾げるだけであったが、それを受けた父は、妻に目配せをして、自らの宝物ごと、妻を腕に抱いた。
「…………もし、そうなったのであれば」
何度も断っているのに娘を譲れと言い、金を積めば手に入ると思っているこの男にいい気はしないが。他ならぬ娘がそう選んだとしたら、断る理由はないだろう。
渋々と頷いた父に、男は大きく手を広げると、これでもかという程にいい笑顔を浮かべ、父に礼を述べた。
「それで、どうです?親睦を深めるためにも、少しの間我が家にいては」
それは父へ告げられたが、誰と誰の親睦かは容易に想像がついた。ようは今のうちから子供たちを仲良くさせておこうということなのだろう。
「しかし…」
「あなた」
流石に断ろうと口を開くと、隣から待ったがかかった。
妻に顔を向ければ、穏やかな表情で微笑んでいた。目を見張っていると、妻はそっと腕の中の愛娘を見下ろした。
娘の腕はしっかりと母にしがみついているが、その顔はじっと一点を見つめていた。その先には、4人の子供。
なるほど、友達になりたいと思っているのか。
仕方ないと諦めにも似た笑みを浮かべると、父は娘の頭をその大きな手で撫でた。
そして、男に顔を戻すと、ゆっくりと頷いた。
懐かしい面影を夢に見た私は、瞼を持ち上げた。
何度か瞬きをすると、目尻から暖かいものが零れ落ち、頬を伝った。
幼い頃、病院だと思っていたあの施設。おそらく、あの青年が言っていた魔術を測定する施設なのだろう。
暗い部屋には知った顔が誰もいなくて、怖くて怖くて仕方なかった私を優しく抱きとめてくれた母の腕。安心させる様に頭を撫でてくれた、暖かくて大きな父の手。
大切にしてくれていた。
わがままばっかり言って困らせていたのに、それでも、溢れんばかりの愛情をくれた。
手で頬を拭うと、喉からひくついた細い声が出た。喉が痛い。そっと身体を起こすと、目の前にラピスラズリが広がった。
宝石だと思ったそれは、漆黒に映える星の群れだった。思わず手を伸ばすけれど、それは届くわけもなく虚空を掴んだ。
夢に出てきたあの少年たちは、いったい誰だったんだろう。とても見覚えがあるのに。
「やっと起きた?」
星を見つめていた私の耳に、するりと滑り込んできたよく通る声。
振り返れば、予想通り、イオが立っていた。
けれど、その顔はあの嫌な笑みを浮かべてはいなく、真剣な表情で手に持った細い試験管を振っていた。
赤い液体が半分まで入ったそれは、彼の前にある机にも2つあった。そのそれぞれから管が伸び、別のフラスコへと繋がっていた。
片方のフラスコには透明な液体が泡を立てており、もう片方は紫色で底に沈殿が見られた。
「んー。やっぱり少量じゃ分かんないかなぁ。魔力を調べるには血液研究が手っ取り早いかと思ったんだけど」
血液、と聞いて誰のと聞くほど落ちてはいない。直ぐに自分の身を確認すると、右腕の肘裏に布が巻かれ、僅かに赤く滲んでいた。
気を失っている間に抜かれたのか、と嫌悪感が湧き上がる。
「どういうつもり?」
「あれ?言わなかったっけ?君を調べるって」
彼は変わらず試験管を振りながら、もう片方の手で机に広げていた本のページを捲った。
「君の魔力は他者作用。何が原因で作用するか分からないけど、作用した相手の魔力はぐんと増える」
ひとり言のように呟く彼は、ページを捲り続ける。やがてあるページで手を止めると、試験管をケースに立て掛け、新しいフラスコを取り出した。そのフラスコには、試験管が約3本分はあろう量の赤色。まさかそんなに大量に抜かれているとは思わなかった。意識すると、途端に頭がくらりときた。
それよりも。
「魔力が、増える?」
倒れないように気をつけながら寝かされていた場所を確認すると、石畳の上に布が1枚敷かれただけの簡易な場所だった。通りで肩やら腰やらが痛いわけだ。ここで長時間は寝たくない。
イオは、私の質問に答えることなく、フラスコから血液を空の試験管に移すと、そこに何かの粉を振り入れた。忽ち赤かった液体が青くなり、もっと粉を入れると今度は白く変色した。
「おー。成功、かな?やっぱり君は光魔力をもってるみたい。でも、普通じゃないけどね」
そう言って彼はやっとこちらに顔を向けた。
その瞳は、新しいオモチャを見つけたかのように輝いていた。




