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決意と共に

 前を駆ける馬に乗る男の背を見つつ、黒毛の愛馬を駆り立てる。

 心得たとばかりに首をしならせて速度を上げる彼の鬣を撫でてやれば、嬉しそうに嘶いた。


「本当に合ってるんだろうな」

「ん?そりゃあ自信がなきゃアンタの案内なんかできねーって。間違ったら首飛ばされんだろ」

「首が飛ぶだけで済めばいいな」


 そこまでするのかよ、と顔を青くしつつ苦笑を浮かべる男を一瞥し、また前方に視線を向けた。

 イオの居場所を知ってるかと問いかけた自分に、彼女はこの男を紹介した。紹介と言っても、この男とは何度となく顔を合わせているのだが。

 嘶きが聞こえて後ろに顔をやれば、鬱陶しい銀髪を靡かせるロルフが白馬に跨っていた。


「何故お前まで来る」

「彼女が『リィゼを助け出すまでは帰ってくるな』とまで言うものでね」


 ロルフの言う彼女とはこいつの婚約者である金髪の彼女のことだろう。

 あの上から見たロルフがそこまでするとは、やけに入れ込んでいるらしい。数ヶ月の間に何があったのかは知らんが。

 と、何故か愛馬の速度が落ち、顔を戻す。と、その瞬間何かが顔の横を掠める。間一髪左に顔を逸らすことで逃れたが、頬にかすり、温かいものが伝う。


「うわぁ……マジか」


 苦々し気な男の声が聞こえ、すぐに剣を抜き放つ。それに続くように、男も剣を抜き、ロルフは背負った矢に手をかけた。

 身体を低くしながら前方を伺うと、5、6人の人の群れが見えた。ただ、様子がおかしい。皆、一糸乱れぬ機械的な動きで矢を番え、合図がないにも関わらず、同時に矢を放つ。

 それは放物線を描きつつ平行に並び、こちらに降り注ぐ。

 矢が当たる前に自分と男が剣で薙ぎ払い、彼らが矢を番える間にロルフが矢を射る。

 ロルフの放った矢は、距離があるにも関わらず1番左の人間に命中した。そのまま倒れたそれには目もくれず、彼らは再び矢を放つ。


「おかしいだろ…!仲間が殺られたってのに反応なしかよ!?」


 降り注ぐ矢を切り落としつつ、男が抗議する。

 その間に、ロルフは矢を2本手に取り、同時に放つ。見事、中央に位置する2人を飛ばした。


「人間ならば、反応しただろうが。生憎だな」

「…あー、そういう系?」


 徐々に彼らとの距離が狭まるにつれ、彼らの姿が克明に見えるようになった。

 ぼろぼろとこぼれ落ちる皮膚、何人かの目は抉れていたり潰れていたり、はたまた飛び出ていたりもした。衣服を身につけてはいるが、それはボロボロに破け、その間から見えた肉体は、内蔵が飛び出ていたり、そんなもの存在しないように潰れていた。

 そんなおぞましい動く屍体を見て、男はうげぇと顔色を悪くした。


「やはり、奴らの中にネクロがいるのは間違いないか」

「死体が甦るなんて、信じらんねぇけど……見ちまったもんはしゃあないか…」

「しかし、眉間に矢が刺されば死んでいるが。人とは二度死ねたのか?」

「いや、あれは動いてるけど死んでるぜ…!?」

「しかし、動かなくなった。一律して死んだという括りなのだから、生きていたのではないのか」

「あんたの感覚に恐怖なんだけど…!?」


 なんとも緊張感のない会話を繰り広げる2人を尻目に、レイは馬を駆り立て、屍体の中に飛び込んだ。そしてそのまま剣を振り、屍体の首を落とす。ぼとりと音を立てて転がったそれを蹴り、愛馬はスピードを上げた。

 それに続いて、後ろから二頭の馬が駆けてくる。


「急ぐ。とんだ邪魔が入った」

「アンタが思うほど遅れちゃいないけどな…」


 後ろを振り返りつつ顔を顰める男は、ため息をついて前に出た。


「あの森を過ぎたら、星見の塔が見える。イオはそこにいるはずだ」


 星見の塔。なるほど、そこならば普通の人間は近寄らないし、魔術師とてこんな郊外の、それも森の奥にあるそこまでわざわざ行こうともしない。何かを隠すには絶好の場所というわけだ。

 もう少し走れるか、という意思を込めて愛馬の首を叩くと、まだまだ行けるとでも言いたげに鬣を揺らした。

 ならば遠慮などいらない。レイは強く愛馬の腹を蹴り、スピードを上げた。後ろから抗議の声と静止の声が聞こえるが、構ってなどいられない。元は一人で行くつもりだった。あいつらを待つ気などさらさら無い。

 駿馬である愛馬には、いくら騎士団の良馬といえど追いつけはしないようで、少しずつながら距離が離れていく。

 思いを馳せるのは、リィゼ。

 連れ去られる直前に見えた、彼女の顔。泣いていたように見える。

 リィゼ。頼むから。

 俺のいない所で泣かないでくれ。

 俺の元から、居なくならないでくれ。

 必ず連れ戻すという決意を胸に、レイは剣を鞘に戻し、益々速度を上げる愛馬に捕まった。空はいつの間にか、茜色に染まっていた。






 まだ日は完全に沈んでないというのに、この部屋は燭台の灯りしか見当たらない。

 黒いカーテンは、そのまま光を跳ね返し、この部屋だけは昼夜ともに景色が変わらない。

 そんな1室の隅にある椅子に、脚を組んで腰掛ける。目の前では、少年のような彼がしきりに行ったり来たりを繰り返していた。

 今朝はヒステリックになって机を一つ破壊したというのに、彼は今や上機嫌だった。今までに見たことないほどの機嫌の良さに、気味の悪さを覚える。


「ふふふ、やっと手に入れた…!これで俺は、アイツに勝てる…!父上だって、認めてくださる…!!」


 行ったり来たりを繰り返しつつ、ぶつぶつと呟き、異様な笑みを浮かべる彼に、呆れを通り越して哀れみすら覚える。

 じっと見つめていたことに気がついたのか、彼はこちらを振り向いてニタリと笑った。


「なぁ、どうだ?最初はどうしようか。魔力は血液と共に全身を駆け巡る。ならば則って、血液を取り出してみようか?」

「彼女に危害は加えないはずでは?」


 内心焦りつつも、酷く落ち着いた声が出たことにホッとしつつ、彼を伺う。意表をつかれたように口を半開きにして固まった彼は、何をいまさらと鼻で笑った。


「攫った時点で危害は加えてる。それならば、何をしたって同じだ。血を抜こうが肉を剥ごうが、尊厳を踏みにじろうが今更だ」


 しまったと思った。

 この男がこういう者だと知らないわけがなかった。しかし、何度も何度も念を押していたから、大丈夫だと思ってしまった。しかし、こちらとて今更、はいそうですかとは引き下がれない。

 軽く睨むようにして口を開く。


「彼女の協力が得られなければ、貴方の研究など泡と消えますよ」


 いつもならば食ってかかるだろう彼は、しかしどうやら彼女を手に入れたことに酔いしれているようで、取り合うつもりは無いらしい。


「お前も落ちたな。それでは協会と変わらない」

「………………元々、私は協会の意見に反対してはいませんでしたよ。ただ、何も調べずに決定したのはどうかと思っただけです。決定にはそれなりの事実が必要。それを得られない限りは…」


 言葉の途中で、手を振って制される。

 面倒くさそうに、面白くなさそうに椅子に腰掛けた彼は。


「事実などどうだっていい。俺が欲しいのは俺に都合のいい結果だけ。アイツを越す魔力だけ」


 ぱちぱちと爪を鳴らして俯いた。

 それは、思考に嵌る彼の癖のようなものだった。


「……なぜそこまで魔力と彼にこだわるのです?」


 長年共にいたのだから、気がついてはいた。しかし、それを問いかけるのは無情であったのだ。


「なぜ、だと?」


 ぴくりと反応した彼は、狂気と憎悪の滲んだ目を向け、椅子から身を乗り出した。


「魔力があれば、俺はアイツを超えられる!俺の夢を笑い、不可能だと切り捨てた奴らを見返すことが出来る…!俺が上に立てる。俺が…!!」


 何度も言うが、彼をここまで追い詰めたのは、元をたどれば自分の行動にある。

 それを申し訳ないと思い彼と共にいたが、どうやらそれも潮時らしい。彼は本来の目的を見失ってしまった。

 魔力に囚われ、彼の夢であったものを見失い、彼が理想とした魔術師からは遠く離れてしまった。

 彼の夢、それを魅力的だと思った幼き自分は、贖罪もあるとしても、だから彼に付いてきた。

 彼の夢を笑ったあの人。そして無意識ながらも彼の望みを奪ってしまった彼ら。

 その全てへの恨みが、今の彼の原動力となっている。

 あの時の輝いていた彼はどこに行ってしまったんだろう。

 そっと立ち上がり、彼に背を向ける。扉を閉じる前に、振り返らずに彼に告げる。


「貴方は間違ってないはずです。だから、その過程を違えないでください」


 どうか彼に届くように、そう願い告げた言葉は、俯いた彼に届いたかはわからない。

 音を立てないように扉を閉じ、目を閉じる。

 何度か呼吸を繰り返し、ある可能性にかけて見ることにした。

 目を開き、階段を降りる。途中で階段が分かれており、その右側に進む。階段を降りると、長い廊下が続く。

 それを進み、たどり着いた扉を開く。両手を広げれば壁に着くほどの狭い部屋の中で反転し、扉を閉じる。2度ノックして、扉を開ける。先には、代わり映えのない廊下。けれど、進んだ先には五つに分かれた廊下。

 向かって右側に進み、たどり着いた部屋に入り扉をノック、また出て今度は一つ左の廊下を進み、部屋でノック、向かって左の廊下、次はその左、と5回同じ過程を繰り返す。

 面倒だと思うその過程の複雑さは、彼の意志。よほど彼女を逃がしたくないんだろう。

 その後、もう一度中央に戻り、2つ右隣の廊下を進む。

 その先の部屋のベッドでは、すやすやとあどけなく眠りこけるリィゼがいた。

 彼女の枕元まで行って、呼びかけながらぺちぺちと頬を叩く。

 うーんと唸ってから薄く目を開けた彼女は、何度か目を瞬いてから、飛び出そうなくらいに目を見開いた。

 そして、上半身だけがばりと飛び起きると、戸惑いに瞳を揺らした。


「え、な、なんで……ここに……?」

「お久しぶりです。リィゼさん」


 微笑んでみせると、彼女は不思議そうに眉を下げた。その表情の何とも頼りないこと。思わずクスクスと笑ってしまう。


「な、んで………アレンさん、が」


 その問いかけに、ふわりと微笑んでから、不意に真顔に戻す。

 空気が変わったことを察知した彼女は、そっと背筋を伸ばした。


「貴女を、逃がして差し上げます」


 おそらく、彼女を探して彼が動いているはずだ。

 非情だと言われれば否定はできない。どうぞ罵ってくれて構わない。けれど。

 もう自分には、この2人にかけるしかなかった。

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