重なる影
「私の知らないこと?」
怪訝に思ってひそめた私の眉をぐりぐりと押しながら、無邪気な彼は笑った。
「うん。リィゼ=ミロフィーネ。君、昔はどんな子供だった?」
「は?」
藪から棒に何を言うのかとますます深くなる私の眉間のシワをぐりぐりと伸ばしながら、彼は言葉を続ける。あの、痛くなってきたんだけど?
「普通とは違ったでしょ?突然知らない奴らに攫われそうになった事とか、両親に変な場所に連れてかれたりとか」
ね?と首をかしげた彼に、私は反応出来なかった。
確かに、両親に時々不思議な研究所みたいな所に連れて行かれた。あの、夢の中で見た子供たちがたくさんいた所。けれど昔過ぎてほとんど覚えていないし、病院か何かだろうと思っていた。
攫われそうになった事だってあるけれど、私とて一令嬢である。それくらい経験していてもおかしくないし、私以外の令嬢だってそうだろう。
この人がそんなことを気にするのはどうしてなのかしら。
ぐりぐりと眉間を押すのをやめた彼は、突然私の袖を捲った。
「!?」
二の腕までが見えると、彼はその一点を指さした。そこには小さく花びらが散ったようなアザがある。
それを示して、彼は私の袖を戻した。
次いで、彼は自身の袖を捲り、二の腕を私に示した。そこには、私のものと同じような形のアザ。
それを見て、え、と声がこぼれ落ちた。
「魔力検査の跡。魔力濃度や蓄積量、属性などを調べるため、魔力持ちは受ける決まりになっている」
淡々と告げられたその言葉は、さも当然と言わんばかりで、驚く間を逃してしまったように感じる。
そっと腕を押さえる。物心ついた頃からあったし、両親には生まれつきあると言われていた。それがまさか、検査のあとだったなんて。
似ているだけで、普通のアザだっていう可能性が消えたわけじゃない。でも、自信満々に告げる彼の前では極わずかになってしまうそんな可能性に縋ってみても虚しいだけだ。
「………だから?」
もういっそ開き直ってしまおう、と胸を張る。
大体、教わったのは最近だったとしても魔術を使えるのだから、生まれてからすぐに検査を受けていようとなんら不思議ではない。
「君は魔術が使えるんだって?」
「えぇ」
「属性とかわかる?」
「…」
自分で使ってるものもよく分かってない。アレンさんに教えてもらってないし。
彼は無言を正しく受け取ったらしい。やっぱりね、と笑って。
「君はね、光属性の魔術師なんだよ」
光属性。光ってるってこと?私。あら、実用的。燭台要らないじゃない。
「いや、そうじゃなくてね?」
エコだなとかなんとか考えていたのが伝わってしまったらしい。呆れられた。
「燭台に関しては火属性だから。光属性は、所謂白魔法使い。怪我や病気を治す能力に長けた魔術師のことだ」
へぇ。初めて知った。そっと手のひらを眺めるけれど、当然全くわからない。私が人の怪我を治せるなんて。
それならもっと早く使えるようになりたかった。小さい頃毎日のように怪我してたもの。お転婆すぎて。
「ただね、君の場合違うみたいだよ?」
なんだ、違うのか。じゃあ昔から知ってても仕方なかったのね。
て、そうじゃない。私の場合ってなんだ。
顔を上げてみると、好奇心があからさまに覗く目で見つめられた。
「君自身が治すんじゃなくて、それを他人に譲ってるんだ」
「は?」
再び情けないほど間抜けな声が出た。咳払いで誤魔化そうとするけど、どうだろう。手遅れかな。
「魔力持ちに作用してるんだよ。それも特定の魔術師にだけ。これはもう三千年前存在していた白魔女以来なんだよ。その時の記録から、特定の魔術師について、こう判断された」
息遣い荒く話す彼は、すっと立ち上がると、酔っているように、歌うように説明を続ける。
「元の魔術蓄積量が自分…つまり君より高い者。それが増えた時扱える技量のある者。そして…」
くるりと反転した彼は、急に顔から感情を消した。
「自分が選んだ唯一の者」
忌々しそうに吐き捨てた彼は、再び顔を背け、ステップを踏むように歩き出す。
「これらは協会の奴らが導き出した結果だけどね。でも俺は間違っていると思う」
「正しくない?」
私の質問に、彼は今度は振り向くことなく答える。
「あぁ。だって、連中は細かくは調べてないんだ。実験だって行ってない。そんなんで、記録から則るなんて馬鹿げてる」
ベッドの前に立った彼は、上に乗っていたハンカチを手に取って微笑む。
「君の能力が明るみに出れば、君を欲しがる魔術師はわんさかいるんだ。だから『特定の』、と条件を出した。危害が及ばないようにね。そして、ほとんどの魔術師はまんまと引っかかった。協会の発表ならと受け入れてしまった」
靴音が、やけに耳につく。
彼の言葉が理解できないわけじゃない。けれど、あまりに突然すぎた。人間の脳みそは情報量の多過ぎるものは受け付けないのだ。
よって、聞いている私には何か別の人の事を話しているように聞こえる。私は物語を聞かされているだけ、終わればレイ様の待つ屋敷に帰って、また腕を締められるんだ。今度こそ鎖付きかもしれない。
「わかる?協会としては君は脅威なんだよ。ほとんどの魔術師が君に傾倒してしまう。今まで協会が発表してきたことさえ、君の力を持ってすれば覆すことだってできるかもしれない」
どうだっていいけど、それを私に今言って彼になんの得があるのだろう。
私がそれを知ったからといって、彼に能力を移せと言われても到底無理な話である。知らないことって罪ね。
ふぅ、とため息をついたとき、彼の動きがピタリと止まった。そして、低い唸り声のようなものが聞こえた。
「けれど、俺は違う。『特定』何てものはなくて、誰だって作用される。ただ、何か条件があるだけ。選ばれた唯一なんてない。あるのは偶然の条件だけ。それを見つければ、俺は、俺はアイツを超えられる…!!」
一息で言い切った彼は、突如こちらを振り返って、大股で近づいてくると私の腕を掴んだ。
「痛っ!」
「お前があの時俺を選んでさえいれば、俺が一番だった。あんな落ちこぼれに負けるはず無かった…!」
「な、何を言ってるのか、わからない…!!」
突然変貌した彼の様子に、私がたじろいでいると、彼は私の腕を引っ張って立たせ、ベッドに放り込んだ。
その時ベッドの柱に腕を引っかけ、鋭い痛みが走った。
私をベッドに放ると、彼はドアノブを捻った。
「………せいぜい足掻きなよ。どうやったって君はここから出られない。アイツだって、助けには来ない。君にはここで、実験台となってもらうからね」
バタンと大きな音を立てて閉じられた扉を振り返り、嵐が去ったのを確認した。
熱を持った腕を見てみると、細い切り傷が走り、僅かに血が浮き出ていた。
ハンカチは持ってかれてしまったので、汚れてしまうと思いつつもワンピースの裾で拭う。
すぐに血は止まったけれど、周りが赤く腫れてしまった。もしや、と思い傷に手をかざし、魔力を手に込めてみる。しかし、ただ魔力を込めただけで、何の術式も魔法陣も呪文も唱えていないのだからするだけ無駄というものだった。
はぁとため息を付き、先程の彼の言葉を思い出す。
光属性の白魔法、特別、三つの条件、あの時選んでいれば、落ちこぼれ。
色々な言葉が頭を駆け巡り、しかし全く結びつくことなく深いところに積もっていく。
彼は誰?私を知ってるの?
思い出せなくて頭を押さえていると、ふと引っかかるものを感じた。
この疑問に、葛藤。私は経験している。
レイ様と婚約してすぐのとき。
彼の言葉に戸惑った私は、同じ疑問を持ったのではなかったか。
彼の言動と、レイ様の言動。どうしてか時々共通点を見つける。
どうして?
「………」
疑問を熱くなってきた頭の隅に追いやり、彼が消えた扉を振り返る。
何度試しても逃れられなかった部屋。
突然現れて諦めろと言う彼。
もう、わけがわからない。
パタンと身体を倒すと、ふかふかの布団に沈み込む。疲労の溜まった身体と、一気に多量の情報を入れた頭のどちらからも休めという指令が下って、私は心地よい睡魔に誘われるまま、一時の休息に入った。




