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 短剣を握りしめたロルフ=トラステッドは、肩から流れた銀色の髪を後ろへ払い、ニタリと笑った。


「あれだけ厳重に閉じ込めていた籠の鳥は他に攫われたのか?それとも、自ら他の籠に移ったのか?」


 分かりきっているであろうにも関わらず問いかけてくるのは、嫌味のつもりか。いや、つもりでなく嫌味なんだろう。この狸が。


「いいからここから出せ」

「それが人にモノを頼む態度か?」


 言葉を発する代わりにギロりと睨んでやれば、ロルフはため息一つして短剣を振り下ろした。

 それにより頭から腰までの蔦が断たれ、左腕が動かせるようになった。

 ロルフから短剣を借り、右腕の蔦を切り落とす。その間、ロルフは持っていた長剣でモニカとガフィクの救出を始めた。

 右腕が動くようになったところで、蔦で出来た繭から出ることに成功した。依然として剣に巻きついている蔦を短剣で落とす。剣どうしが触れるたびに甲高い音が鳴った。


「それやめろ。身が縮む。鳥肌が立つ」


 ロルフの抗議を軽く無視して蔦を落とし終わると、短剣をロルフに投げて返した。その時の非難がましい視線も無視し、周囲を確認する。

 死んだはずの男から伸びてきた蔦。それは異常な成長速度で、リィゼ以外の人間を捕らえていた。何らかの魔術であることは間違いないだろう。

 その男も椅子から消えている。死んだはずであり、右腕と両足を椅子に固定されていたにも関わらず、椅子だけがそこに残されていた。


「死者が動き出すなど有り得るのか」

「私に聞くな。魔術なぞ知らん」

「お前じゃない」


 ロルフに助け出されたであろうモニカに問いかけたのだが、どうやらこの男は余程構ってほしいらしい。


「有り得るか有り得ないかで言えば、有り得ないとは言いきれません」


 リィゼがいた場所を振り返り顔を歪めたモニカの腕からは、赤い液体がとめどなく流れていた。


「と、いうと?」

「ネクロマンサーという術師を聞いたことはありませんか。彼らは死者を甦らせ、自らの意思のままに動かせるのです」

「ネクロマンサー…。だが、この国では絶えたはずだ」


 古来からネクロマンサーは存在していた。それは歴史書にも記録されており、魔術師の一員として認められてもいる。しかし、それを職とした者はこの時代には残っていないはず。

 それは、死者を甦らせ意のままに操るには莫大な魔力を要するからで、それほどの魔力を蓄積している者は、時が流れるにつれ数を減らし、今は絶したと言われている。


「隠れていた、ということも考えられます」


 モニカの声は、確信を得られないながらもそう確信しているようだった。しかし。


「死者を甦らせるにしても、その場にいない者にそれが出来るのか?」

「………ネクロマンサーの能力については、未知が多いので…そこまでは…」

「そうか。………まぁ、それはこの際良しとして、誰がそれを行ったかだな」

「目星でも?」

「そうだな、ある程度は。しかしその前に一つ」


 ガフィクを助け出した後、短剣を布で磨きつつ質問してきた男に目を向ける。


「お前、何故ここにいる?」


 その問いかけに、ロルフ以外の視線が彼に集まる。それを受けて、待っていたとでも言わんばかりに頬を吊り上げたロルフは。


「なんてことはない。婚約者の友人に会いに来ただけだ。そうしたら、やけに屋敷内が静かだったんでな。ここまで降りてきた」


 と、宣った。

 それによって場が不自然に静かになったのは言うまでもないが、一体この男は何を言っているのか、頭でもイカれたか。


「なんの話だ」

「ふん、知りたければ来い」


 髪を後ろへ払いつつそう言ったロルフだが、今はそんなことどうでもいい。

 ロルフが婚約したとて、それについて何を言うこともないし、そいつが自分を友人と言っていようがどうだっていい。

 そんなことより今はリィゼだ。レイは懐に手を入れ、コンパスを取り出す。しかし、それは方向を示すどころかぐるぐると回り続け、全く仕事をしていなかった。

 隠すことなく舌打ちをし、それを戻した。

 焦っても仕方が無い、と、落ち着くためにゆっくりと息を吸う。それから、自身のつま先を睨みつつ、考えをまとめる。

 ネクロマンサーが本当にいるかは置いておくにしても、死体にリィゼがどこかへ連れていかれたのは間違いない。

 そして、それをする必要があるのは、自分が知る限り1人しかいない。しかし、そいつが根城としている場所を知らないのだ。今までの交流の無さが仇となった。


「友人でも興味が無い、と。どうやら本当に彼女以外に興味が無いらしい」


 ロルフが呆れたように呟いたその言葉に、ふと引っかかる。

 彼女以外に興味がない。ここでいう彼女とはリィゼのことで間違いないだろう。リィゼ以外、となると、その友人とは女か。

 まさか、そう思いロルフを振り返る。


「ロルフ、お前の婚約者とは誰だ」


 突然興味を示したからか、ロルフは僅かに目を見張り、ドアへと向かった。

 名前を教えてくれればそれで事足りるのだが、どうやらロルフは婚約者に合わせたいらしい。

 ここでグダグダと口喧嘩するより、大人しくついて行って己の目で確認した方が速い。

 ガフィクにモニカの腕の止血と手当てを命じてから、前を歩く銀髪を追いかけた。

 入り組んだ地下を進み、3階の自室前に戻り、それから応接間へと向かった。

 金のドアノブを捻り、扉を引くと、ソファに誰かが座っているのが見える。

 こちらに背を向けて座っているため、ソファの上から金髪だけが覗いていた。

 その艶やかな色を見て、やはりと目を細める。

 紅茶の入ったティーカップを手に振り返ったその顔には、見覚えがあった。


「お久しぶりね、元気にしてたようでなにより」


 その高飛車な口調にも覚えがある。

 まさかこいつがロルフの婚約者か、と驚きはするが、まぁ似合いなのではなかろうか。

 軽く微笑んで頷き、そのまま本題に入った。


「アイツの……イオの居場所を知っているか?」






 ぜぇぜぇと日頃の運動不足が祟り、息が上がってしまった。

 それでも早鐘を打つ心臓を宥めつつ先に進む。

 そして長い長い廊下を進んだ奥には、もう12回目にもなり見慣れた扉。

 開けなくても先に何があるのか分かっている。というか、どのような部屋に通じるのか分かっている。

 細長い部屋で奥にはベッド、その前にソファ、絨毯。そして扉を開けて答え合わせ。した瞬間思いっきり閉める。


「だあー!!もー!!!」


 扉に背を預けて深呼吸する。もういい加減イライラしてきた。


「なんっでこの部屋に着いちゃうのよ!?」


 最初にこの部屋で目覚め、そして出たあと、五つに分かれた場所で右隣の廊下に進んだのだが、長い廊下がまた続いており、そして奥までたどり着いたと思えば、そこは外へ出る扉でもなく、上や下へ続く階段でもなく、出たはずのあの部屋だった。

 まさかと廊下を戻って右隣の廊下を進んだ。それでも辿りついたのは同じ部屋。

 そんなわけが無いと思いつつ、にわかには信じられず、というか信じたくなくて、持っていたハンカチをベッドの上に置いてから外へ出た。

 それからまた戻って隣の廊下を進んだのだが、たどり着いた部屋のベッドには、先程置いておいたハンカチ。

 そんな馬鹿な、と残る一つの廊下を進んでみたが結果は同じ。気がついた時には呆然とした。

 もしかしてパターンがあるのでは、と何度かバラバラに廊下を選んで進んでみたが、何度やっても変化なかった。

 ぜぇ、はー、と荒い呼吸を繰り返し、深呼吸。そしてまた廊下を戻った。

 いい加減にしてよ、何なんだこれは。脱出不可の迷路か!

 憤りを感じつつ、今度は向かって左の廊下に。

 ずんずんと歩き続け、扉を開けて、私はへたり込んだ。

 なんだって言うんだ、ほんとに。私が何したっていうんだ。せめて誰か何か説明しようよ。

 疲れて動けない。もう誰も見てないし床に寝転んでしまおうかな、と思ったとき、クスクス笑いが聞こえた。


「そろそろ諦めなよ。歩くだけ無駄」


 ガバっと起き上がった私がその少年のような声の主を探すと、彼はベッドの上にうつ伏せに寝転がり、頬杖をついていた。

 楽しそうにクスクスと笑っているその人は、見た目では年下のように見える。しかし、その目には無邪気さに似合わない陰りのようなものが見えた。


「どういうこと?」

「ここは魔宮だからね。決まった手順を踏まないと出られないよ」


 薄々手順があることは気がついていたけれど、不思議なのは、彼が一体どこから入ってきたのかということだ。


「ふふ。ね、ここの方がよっぽど籠じゃない?ここまでしておけば、レイも逃げられることなかったのにね」

「レイ様を知ってるの!?」


 思わず問いかけた私に、ベッドの上の彼は喉の奥で笑った。


「うん。よーく知ってる。…君のこともね」


 最後、声が下がって告げられた言葉に、背筋がゾッと冷えた。

 その感覚は、レイ様のあの目を見た時と似ていて、私はゴクリと唾を飲み込んだ。

 ベッドから降りた彼は、やけにゆったりした足取りで近寄ってきて、私に視線を合わせるようにしゃがみ込んで。


「君自身の知らないことですら、知ってるよ?ね、リィゼ?」


 にこり、とそれはそれは無邪気に微笑んだ。

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