迷宮の館
蔦はそれ一本一本は容易く切り落とせるものの、束になってしまうと強度を増し、刃を通さなくなっていた。
それでも目の前で倒れたリィゼの元に行きたい一心で蔦を切り伏せていたが、剣を持つ右手にまで巻きついてきた。
巻き付いたものを千切りつつ剣を振り回すが、数で勝るそれはじわじわと足から上に上がってきた。
遂に剣自体が蔦に飲み込まれ、必死に抗うも虚しく、視界はどんどんと暗くなっていく。
「リィゼ!!」
呼びかけても返事はなく、ぐったりと横たわる彼女。
今は遠いあの日、守ると誓った。自分の元において離さないと誓った。なのに。
「リィ、ゼ…!」
やがて四肢の自由が奪われ、視界が蔦に覆われる。一瞬だけ見えたリィゼの頬は、濡れて光っているように見えた。
腕に力を入れる。僅か、少しでも剣が振れたら。
しかし、意思に反して剣はピクリとも動いてくれない。
「………、く、ぅ」
繭のように己を閉じ込めるそれは、閉じ込めただけでは満足出来ないのか、徐々に身体を締め付けていた。
蔦に飲み込まれる寸前、呼吸ができるよう顔は守らねばと腕を翳したのだが、それですら締め付けられており、紅く蔦の筋ができ始めていた。
何とかして、ここから出なければ。
しかし、剣は使い物にならず、モニカたちは横で自分と同じ状況にある。
魔術で眠らされた使用人たちは魔術の副作用で熱を出していたため休ませてしまった。
つまり、この状況では助けなど来るはずもない。
………かくなる上は、もう。
呼吸一つで心を決め、剣を握る手に意識を集中させる。遠い昔に使ったきり、今でも使えるかなどわからない。しかし、もうこれしかない。
目を瞑り、ギリギリと締め付ける蔦に抵抗することもなく、右手に集中する。
頼む、間に合ってくれ。
ギリ、と歯ぎしりをした時、不意に閉じた瞼の外が明るくなった。
それに導かれるまま目を開けると、そこには。
「なんだ、情けないな。グルーフィン。婚約者をみすみす攫われたか」
短剣を握りわざとらしく笑う、同僚ロルフの姿があった。
目を覚ますと、そこは全く知らない場所だった。
空色の天井。手触りのいい柔らかいシーツにベッド。
身体を起こすと、ズキズキと痛む頭。
くっそ、やっぱりなんか薬でも使われたのか。
しかし今日は色々ある1日だ。朝からレイ様の甘い空気に触れ、昼前には誘拐されそうになり、今まさに誘拐された。ふぅん、なるほど、退屈しない人生ね、って。冗談じゃない、私が何をしたっていうの。いい加減にしてよ。
何事にも節度というものがある。1日に起こる量としてはキャパオーバーだわ。
頭を擦りつつベッドから降りて、部屋を見回す。
部屋は不思議と長細い1室だった。
奥には私が寝かされてたベッド、その手前にはひとりがけ用の椅子。丸い絨毯が敷かれ、そして木製のドア。
変なの。建物と建物の間に無理やり作ったみたいの変てこさ。
とりあえずドアまで歩き、扉を開く。
鍵でもしてあるのでは、と思ったけれどそれは易々と奥に押すことが出来た。
ほっとしたのもつかの間。さっさとここから出なければ、何をされるかわかったものでない。
心当たりがないから余計に怖い。
ドアから外に出て、周辺を見回す。けれど、左右には壁があるだけ。ずっと一本道の廊下が奥へ続いているだけ。どうやら眠っている間に時間が経っていたのか、廊下には燭台が灯されているけれど、長い廊下の奥は漆黒。
ちょっぴりホラーだわ、と思いつつも壁伝いに前へ進んでいく。しかし、その廊下は思ったよりも長かった。
これ、途中で誰かきたらどうしよう。
そんな不安に駆られつつ歩を進めていくと、開けた場所に着いた。
そこは丸くなっていて、私がきた廊下以外にも四つ、それぞれ廊下が伸びていた。
しかしその他には何もなく、どうやらこの廊下のどれかが外に続いているらしい。
ため息を付きつつ、今は足音が聞こえないのだし、きっと見つかる前にたどり着けるはず。
そう自分を勇気づけて、私は今来た廊下の右隣の廊下を進むことにした。




