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本当の使い道

 レイ様の胸の中で目が真っ赤になるまで泣いたあと、めちゃくちゃスッキリした私の顔を見ると、レイ様はポンポンと私の頭を撫でてから立ち上がった。

 そして私をベッドに座らせると。


「片付けてくるから、此処で待ってて」


 何を、と聞かなくてもわかってしまった。簡単に考えてあの男だろうな、というのもあるが、彼の目が据わってるからというのもある。

 確かにめっちゃ怖かったし、なんなら命の危険すら感じたけれど。

 しかし、だ。

 この状態のレイ様をほいほいあの男の前に差し出した時を考えてみよう。

 確実に殺される気がする。あっちが。

 なんせ騎士である、深く追及せずとも、今まで何人かを手にかけてるのは予想がつく。

 しかもあの性格。自分を高く見るわけじゃないけれど、レイ様には大切にされてる自信がある。例え私の奥にクリスタ様を見ているとしても。

 …………うわぁ、なんか自分で言って暗くなってる私、めんどくさい。

 とにかく、彼をほっとくのはどうだろうか。別に私は聖人君子じゃないし、あの男のことなどどうでもいい。ありがちだけれど、私のせいでレイ様の手が赤くなるのは嫌なのだ。

 ………手遅れな気もするが。


「あの、私も行きます」

「何故」

「…被害にあったのは私なので、私にも彼を裁く権利はありますよね」


 絶対却下されると思ったけれど、意外にもレイ様は頷いてくれた。やや呆れてはいたけれど。

 レイ様の近くに駆け寄ると、モニカさんが扉の前で心配そうに見つめていた。

 彼女に大丈夫と微笑むと、彼女は仕方ないな、と言うように私の肩にストールを掛けて、後ろをついてきた。






 この邸のことは知りつくした、と思っていたけれど驚くことに全然だったらしい。

 まず地下があるなんて知らなかったし。

 レイ様の自室の前の廊下には大きな世界地図が飾ってあるのだが、それを捲ると小さな鍵穴。それにレイ様が鍵を差し込むと、カチリと音がした。壁を押してみると、人ひとり通れるくらいの隙間が出現。どうやって作ったのかと聞きたくなるほどの精巧な隠し扉。

 真っ暗なその先は下に続く螺旋階段になっていて、それをひたすら降りていく。

 モニカさん曰く、地下に通じる場所はこの階段しかなく、地下に降りる為にわざわざ三階まで登らないといけないということだった。

 それほどまでして、何を隠したいのやらと若干寒気がしたけれど、隣のレイ様はしれっとしたもの。この人に聞いても教えてくれないだろうなぁ。

 階段を降りていると、下から少し橙色の光が見えた。降りきると、そこは壁がむき出しの広い廊下だった。橙色の正体は、等間隔で壁に取り付けられた燭台が灯す火の明かりだったよう。

 レイ様が右側に向かって進む。歩くたび、カツンカツンと嫌に大きく聞こえる靴音。なんだか不気味だと思う間もなく、悲鳴が聞こえた。

 ひっ、と声を飲んでレイ様の背中にしがみつくと、彼は何故か嬉しそうに頬を緩める。いや今喜ぶところじゃない。


「ガフィクだな。手加減してるといいけど」


 私に優しく微笑みながら言う言葉じゃないと思いつつ、何に対して手加減なのかと問いただしたい。しかし聞くなと私の本能が叫んでいる。なんで来たんだろう私。いや、落ち着け、私。

 靴音が響く中、悲鳴がどんどん近くなり、やがてレイ様は一つの扉の前で止まった。

 その扉を開けると、彼は僅かに首をすくめた。

 レイ様越しに中が見えてしまった私も、うわぁと声が漏れてしまう。

 その部屋には一つの机と椅子、そして戸棚が壁際に一つしかなかった。

 その椅子にあの男が文字通り縛り付けられており、前の机にはガフィクさんが腰掛けていた。

 男は頭だけをだらりと前に垂らし、生きているのか死んでいるのかすらわからない。

 私たちに気がついたガフィクさんは、無言のまま机から離れ、レイ様にお辞儀をした。


「吐いたか?」

「いえ、何も。うわ言のように『あの方が』と繰り返すばかりで」

「温い」


 ガフィクさん、レイ様の前ではちゃんとした敬語使えるんだなぁと場違いにも思っていると、隣の男が動き出す。

 かつかつと男の前に移動したレイ様は、男の髪をむんずと掴んで強制的に顔をあげさせた。

 それにより、男の顔が顕になり、私は顔から血が引くのを感じた。

 それは、襲われた時に見た時と同一人物かと疑うほどに変化していた。

 額と左頬からは血が流れ、右頬は赤く腫れ上がり、鼻はあらぬ方へ曲がっていた。

 その顔を見て、ふんと鼻を鳴らしたレイ様は、何を思ったのか目の前の机にその男の顔を思いっきり叩きつけた。

 ぐぇ、という声が聞こえて、男の身体がびくりと跳ね上がり、そして動かなくなった。

 え、嘘。もしかして死ん…!?

 私があわあわと取り乱していると、男の肩がびくんと跳ねた。

 あ、よかった生きてた。………生きてたけど、あれは良くないかな?

 ひーひーと喉を鳴らす男の顔をまた強制的に上げ、レイ様は悠然と微笑んだ。


「何か言う気になったか?お前の名前は?何の目的で?誰に言われた?」

「たすけ…」

「聞いていない」


 ガン!再び打ち付け、今度は間を置かず顔を上げさせる。

 鈍い音が鳴った瞬間、びくりと肩を竦めて目をつぶってしまったのはしょうがない。私はそういうものを好むズレた感性は持ってない。


「どうだ?」

「俺、は……いえ、な……」

「まだ足りないか?」


 また叩きつけるのでは、と止めようとしたが、レイ様はため息をつくだけ。

 そして男の髪から手を離すと、隣にいたガフィクさんに手を差し出す。そして、ガフィクさんは迷うことなくアイスピックのようなものをレイ様に差し出した。

 それを見て、お父様を思い出して、顔が引きつった。

 昔、お父様が読んでいた書物をこっそり見て泣いたことがある。確かあれは、拷問器具の本。それに載っていた五寸釘、というものに似ているのは気のせいかしら。

 というか、今考えてみてもどうして父様はあの本を読んでいたんだろう。なんとなく、嬉々として読んでたから、趣味って気がするんだけど、それはなんか、どうなんだろう。

 そういえば、家の物置には何に使うのか分からないものが沢山あったし、使われた形跡もなかったけれど、アレってもしかして……。

 私が父様の趣味を嘆いている間、先の鋭い釘を見た男の目が恐怖に歪む。なるほど反応からして五寸釘なのね、うん。間違ってて欲しかった。


「ひっ、た、たすけ、っ……!」


 ガタガタと椅子を揺らして逃げようとするものの、がっちり固定された彼の身体はなす術なくガフィクさんに押さえつけられた。


「黙れ。利き手は?」


 レイ様が冷たい声で問うものの、男はパニックになりなんとか逃げようともがき続けている。

 すると、レイ様は五寸釘を一瞬にして男の鼻先に突き立てた。


「黙れと言った。利き手はどちらだ?答えなくば、わかるだろう」


 ひぃ、と震え出す男は、しかし鼻に釘が食い込み、そこから血が流れるのを見て、小さく「み、ぎ…」と呟いた。


「そうか。なら先に左を」


 レイ様はすっと五寸釘を引いて、ガフィクさんに手を振って合図する。

 それを受けたガフィクさんは男の左手を椅子から外し、机に押さえつけた。

 男の方は、これ以上ないくらいにガクガクと震えだし、自分の状況を把握しようとしているようだった。

 そして私は、といえば。

 あまりの恐怖に動くことが出来なかった。そりゃあさ、あんな躊躇いなく机に顔を打ち付ける男ですよ、怖いに決まってるじゃないですか。しかも凶器を持ってるし。

 しかし、私は何のためにここに来たのか。まだあの人死んでないのだからとか思った私退場!

 よろよろとレイ様に近づき、釘を握る腕を掴む。

 ?の浮かぶ彼に首を振ると、私は男に向き直った。


「教えてください。何のために私を襲ったんですか?」

「俺は、特別に、なれ…」


 特別、あの時もそんなことを言っていたが。


「誰の特別なの?あの方って、その人なの?」

「お前なぞに言うわけが無い!!」


 突然、今までのしおらしさ、怯えた様子は何処へ、男が私に噛み付くように顔を上げた。

 驚いて後ろに下がると、レイ様に背中を支えられた。彼を見上げると、その目はこれ以上ないくらいに据わっていた。


「れ…」

「っ!いぎゃぁぁぁああああああ!!!」


 私がレイ様の名前を呼ぼうとした途端、彼の腕が上から下に振り下ろされ、ガン、という音のあと、男の悲鳴が轟いた。

 男を振り返ると、目元をレイ様の手に覆われた。見るな、という事なんだろうけれど、ごめんなさいレイ様。一瞬だけど見えちゃいました。

 レイ様が持っていた五寸釘が、机に押さえつけられた男の左手の親指に………。その先は想像してしまった。

 あー。見なかったことにしたい。見てしまったと認めたら夢に出てくる確実に。今ですら残像が脳裏を過ぎっている。即刻忘れなければ。

 そう思っている間にもガクガクと身体が震え出す。アイアンメイデンとかよりも鮮明に痛みが想像できる分恐怖も一塩だ。

 レイ様に目を塞がれているけれど、私はその下で強く目を瞑った。

 しばらくして男の悲鳴が収まり、代わりに空気を求めて喘ぐような声が聞こえだした。


「もう一度聞く。誰だ」


 嫌に落ち着いた彼の声が耳に入る。

 しかし、男はひぃひぃと泣くだけで答えない。

 すると、鳥肌が立ちそうな音が聞こえて、男の泣き声が大きくなった。何が起きたのかは考えたくない。ただ恐ろしくなり目を覆うレイ様の腕を掴んで離せないようにした。見たくないんですそれほどに。


「誰だ?」


 低い声が聞こえるが、男は泣くだけ。まずい、答えてくれなかったら、また…。

 ぐっとレイ様の腕に力が入るのを感じて、私は咄嗟に彼の手を掴む腕に力を込めた。けれど、彼の腕は振り下ろされた後のようで。今更止まれない。


「待て!いう!言うからあああああ!」


 男の絶叫が響くも虚しく、ガン、という音が聞こえた。

 私はまた来るべき悲鳴に耐えるように唇を噛んだ。

 しかし、聞こえるのは男のすすり泣きだけ。あれ、と目を覆うレイ様の手をそっとどけると、レイ様が振り下ろした釘は男の人差し指と中指の間に突き刺さっていた。

 ほっとしたのも束の間、親指から流れる血を見てしまい、顔を背ける。

 今日はご飯が喉を通らないだろうなと、気持ち悪さに顔を顰めていると、レイ様は私を後ろに下げ、モニカさんの方にやると、釘を引っこ抜いた。

 そしてそれを男の鼻先に突き立てつつ、首をかしげた。


「お、俺は、頼まれただけ、で…」

「誰に?」

「あの人……俺が、できたら、弟子にしてくれ、るって」

「あの人とは誰だ」

「そ、れは…………」

「……………」


 渋った男に、無言で釘を振り上げるレイ様。

 それを見て息を飲む男がとても可哀想に見えた。


「っ!?…あ、あの人の……名前、は……ァ」


 あ、とか細い声を出したその男は、1度びくりと身体を跳ねさせて、がくりと椅子にくず折れた。

 ガフィクさんが男の顔を掴んで上げさせると、その目はあらぬ方へ向いており、一目見てもう生きてはいないことを理解した。

 吐き気をもよおした私が後ろを向くと、モニカさんに柔く抱きしめられ、背中を撫でられた。

 何、どういうこと?どうして急にあんな…。今まで生きてたのに、突然死ぬなんてことありえるの?出血多量というわけでもないだろうに。


「モニカ」


 レイ様がポツリと名前を呼ぶと、私をそっと離したモニカさんが男に近づき、その身体を調べ始めた。

 そして、上着を捲りあげたとき、モニカさんはレイ様を呼んだ。

 私は見ない方がいいと判断したのか、レイ様は私から見えないように背を向けて男だったものに近づく。

 そして、モニカさんが男の胸を示すとそれを覗き込んだ。


「これは……」

「魔術の一つですね。あるキーワードを口にしたらこの者の鼓動が止まる、とそんな所でしょうか」

「難解なものだな」

「えぇ。それなりの魔術師、あるいは魔女でなくば成せません」


 ちらりとしか見えない魔術の痕跡。アレクさんのところで習ったものよりもっと難しく複雑なもの。私に解読できるはずもなく、もう見たくなどないと顔を背けた。

 あれ、でもどうしてレイ様はこれが難解なものだとわかったんだろう。そういう訓練でも騎士団で受けたのだろうか。


「しかし、発動されたのに何故消えない?」

「……魔術にはまだ続きがある、ということでしょうか」

「……もし、これを施したのがこの男のいう『あの人』だったとするならば?」

「………目的は」


 そのモニカさんの呟きに、私を除く全員が私を振り返った。

 え、と声を漏らした瞬間、男の魔術痕からおびただしい数の蔦が飛び出し、レイ様、モニカさん、そしてガフィクさんを捉える。レイ様が腰に差していた剣を抜いて蔦を切るものの、如何せん数が多い。

 助けないと、と動いた瞬間、目の前が眩んで、身体の力が入らなくなる。

 何、と思いつつがくりと倒れると、その先にレイ様たちが見える。


「リィゼ!!」


 レイ様の声が聞こえるものの、返事が出来ない。上手く口が動かない。そうしている間にも、蔦はどんどん彼らを取り囲み、遂には蛹のようなもので彼らを覆ってしまった。


「れ、様………」


 段々と身体が痺れてきて、思うように声が出ない。

 立ち上がれない。みんなを、助けなきゃなのに。

 意識が朦朧とする中、ありえない事に、息絶えたはずの男ががくがくと動き出し、胸の蔦を千切ると、機械のような動きでこちらへ向かってくる姿が見えた。

 嘘、なんなの。どういうこと?どうして、動いてるの!私オカルト系ダメなのに……!

 近づかないで、触らないで!

 そう思いつつも身体が動かず、私は遂に意識を飛ばした。

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