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 ガン!と鈍い音と共に蹴り挙げられた机が、大きな音を立てて床に転がり、同時に足裏から振動を感じた。

 また始まった、と思いつつも、長い足を上げたままの彼をしれっとして見ていると、彼は憎々しげに吐き捨てた。


「いつも……いつもいつも……いつもいつもいつも!!どうしてアイツは邪魔をする!?」


 ダン、と音を立てて足を床に下ろした彼は、他から見ればもう限界なのだろうことは容易に想像がついた。あの日から、彼は変わった。もうあの時の凛とした面影などどこにもない。いるのは、怒りに取り憑かれた1人の男だけである。

 ……私はあの時、どうすればよかったんですかね。

 今更昔のことを考えたって仕方の無いことだが、考えたくもなってしまう。なにせ、彼らを引き付けたのは自分なのだから。

 無意識に下に向けていた視線を上げると、彼はまた倒れた机を蹴ろうとしていた。


「そろそろおやめになってはどうです?それに当たったって、何も変わりませんよ」


 わざと抑揚のない声で窘めると、ギロりと睨まれる。


「ならば早くアイツを連れてこい!お前もわかっているんだろう?魔力は有限だ。アイツさえいれば、俺が!」


 一息に言い切ったためか、若干息が上がった彼に返事をする代わりに、後ろに立つ男に手を挙げて合図する。

 よろよろと近寄ってきた男に、また抑揚の抑えた声で告げる。


「至急彼女をここへ」


 男は小さく頷くと、足を引きずったまま部屋を出ていった。


「あんなのに任せて大丈夫なのか」


 疑い深い目で見られ、緩く微笑みを浮かべてみせる。


「結果は期待できませんが。仮に捕まったとて、アレから情報が流れることはございませんよ」

「失敗したら、余計に難しくなるだろう」

「ご心配なく」


 ゆるゆると手を振って見せると、不満そうながらも、彼はそれ以上追求してこなかった。






 レイ様が仕事に行ってしまってからも、私は未だ考えを巡らせていた。

 確かにレイ様を好きだとは思った。しかし、どこでそう思ったのか。

 私を2年も探し続けていたこととか?私だけに見せてくれる甘い笑みとか?

 …………わからん。

 どうやら昨日あんなことを言い出してしまう程度には訳が分からなくなっているらしい。

 …いやぁ、取り乱したらダメだね。なにするか分かったものじゃない。

 うーむうーむとうなり続けていると、がしゃん、と下から何かが割れる音が聞こえた。

 悩む私をにこやかに見つめていたモニカさんが、その音に気がついて眉をしかめる。


「あら。何かしら。……他の使用人たちは何をしているの?」


 破壊音が聞こえたにも関わらず、慌てた足音も、声も聞こえないことに違和感を持ったモニカさんが、廊下に顔を出す。


「………リィゼ様、少々お待ちくださいませ。決してここから出ないでくださいね」


 はい、と素直に頷くと、モニカさんは柔らかく微笑んでから部屋を出ていった。

 たぶん数分で戻ってくるでしょ、とまた考えにふけろうと思っていたけれど、なにせ頭が痛いのでやめよう。

 代わりに何をしようかなぁ。あ、モニカさんに教えて貰った刺繍の続きでもしようかな。

 今朝(あの小っ恥ずかしい出来事があった時である)邸を出ることは却下されたけれど、代わりに刺繍を解禁してもらった。ただし、上達したらレイ様にプレゼントするという条件付きで。

 ぶっちゃけそんな自信ないし、上達しても中の上くらいだろうなぁとは思うが。何もすることがないよりはまし。

 早速午前中のうちにモニカさんに弟子入りしたものの、指こそ刺さなかったが出来は最悪。なんかゴミクズみたいなものができあがった。

 お手本通りにやってるんだけどなぁ。

 刺繍糸と針、木枠をはめた布を取りに窓から離れて机に向かう。

 目当てのものを取り出して、まとめて簡易バスケットに入れて振り返れば。


「………………は?」


 知らない男が窓から覗いていた。

 幽霊……?いやいや、こんな昼間から!?でもここ3階だよね、人間って3階まで登れるもの!?

 パニック。一言で表すならそれに尽きるが、とにかく私は誰か呼ぼうと口を開く。

 しかし、私が何か言うより早く、男が動き私の口を布でおおった。

 何すんのよ!離せ!まさか布に薬でも入ってるのでは!と焦ったが、少し前にレイ様に連れ戻された時に嗅いだ甘い香りも逆に苦い香りもしない、普通の布のよう。

 しかしだ。口を塞がれているのには変わらない。私はバスケットが床に落ちるのも構わず手を離すと、男の腕に爪を立てた。しかし、引き離そうにも相手のが強い。全くと言っていいほど無意味。


「静かにしろ!お前をあの方に献上すれば、俺は特別にしてもらえるんだ……!」


 何いってんのこいつ。あの方って誰よ!ってか献上って、私をモノ扱いすんな!

 イラッとして、というかちらっと見た男の目が血走っていて恐怖したものあるが、私はさっさとこいつから逃げねば!と思い。

 男の足を思いっきり踏んでやった。かかとの高い靴で。


「っぐぅ!?」


 しかし、男は呻いたものの、手を緩めはしなかった。

 しかも、痛みのためか逆に拘束する力が強くなり、指が頬にくい込んで痛い。

 ダメか。じゃあこれなら!

 私は宿で働いていた時にマリータさんに伝授された護身術を繰り出すことにした。

 といっても誰でも出来る簡単なもの。

 まず出来るだけ身体を低くして、それから足に力を入れて出来るだけ素早く背筋を伸ばして、相手の顎に頭突きをお見舞する。これだけだ。

 しかし意外にもこれは効き目抜群。男はぐえっと呻いて後ろに倒れた。

 そのすきに逃げようとしたものの、男が倒れたときに足が絡まり、私まで倒れてしまった。

 急いで男の側から離れようとするが、足を掴まれて押さえつけられる。

 くっそ、立ち直りの早いやつだな!ってかそんな場合じゃない……!非常にまずい!

 私に馬乗りになった男は、再び私の口を塞ぐと、空いた片方の手を上げて。


「このアマ!!」


 と、私に手を振り下ろした。が。

 手を振り下ろした瞬間、とっさの事で目を瞑ることすら出来ずにいた私の目に、何かが飛び込んできた。

 それは男の腹筋に命中。またぐえっという声が聞こえて、男が私の横に倒れる。

 目を動かしてみれば、不自然に投げ出されたイス。足が3本おれ、背もたれもひしゃげたそれはデスクの隣に置いてあったものだった。

 ぽかんと間抜けにも口を開けていると、腕を引かれて上体を起こされた。

 目の前には心配そうなモニカさんの顔。


「お怪我は!?」


 珍しく取り乱したモニカさんの様子に気圧されつつ、首を振って返事をする。途端、ホッとした表情になったモニカさんだったが、次いで私を抱きしめると。


「申し訳ございません。1人にさせるべきではありませんでしたのに」


 と、懺悔するように呟いた。抱きしめてくれるその手が微かに震えていて、なぜだか妙に私は安心した。

 抱きしめ返すと、モニカさんはよしよしと頭を撫でてくれた。

 少しの間そうしていると、モニカさんはゆっくり立ち上がり、よほど痛かったのか、隣で未だに呻いている男の背中に足を乗せた。


「下衆が。リィゼ様を狙うとは恥を知れ」


 ぐりぐりと足を左右に動かしているモニカさんの声は地を這っている。

 あの、モニカさん?それ、かかと尖ってますけど。ピンヒールですよね、それ。あぁ、刺さってる刺さってる…!!

 ひやひやとしていると、使用人さんが数人慌てたように入ってきた。

 彼らが男を紐で縛って連れていくのを見ていると、モニカさんが説明してくれた。

 下で割れていたのは玄関近くの窓ガラス。そして邸内の使用人さんはほとんど様子を見に来たらしいのだが、そこには誰が施したのか、数分で消滅する魔法陣が展開されていた。

 それは半径2メートル以内の人全てを眠らせるという強力なものだったらしく、気がついた時には皆眠ってしまっていた。

 運良く2メートルに入らずにおかしいと気がついたモニカさんが胸騒ぎを感じ戻ってみると、私が男に乗られていた、ということらしい。

 強力な魔法陣は、見れば大体どんな人物が施したものかわかるらしいのだが、使用人さんたちが起きたときには消えていたし、モニカさんは近寄っていないため、特定は難しいとのこと。

 なんだか大変なことが起こってしまったんだな、と妙に達観していると、モニカさんに毛布をかけられた。


「怖い思いをさせましたね。すぐに主様が戻ってきますから、安心してくださいね」


 モニカさんのいう主様とはすなわちレイ様のことだ。

 うわぁ、この状況で戻ってくるのかあの人。

 これから起こるであろうスプラッタな場面を想像して、私は若干青ざめた。

 そうして何も出来ずにいると、扉が勢いよく開き、何かが飛び込んできた。そして瞬間、痛いほどに抱きしめられる。

 ぎゅうぎゅうに締め付けられて痛いのなんの。


「リィ…!無事でよかった…。君に何かあれば俺は生きていけない……」


 感極まった、というように言ってくれるのは構わないが。痛い。痛い。

 素直に痛いと告げると、レイ様はそっと身体を離して私を正面から見つめた。


「すまなかった」


 青い瞳に見つめられ、その暖かい声に刺激され。今まで感じていなかった恐怖が身体を駆け抜けた。

 そうか、私、怖かったんだ。

 気力で持っていただろう恐怖が押し寄せ、私は半ば無意識のうちに目の前の彼に抱きついた。

 ゆるゆると背中を撫でてくれる手の温もりが心地よくて、私の目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。

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