気づいてしまった。
「………え?」
翌日、昨晩のことを思い出してベッドの上で悶えた私は、朝食のときもまともにレイ様の顔を見られなかった。しかし彼の方は全く変わらず。なんだか私だけバカみたい。
彼がさっさと仕事に行ってしまってしばらくして。モニカさんが困惑した顔で部屋に入ってきた。
「モニカさん?」
「…………殿下が、下でお呼びです……」
私の問いかけに、一瞬の逡巡の後、モニカさんはぽつりと呟いた。
は?
殿下……って、昨日……え?っていうか、下って言った!?
ぱちぱちと私が目を瞬いていると、モニカさんとよく似た装いの女性がぞろぞろと数人入ってきた。
そしてさっさと着替えさせられ、モニカさんについてきてもらいつつ下に降りると。
「やぁ、昨日ぶりだね。リィゼ嬢」
優雅にお茶を傾ける殿下…と。
「うふふ、やっぱりよくお似合いで、可愛らしいですわ」
私のドレスに喜んで上品に笑う皇太子妃がいた。
殿下は昨日と違い、多少ラフな装いをしていた。髪色に合わせたドレスシャツにパンツ。足の長さが惜しみなく出されていた。
皇太子妃は薄紫色のビロードのワンピース。相変わらず顔は私に似ているような気がしたけれど、溢れる気品や優しげな瞳が、彼女のほうが何倍も上を行く美しさを演出している。
殿下に促されて恐る恐る妃の隣に腰を下ろすと、殿下はカラカラと笑った。
「急に来て悪いね。なんせレイには内緒なんだ。こいつが君を気に入ったようでさ、どうしても会いたいっていうから」
はぁ、とか曖昧な返事をすると、お妃様がふわりと微笑んだ。
「だって、私とよく似ていらっしゃるんですもの。運命を感じますわ」
そっと右手を両手で握られ、視線を合わされる。綺麗に整えられた爪が目に入り、その下では金色のリングが指を彩っていた。
殿下はやれやれ、と首をすくめると、懐から懐中時計を取りだした。
「じゃあ、俺はローディアに行ってくる。式で着る衣装は俺が決めていいのか?」
「えぇ。貴方のお気に召すものを」
ローディアとは、この地域では有名なドレスの仕立屋さんで、流行の最先端を行く店。噂では、長い時で2年待ちだとか。
殿下はお妃様の言葉を聞くと、頷いてから立ち上がり、お妃様の手の甲にキスを落として立ち去った。
そのお互いを愛し合っている様子に少しだけ胸がときめいた。私もこうなりたいなぁ………。………誰と?
「ふふ、まさかあのレイがこんな愛らしい女性を婚約者にもっているなんて。小さい頃は私の後を一生懸命に追いかけてましたのに」
自分の胸に宿った疑問に意識を沈ませていると、お妃様がそう言って紅茶を口に含んだ。
レイ、という単語に、え、と反射的に聞き返すと、彼女は目を細めて。
「私の家、レイの家と派閥が同じですの。だから昔から交流がありますのよ。それはもう、お互いが幼い時から」
昔からの知り合い。その意味を理解すると、昨日感じたモヤモヤが再び胸を駆け巡る。
顔を少し落とした私に気が付かない様子の彼女は、ふう、と息をついて。
「気がついたらもう大人ですのねぇ。私の後をついてまわっていた彼が懐かしいですわ」
少しだけ寂しそうに笑った。
………あぁ、そうか。
やっとわかった。このモヤモヤは、嫉妬。
私の知らないレイ様を、この人は知っているんだ。昨日感じたのは、きっと。彼女と話していた時のレイ様が、少しだけ笑っていたから。
俺のリィゼ、なんて言っておいて、貴方は私のじゃないのね、なんて思ってしまったんだ。
そして、嫉妬するということは、もしかしなくてもそうなのだろう。
………いつから?
私はいつから、彼に惹かれてた?
優しい人、怖い人、時々私を見て細められる目、私の腕の痕を見て輝く目。
どこに、惹かれたのだろう。
………まずいことになった。
あれだけ逃げたいと思っていたのに、この感情を認めてしまったら、私は……逃げられない。
黙り込んだ私の顔を覗き込んだ皇太子妃は、少しだけ微笑んだ。
「ねぇ、リィゼ様は、レイのこと……どうお思い?」
どう、思ってるんだろう。
ううん、わかってるの。私は、もう。
このままじゃ、私が迷うだけ。もう、この感情に、名前をつけよう。
「………お慕いして、おります」
精一杯の声は、掠れて、ほんの小さな音にしかならなかった。
けれど、彼女は嬉しそうに笑って。
「レイを、お願いね」
あのね、お妃様。でも私は、まだ彼にいうつもりはないの。
だって、気がついてしまったの。
あの時のレイ様の表情、私に似た貴女。
何の優れた場所もない、特徴のない、人並みの私。どうして彼は選んでくれたのかって、ずっと胸につかえていた、違和感。
レイ様、貴方は。
私に彼女を…クリスタ様を、重ねていたのね。




