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迫り来る影

 レイがリィゼの寝室から居なくなると、窓がゆっくりと開かれた。

 窓の外には小さいながらバルコニーがあり、そこからリィゼは逃亡しようと計画していたのだが、今そこには黒いローブの男が悠々と腰掛けていた。

 赤茶色の髪は襟足で雑に切られ、整えられることなく、寝癖さえついている始末である。しかし、バラバラの前髪から覗く青灰色の瞳は、僅かな期待を滲ませて輝いていた。

 その男がバルコニーから下を見下ろすと、金色の髪をさらさらと夜風に遊ばせているもう一人の男がこちらを見上げていた。

 それを見て舌打ちをすると、男はバルコニーから落ちないように、上体だけを出し、口だけで言葉を発する。


『早く来い』


 さらに顎で部屋の中を示すと、下にいる男は気が付かなかったかのようにそっぽを向いた。

 その態度に苛立ったものの、今ここで声を出せば、隣の部屋にいるレイに確実に気づかれる。

 魔術で気配を隠してはいるが、それだっていつ気が付かれるか、わかったものではない。なにせ、相手は騎士団の副団長なのだ。気が付かれた瞬間のことを思うと、戦慄どころの騒ぎではない。

 しかし、それほどの危険を侵してでも、男には手に入れなければいけないものがあった。それさえ手に入れば、レイにだって劣りはしないのだ。

 再び寝室に視線を戻し、足音がたたないよう、気配消しの上に魔術を行使する。

 そっと足を下ろし、一歩一歩、部屋の中央で眠るリィゼに近づく。

 そして、ベッドの隣まで来た時、転移の魔法陣を発動させ、リィゼを外に転移させる。

 ……はずだった。

 しかし、発動させる前に、幸か不幸か、男はブレスレットに気がついた。そして、それに宿る魔術陣の効果さえも。

 それを見て、男の胸には陣を添付した者への憎悪が膨れ上がった。


 ……お前はいったいどこまで邪魔すれば気が済む…!!!


 ギリギリと歯を鳴らす男は、ゆっくりとブレスレットに触れ、陣を破壊しようと呪文を唱えた。

 しかし、それを唱え終わる寸前の男の耳に、僅かな音が聞こえた。

 ハッとして振り返ると、隣室から僅かな光が漏れていた。そして、そこには僅かな気配があり、じっと動かずに様子を伺っているようだった。


 やはり、アイツがいる間は無理か。


 そう察した男は、詠唱をやめて手を離すと、隣室の扉が開けられる前に、部屋を走り抜け、バルコニーから飛び降りた。

 階下で待っていた長髪の男は、じっと無感情な目で、飛び降りた男を見つめていた。

 地面に足がつく寸前、魔術で風を巻き起こし、ゆっくりと着地する。その風によって被っていたフードが落ち、顔が露わになる。


 ………まだ。まだ負けてない。

 方法なら当てがある。背に腹は変えられない。


 月明かりに照らされたその相貌は、憎しみに満ちていた。

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