交差する感情
雨の音がする。
寝ぼけ眼で耳を澄ますほどには、その音に妙に引かれた。長く、カラっとした晴れの日が続いていたからかもしれない。
月並みだけれど、私みたいだな、と思ってしまう。
目を開き、小さくため息をつくと、私はぐるりと寝返りをうった。
………綺麗な人だった。
私と同じ色彩を持ち、顔立ちも似ていたにも関わらず、私とは全然違う。
隣に並べばその違いは明らか。どうして私はあぁじゃないの、なんて思ってしまうのは卑屈かな。
そんな風に、頭に残って消えない彼女の面影と、その隣に立つ金色の青年。
どうしてこんなにも引っかかるのだろう。
ゆるゆると首を振って、足を抱くようにして丸くなる。
このまま眠ってしまおうと、先程よりも激しさを増した雨に耳を塞いだ。
ふと気がつくと、暗い部屋にいた。
光となるのは、小さな窓から差し込む月光だけ。
そんな場所に、小さく幼い少女達が十数人、身を寄せあって座っていた。
不安そうな顔をする子、泣き出してしまう子。皆それぞれくらい表情をしていたけれど、扉が開き、自身の両親が目に入った途端、ホッとした表情に涙を浮かべて、両親の腕に飛び込んで出ていった。
1人、2人といなくなっていく中、残り4人となった時、その誰の両親でもない、暗い色のローブを羽織った人が入ってきて、茶髪に緑の瞳の少女を抱き上げた。
そして、他の少女達に外に出て両親の元に戻っていいことを告げた。
笑顔で出て行く少女達を見ながら、抱き上げられた少女はローブの大人に顔を向ける。
その人は、何も言わずに部屋を出た。
静かな夜に、雨の音だけが響く中、少女はローブにしがみつくことしか出来なかった。
「リィ?リィ。リィゼ」
柔く頬を叩かれて、少しずつ意識が浮上する。
何度か瞬きをすると、心配そうな青い瞳が見えた。
「………………レイさま?」
寝起き特有の掠れた声で彼を呼ぶと、僅かに固まり、しかしすぐにまた心配そうな顔を浮かべた彼は。
「すまない。ひどくうなされている声が聞こえて、入ってきてしまった」
と、私の頬にかかる髪を撫でるようにして避けた。
そうか、やっぱりさっきのは夢だったんだ。暗い、不安な夢。そんな記憶はないはずなのに、酷く鮮明で、怖い夢だった。
夢とわかってほっとした瞬間、違うことに意識が向く。
隣部屋まで聞こえる私の唸り声て。どんだけよ……。
恥ずかしさに俯きつつ、首を振る。
「すみません。怖い夢を見て。でももう大丈夫です」
しかし、レイ様は私の手を握ると、悲しそうな目をして。
「夢の中でも君を守れたら良いのに」
いやいや、夢の中まであなたといたらホントに自由も何も無い。
そういう代わりに、再度首をふる。
「大丈夫ですから」
私がそう呟くと、彼はため息を一つ。そしておもむろに腰をおると。
「ひぇっ、」
私の額に口付けた。ゆっくり体を離すと、私の僅かに火照る頬を撫でる。
「すまない。皇太子様に合わせたせいで気疲れしたのだろう。眠るまでいるから、眠るといい」
そのせいじゃないと思いますけどねぇ………。
絶対詮索されるから言わないけど。
じっと黙っている私の頭をとん、とんと一定のリズムで撫でてくれる手に、こくりこくりと意識が遠のく。
絶対安心できる人じゃないのに、何故か眠気が引かず、変だなぁと思いつつも、欲求に逆らえず、私は数分後、今度は幸せな夢の中にいた。
穏やかな寝息を立て始めたリィゼの髪を、長く美しいながらも骨ばった指が整えるように撫でる。
しかし先程までリィゼを見て柔らかな色を讃えていたその瞳は、冬の凍った泉のように、底知れず冷えきっていた。
依然として髪を撫で続けるレイの横には、繋がった5つのシーツが投げ出されていた。
言わずもがな、昼間リィゼが脱出のために作ったものである。
謁見のあと、すぐに寝付いたリィゼの様子を見に来たモニカが、ついでにクローゼットの整理をしようとして見つけたものである。
慌ててレイにシーツを差し出したモニカの、真っ青になり汗を浮かべた顔。
………やはり、君は逃げたいのか。リィゼ。
レイはリィゼが自分の元から再び逃げ出そうとしていることに気がついていた。
ならば、こちらからでも婚約を取り消してしまうのが彼女の為ではないか、と考えはするのだが。
しかし、彼はリィゼを手放せない。
幼い頃、自分を見て笑ってくれた彼女。例えどんな手を使おうと、リィゼは自分のものなのだ。
リィゼから手を離し、隣のシーツを手に取ると、レイはゆっくりと自室に向かっていった。
そして、壁に掛けているサーベルを手に取ると、それを抜き取った。
そして、繋がったシーツを切り裂く。
鋭く研ぎ抜かれた切っ先は、いとも簡単にサテンの生地を裂き、パラパラと床に落とす。
……ごめんね、リィゼ。俺はきっとこれからも、君が僅かに見つけ出した逃げるための光を、こうして壊していく。
君が逃げようとしても、俺は。
君を見つけ出したあの日から、絶対に離せないんだよ。
レイはサーベルを鞘に戻すと、バラバラになったシーツの、比較的長いものを手に取ると、何事も無かったかのようにリィゼの枕元まで戻る。
そして、リィゼの首元に手を当てるとその喉にシーツの切れ端を巻き付けた。
………君がどうしても俺の元から消えたいなら、いっそこれを横に引いて見せようか。
冷えきった瞳の奥に宿った、僅かな思考に突き動かされるように、手に力を込めると、リィゼの口元が動いた。
「……れ、ぃさま」
聞こえた声に、レイはハッと手を止める。
今、リィゼはなんと言った。『レイ様』と、己を呼びはしなかったか。
リィゼの首のシーツを解くと、レイはリィゼの眠るベッドに額をつけて呻いた。
……何故、今呼ぶ。
リィゼは今まで1度たりともレイの名前を呼ぶことはしなかった。しかし、先ほど起こした時、寝ぼけてレイの名を口にしたのだ。
あれですら、やっと呼ばれた名前に愛しさが膨れ上がったというのに。
夢の中で、俺を呼ぶのか。君の夢に、俺はいるのか。
僅かに上気した頭でレイが思うのは、愛しいという抑えようもない感情だけだった。
そっと顔を上げてリィゼの手を握ると、レイは彼女の額に口付けた。
「……頼むから、ここに居てくれ」
そう言って、レイはリィゼの手に揺れるブレスレットに、新たな魔術を施した。
ブレスレットをリィゼに贈ったとき、あらかじめ付けておいた『ブレスレットが壊された時、もしくはリィゼの半径10m以内から離れた時、レイをリィゼの元に強制的に転移する』というものの上に。
リィゼがこの邸から離れた時に発動する、彼女の居場所を特定出来るものを。
二年前、リィゼが居なくなったあと、レイは強すぎる喪失感に襲われた。
しかし、発動しないブレスレットの魔術。それはどうしてなのかという疑問に、僅かな期待を抱いてもいた。
そっとリィゼの髪を撫でると、彼女が微かに笑った気がした。
なんだってしよう。君をつなぎ止めておけるのなら。
レイはもう一度リィゼの額に口付けをしてから、名残惜しそうに立ち上がった。




