計画
みなさん、突然ですが、私は限界です。
このままここにいたら感情というものが枯れる気がする。
暇つぶしにやっていた魔法陣も、もう教えてもらったものはほぼやり尽くした。石灰色の紙が3枚埋まるほどに。
なので私は、2度目の脱走を計画中です。しかしこの部屋からは出れない。ならばこの部屋から直接外に出てやろうではないか。
この部屋は3階。しかもこの邸は一部屋一部屋が天井が高いため、ゆうに地上からの距離7、8mはある。そんな場所からどうやって逃げるのか。それは意外とシンプルなものである。
私は部屋のウォークインクローゼットに入ると、その奥にあるシーツを5枚ほど引っ張り出す。その内の2枚の角同士をまず固く結ぶ。その対角線上の角をもう1枚と結ぶ、を繰り返す。
1枚の対角線の長さは2m弱。5枚結べば約10m。
部屋の高さは多く見積もって8mだが、シーツの角を部屋のベッドの足に結び付けるため、余分に1枚。
ちゃちゃっと終わらせると、それをグルグルとまとめてクローゼットの奥にしまい込む。
あの人が長期で出かけた時には、使用人も何人かいなくなるので、その時を狙って逃げ出す算段だ。
などと考えていると、開けっ放しの窓から馬車の音が聞こえた。
クローゼットのドアを閉め、窓際まで走っていくと、豪華な馬車。
どうやらご帰宅のようだが、時計を見るにまだ定刻より2時間ほど早い。
小さな疑問を感じ首をひねっていると、馬車から見慣れた金色が降りてきて、こちらを見上げた。
そして、彼は何故か目を細めた。
口元は緩く弧を描き、その表情ときたら、まるで愛しい者を見るような、深く愛情溢れたものだった。
不覚にも、じわりと頬が熱を持ち、慌てて視線から逃れるようにしゃがみこむ。
……なにあの顔。今までそんな顔1度だってしなかったじゃない。
二年前の夜会であった時なども、あそこまでの甘さはなかった。
ずるずると足を伸ばし、そのまま壁を背に床に座り込むと、バタバタと慌ただしく走る音が聞こえ、モニカさんが息も荒く入ってきた。
そして私を視界に捉えると、大声でこう言った。
「お出かけですのよ!早く支度をなさいませ!」
あれよあれよという間に、私は気がついたら美しいドレスを身にまとい、馬車に乗っていた。
若草色のドレスは、胸元を紅とクリーム色のレースが彩り、そのレースの下は金糸で細かな刺繍が施されている。腰元をぐるりと小さな宝石が縁取り、裾に行くにつれて若草色から深緑色へと色を変えているが、その深緑色はよく見ると刺繍によるもので、なんと手の込んだ、と冷や汗が流れた。
そして胸元には、隣のレイ様の瞳とお揃いのサファイア。それも5センチはあろう大きさの。
着せられてる感がすごい気がする……。
緩く編み込んだ髪を揺らしながら、胸を占めるのは疑問の波。
何故外に出さない主義のこの男が急に外に連れ出すなど。何か前触れがあっても良くないか。
ドレスを見るに、前から決まっていたことで、それを狙うように仕立てたような気がする。
うーむ、とこの頃考えすぎて痛む頭をグルグル巡らせていると、隣から視線を感じた。
ちらりと隣を見ると、先ほどと同じ視線。
なぜ急にそんな目をするようになったんですか貴方は……!
パッと顔を逸らせば、横から伸びてきた手に顎を捕えられ、強制的に顔を合わされる。
ち、近い……!!というか、いつもと違う…!
視線が気になってよく見ていなかったが、今日のレイ様は違う装いをしていた。
いつもの白い隊服でなく、紺色の地に金糸刺繍の見たことのない隊服を身にまとい、輝く金の前髪は左側に流されていた。
私は意思と反して熱くなる頬を誤魔化すように口を開いた。
「ど、どちらに行かれるのですか…?」
「皇太子に婚約者を紹介しろと言われた」
皇太子、という単語に、ひぇっと喉の奥で悲鳴が上がる。
皇太子とは、すなわち次国王ではないのか。
私は一生関わりなく終わると思っていたが。
青くなる私を見て、心配そうに眉を寄せた彼は、私の頬をゆるゆると撫でた。
「君を男に見せるのは至極嫌だが、皇太子の命には逆らえないからな」
わかりますけどね、わかるんですけど。
久々のお出かけ先が皇太子の前って、些かハードル高くないですか…!?
私は揺れる馬車の中で、出来れば予告しておいて欲しかったと声にならない悲鳴をあげた。




