動き出す影
あのロルフとかいう男が来てから、私の生活はより一層窮屈なものになった。
何故って、本格的に部屋から出ることを禁止された。今までは反抗心から私が出なかったが、これからは違う。出れないのだ。
ロルフだけでなく他の男までも…とかになったらとかなんとかで、私の行動はこの一室に限定された。
朝晩の食事は食堂でレイ様と取ることになるが、昼は部屋まで誰かが持ってくる。散歩なんてもってのほか。
まぁ、元よりそうするつもりではあったらしい。
何故って、まぁ察するに私が散歩中に居なくなったからだと思うけど。
つまり、もう逃げ場がないと考えてもいい。あいつは私を逃がすつもりなどないのだ。
もうここまでくると本当に何故私なのかと気になって仕方ない。
愛玩動物的なアレなのかと思っていたけれど、流石にここまでしないだろう。
ならどうして?
「………まさか……いやいや」
ふと、好かれてるのでは、という思考が働いて、すぐさま打ち消す。
好きな相手にこうはしないだろう、という常識的な観点から。
そして再びうーむうーむと唸っては見るけれど、全く理解不能。
私は諦めて、またインクを垂らして魔法陣を描くことにした。
ざわざわとした街特有の喧騒の中、人の波をかき分けて進む。
途中、何度かぶつかりはしたが、相手は私が纏う黒のローブを見て、嫌そうな顔をしつつ文句をいう前に去っていく。
大通りから外れ、右折して暫く歩いていると、人がどんどん減っていく。
左折して、右折してを繰り返していくと、終いには人が1人通れるくらいの路地に行きあたる。
その奥に進むと、『Mebius』と書かれた錆びた小さな看板がかけられた酒屋が見える。
その酒屋の前に、物乞いの如くボロボロの服を着た男が座っており、じっと自分を見上げてきた。
その男に、手首に嵌めた、一部が捻られた形状の銀輪を見せると、男はゆっくりと立ち上がり、酒屋のドアを開ける。
男について酒屋に入ると、見た目と同じく狭い店内には、まだ昼だというのにすっかり出来上がった者達が数人。
それを通りすぎ、奥の廊下に続く扉に手をかけると、男は私を中に入れ、そのまま扉を閉めた。
全く光の入らなくなった廊下は暗く何も見えない。手を胸の前に翳し、一言呪文を唱える。すると、たちまち青い炎が掌から数センチのところで燃え上がり、ゆらゆらと揺れた。
それを頼りに進むこと数分。酒屋の外見では有り得ない程の大きな扉に行きあたる。
その扉の一部に、砂時計を横に倒したような小さな隙間があり、そこに銀輪の捻れた部分を入れ、90度回転させる。
すると、何度か引きずるような音を立てた後、重そうな音を立てながら扉が開く。
その中、先ほどの酒屋の、軽く5倍はあろう広さの室内には、自分と同じように黒のローブを纏った者達……魔法使いや魔女と呼ばれる者達が十数人、テーブルを囲んでなにやら話し込んでいた。
ここはギルド、魔法使い達が多くの情報を持ち寄り、魔法について研究を行ったり、有料の依頼を求めて来る場所だ。
室内を見回すと、奥のテーブルに1人、やけに美しいローブを纏う魔法使いが座っていた。
その魔法使いの元に歩み寄り、テーブルを挟んで腰を下ろすと、じろりと睨まれた。
「おそい」
「すみません。大通りがやけに混んでいまして」
からからと笑ってみせると、自分とよく似た雰囲気の濃い青の瞳がゆっくりと細められた。
「いい。あの女は?本当に?」
主語を隠した問いかけに、小さく頷く。
「間違いないです。魔力が特段強い訳では無いものの、まるで溢れてくるようでしたよ」
自分の答えに、彼は満足気に微笑んだ。
そして、1枚の紙を差し出した。
「この男達に頼んだ。どうせ兄貴の事だ。死んでも話さないだろ」
「えぇ。籠の中の小鳥よろしく、部屋からも出してないみたいです」
ここに来る前、軽く偵察してきた様子を告げると、彼はふん、と鼻を鳴らした。
「あれだけの力を持っていながら魔術師を辞めたんだ。あの男には過ぎた女だろう」
「どうやら力なんてどうでもいいみたいですけどね?」
至極つまらなさそうにテーブルに爪を立てた彼は、ガリガリとテーブルを傷つけ始めた。
「知るか。あんな希少な能力、みすみす逃せない。使われた方が女も喜ぶだろうさ」
相変わらずの自分中心な発言に、どうして自分の兄弟は、と流石に呆れる。
自分としては、この男に大きな借りのようなものがある為請け負ったが、数年共にいた彼女に、情があるのも事実。
「嫌がる事はしないでくださいよ?相手は女の子で…」
「わかってる。いちいち言うな」
そう吐き捨てると、男は椅子から立ち上がり、先ほど差し出した紙を乱暴にローブに閉まった。
「決行は3日後、夜10時。…遅れるなよ」
「はいはい」
頷く代わりに手を振れば、男はふん、と睨んでから踵を返した。
その後ろ姿を見てから、ため息を一つ。
……すみません、リィゼ。私は師匠失格です。
ぽつり、呟いたアレンの胸には、一松の寂しさにも似た感情が過ぎっていた。




