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対象同僚

 有り得ない。が、この頃の私の口癖である。

 二年前に逃げてきたはずの邸にいる事も、少しだけ変化した邸の主が二年前となんら変わらずに接してくることも、ガフィクさんの破壊行動も、モニカさんの思考回路も。

 そして何よりこの暇具合が。

 何度も何度も読んだ本ですら、何だかもう恨めしく思える。『お前はどうせ私たちしか構えないんだから、大人しくページを捲りなさいな』と褪せた背表紙が、そんなわけはないのに薄ら笑いを浮かべている気がする。

 私はその本たちに抵抗するべく、眉に皺を寄せつつ、そっと窓際から立ち上がって本棚に近寄り、鳶色の背表紙を引っつかむ。

 表紙は金文字が掠れていて、かなり年季の入っているものであろうとわかる。パラパラと捲る度、ページの角は擦り切れていて、同時に何枚か付いてくる。

 3分の1程進んだところに、紙が挟まっており、私は捲るのを止める。

 石灰色の特徴的な紙。それを挟んだのは紛れもない私である。

 暇で暇で暇すぎて、せめてアレンさんに教えてもらった魔法陣くらい忘れないように、と記している紙。

 それを取り出して、パタンと分厚い本を閉じる。紙と本を持ったままデスクに近寄り、ペンとインクを手に窓際に戻る。

 明るい陽の光の下、本を下敷きにして、そんなに大きくない紙に小さく陣を記していく。

 昨日は火に関するもの、その前は水。さらに前日には身体的なものだったから、今日は…夢についてでも記しましょうか。

 陣といっても、私が教わったのは簡単なもので直ぐに書き終わってしまうので、暇つぶしも兼ねて、私は点、点、点とインクを垂らすようにして描くことにしている。

 ちなみにこれ、完全なものを作ると発動してしまうから、というのも理由でもあったりする。

 本の中で発火とか、笑い話にもならない。

 それと、本の中に隠している理由だが、ただ単純に、アレンさんが狙われないためだったりする。

 あの人の中では、私はどういう訳か『攫われた』ということになっているので、アレンさんに助けてもらったとでも口が滑った時には、彼の命は保証できない。恩師に仇を返すなどあってはならない事だ。

 ポツポツポツ、慎重にインクを垂らしていく。

 これ、言うだけでは簡単だけれど、中々難しい。インクが少なすぎたら垂れないし、多すぎたら大きな玉が出来てしまう。

 一応令嬢と呼ばれる身分にいた者が何をやってるんだ、と普通なら頭を抱えられても仕方ない趣味ではあるが、暇すぎて死にそうな私にとっては、中々楽しい暇つぶしだった。






 どのくらいそうしていたのか、一つ陣を描き終わった時には、身体がカチカチに固まっていた。

 石灰色の紙を伸ばしてから、身体を大きくそらすと、骨がポキポキと鳴った。

 その感触が少し心地よいなーと思いつつ外に視線を向けると、日も少し落ちて、外には馬車が1台。

 ぎょっとして時計を見ると、もうあの人が帰ってくる時間だった。

 慌ててパタパタと紙を揺らして乾かすと、それを2度折って本に挟む。それを本棚に押し込むと、丁度ドアが開いてモニカさんが入ってきた。

 静かな笑を浮かべるモニカさんに促されて下に降り、玄関の前で背筋を伸ばして彼を待つと、扉が開く。

 そして、はたと固まる。

 扉が開いてそこに居たのは、金色の髪に青い瞳…でなく、反対とも言える色。

 月光のような銀髪、血のような朱色の目。

 人の良さそうな笑を浮かべてはいるが、目の奥では違うことを考えていそうな、掴みどころのない人。

 邸の主同様、人形の様なかんばせも、そう思わせる要因だろうか。

 眉をひそめて彼を見ていると、彼を押しのけるように入ってきたのは見知った金色。


「ロルフ。何度もいうが帰れ。お前を招いた覚えはない」


 金色の彼に睨まれても何のその、ロルフと呼ばれた彼は微かに首をかしげて私を見ていた。

 そして、ゆっくりと近づいてくると、私の手を取って腰をおった。

 彼の唇が私の指に触れる直前、金色の彼によって引き戻される。


「なんだレイ。挨拶くらいいいだろう」

「挨拶だろうがお前が触れることで穢れる」


 眉をピクリと上げたロルフさんは、肩をすくめると再び私に向き直った。


「君がリィゼか?」

「え、あ、はい」


 突如呼ばれた名前に、反射的に頷くと、ふぅんと言って覗き込まれる。


「なるほど。中々愛らしくはある。しかしレイが執心する理由となるほどの美しさなどないだろう。極めて凡庸な」


 イラッとする間もなかった。

 会ったばかりの男性に凡庸呼ばわり。驚きの方が大きい。

 しかし、したくもないが徐々に頭が理解を始める。

 凡庸。

 …凡庸。凡庸!?

 瞬き三つで理解した。言った本人は確かに綺麗な顔をしてはいるが、何故初対面の男に言われねばならんのか。

 しかし冷静な自分がこういうのである。

 凡庸な顔をしてるのは事実だ、と。

 生まれてこの方両親に蝶よ花よと育てられた私ではあるし、そこらの女性の中では中々綺麗な方には入る。が、目の前の2人をご覧あれ。

 輝くばかりの黄金色と、洞窟に眠る純度の高いサファイアを備える、まるで美形ばかりと言われた森精種のような彼。

 そして爛々燃える炎を瞳に宿し、光を湛えた天馬の様な髪をもつ彼はさながら月の神か。

 これらと比べたら私などそこらの野花と大差ない。雑草とまでは言わない、私にだってプライドというものがある。

 そのなけなしのプライドから、きっと睨んでみると、ロルフと言った彼は目を見開いてから、薄い笑みを浮かべた。


「ほう。なるほど」

「お前に理解などして欲しくはない。帰れ」

「ふん、女っ気のない同僚の心配をして来たというのに」


 同僚。

 ちら、と視線を下ろせば、確かにロルフは見慣れた白い隊服を着ている。ということはこいつも王族騎士団ということか。

 王族騎士団って、みんなこうなのかしらね。

 無駄なほど整った見目はあるが、人のことなどそっちのけ。思ったことを都合よく考える。

 面倒だなぁ、とため息をつくと、何故か目の前に差し出される赤い薔薇。

 瞬きしてから視線を移すと、何故かロルフが跪いていた。


「無礼をした。私はロルフ=トラステッド。レイの同僚だ。……これは詫びの品だ。受け取れ」


 詫びる口調とは思えないが、どうやらそれがこいつらしい。私はこれ受け取るべきですかね。というかどこから出したのその薔薇。

 正解を見つけられずにいると、ぱっと赤薔薇が消えた。

 そしてそれが隣を通って、後ろに控えるモニカさんに渡される。渡したのはロルフの後ろの森精種……レイ様だった。

 そっと受け取ったモニカさんは、そのまま引っ込む。

 私に差し出した薔薇を取られたのが不満なのか、ふぅ、と大仰にため息をついたロルフは、首を振って立ち上がった。

 そしてレイ様を振り返る。


「今日の所は帰ろう。またくる」

「来なくていい」


 瞬時に答えたレイ様が私に手を伸ばす前に、私の髪がひと房ロルフに取られた。

 私が手で払う前に、ロルフはそれに唇を落とすと、颯爽と消えていった。


 私にはわかる。

 あれは恐らくレイ様を怒らせたいんだろうな、と。そしてそれが効果的面であるということも理解している。

 それが違ったらあいつはタダのキザ男だ。

 また面倒な人間と知り合ってしまった、とため息ついた私の隣で、美しい金色が舌打ちをした。

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