婚約者はヤンデレでした
『嘘でしょ』というのが手紙を受け取った私が初めて思ったことかな。
だってさ。普通思わないでしょ?こんな下級貴族の娘に王族騎士団の隊長が申し込みだよ?何この身分差。しかも初めてあって3日目。ちょっと正気か疑う。
けど、そんな私の戸惑いは、翌日いとも簡単に消え去った。
そして、新しい問題が起こった。
翌日、手紙に書かれていたように、レイ様は私の元を訪ねてきた。
「急なことでさぞ驚いたでしょう」
えぇ、まったくですはい。と、彼の挨拶に私は首を大きく縦に振りたかったのだが、振ろうとしたら母にこずかれたのでできなかった。なので代わりに淡く微笑んでおく。
「私などでよろしいのですか?貴方様ともあろうかたが」
「貴女だからですよ」
私のちょっとした皮肉に、彼はなんてことないように返した。
そして両親に向き合うと、2人にしてはくれないか、と申し出た。両親はと言えば、願ってもいない話に有頂天な父と、レイ様の美貌に見とれる母とで、もう娘のことなどお構い無し。
両親が嬉嬉として出ていく中、レイ様はまた私に身体を向けると。
「お受けして頂けますか?」
と、微笑んだ。
受けるも何もねぇ、ここで私が断ったら両親からしばかれるし、というかそれ以上にミロフィーネ家が潰れるわ。
つまり私には選択肢が一つしかない。もはや選択肢でもなんでもない。強制だ。
「はい。喜んでお受け致します」
なんとか微笑んで告げると、彼はより一層柔らかく微笑んで呟いた。
「よかった。これで君は俺のものだね、リィ」
………はい?
今、俺とおっしゃいました?というか、リィって。家族や友人にしか呼ばれない愛称でお呼びになりました?
私が微笑んだままの状態で固まっていると、何を勘違いしたのか、というか、はなから私のことなど気にしていなかったのか、彼は私の前にかしずいて。
「何年探し回ったことか……君はお転婆だからね。すぐに俺の手から逃げていく」
ゆっくりと、私の頬をその大きな手で撫でながら、まるで酔っているように告げた。
その内容に、私の頭はパニックだ。
何年?探し回った?逃げていく?どういうこと?初めてあったのは3日前じゃないの?
戸惑いが大きすぎて半ばフリーズしている私の腰掛ける椅子に片膝を乗せて、背もたれに手をかけた状態の彼は、言ってしまえば間近で私を覗き込んでいる体勢なわけで。
え、近い近い。美形がこんなそばに居るとか、目がキラキラで痛い。
「リィゼ。俺のリィ。もう逃がさない。君は俺の……」
うっとりと私の頬を撫でる手に、幸せそうに細められた目に、私はもはや一種の恐怖を覚えた。
私は知らない。何も知らないのに、この人は私のことを探していたという。何かの間違いだろう。
「……ひ、人違い…ではないのですか?私は、貴方とは3日前にあったばかりですし…」
そう言って青ざめる私の唇を親指で撫でながら、彼はまた笑った。
「やっぱり、覚えてないのか。それはそうか…お互い幼かったからね。でも、人違いなんかじゃない。俺がリィを間違うわけがない」
その言葉に、また私は戦慄した。詳しくは、その声色に。
先程とは別人と言えるほどの声。貴公子然としていた彼の声は、まるで獲物を見つけた肉食獣のようで。
サファイアブルーの瞳も同様に輝いていて。
恐怖だった。逃げたくても後ろは椅子、前には彼。逃げられない。
私に顔を近づけた彼は、私の肩を抱き寄せて、耳元で囁いた。
「もう逃がさない……俺のリィ」
みなさん。もう一度言わせてください。
私、人生最大のピンチです。