夜明け前
とても近くに聞こえた鳥の鳴き声で目を覚まし、白み始めた空を見て、起きなきゃと気だるい身体を動かす。
起こした半身が異様に重く感じるのは、寝不足の性だと簡単にわかる。
寝付けなかったのは何故かな。
あの人に会ったから?確かに、連れ戻される気がしたとかいう理由なら、眠れるはずなかろう。しかし、昨日の彼の態度からして、それはない。
きっともう、新しい婚約者がいるのだろうとは予想がつくのだから。
だから私は、よかった、これからは隠れなくていいや、と安心して寝付けるはずなのに。
考えても考えても一向に答えが導き出せないので、私は一つ首を振って、ベッドから起き出た。
顔を洗って、ベッドの隣に置いてある椅子に脱ぎ捨てていた制服に袖を通す。
そして鏡を見ながら腰まで伸びた茶髪を高いところに黒いリボンで一つに結ぶ。
首を左右に動かして、解けないのを確認すると、私は部屋を出て階段を降りた。
宿の朝は早い。
お客さんが起き出す前に起きて、食堂の準備を済ませ、お客さんが朝食を取っている時に掃除をできるだけ終わらせる。
もうトトリさんたちは食堂にいるのだろうな、と思いつつドアを開けると、予想だにしない光景が目の前にあった。
楽しそうに談笑するトトリさんとマリータさん。いつも楽しそうだけど、今朝はいつにも増して。そして、その向かい側には、白い隊服に身を包んだ金色の彼。
………そう、金色の、アイツ。
私は回れ右をして部屋に戻りたくなった。
マリータさんが起こしに来てくれるまで起きてなんていませんよー、と子供のように駄々をこねたくなった。
しかし思い直す。
別に、私がアイツに会おうと困ることなどない。相手には他がいるのだし、私はここでの仕事がある。
………問題ない。
私は食堂に入り、ドアをゆっくりと閉めた。
その音に気がついた3人は私に顔を向けた。
そして、マリータさんがにやりとそれはそれは楽しそうな笑顔を浮かべた。
例えるなら、噂話をする時のおばさんって感じ。うわー、嫌な予感するわ〜。
「なんだいリィゼ、水臭いじゃないか!婚約者がいるなら早く言っておくれよ!」
その言葉に私はかちりと固まった。
フリーズする私を、秘密を知られたから固まったと解釈したらしいトトリさんが追い打ちをかける。
「そうだぞ、しかも一緒に住んでいたらしいじゃないか!」
どうしてそこまで知っている。
いや、わかってる。二人の後ろで笑顔を浮かばているアンタだろう。情報源は。
そんな恨み言を言いたくなったとき、やっと頭が働き出す。
いや、まって?
あれ、マリータさん、婚約者って言った?
…………まさかよ。
「あの、婚約者、とは」
「あら何言ってんだい!この王族騎士団の副団長様が婚約者とは、あんたも隅におけないじゃないか!」
あぁ、やっぱりか、という気持ち半分、何で?という驚き半分。
だって、彼には新しい婚約者がいるはずじゃ。
私が目を瞬いていると、金色の彼が立ち上がり、ゆっくりとした上品な仕草で私の前までやってきた。
そして膝をおると、私の前に傅く。
「……やっと見つけた。また綺麗になったね。俺のリィ」
…………俺のリィ。
忘れもしない、彼にそう言われたのは初めてではない。
そっと手を取られて、甲に口付けされる。
どくんとなる心臓は、何を思っているのだろう。何の感情を抱いているのだろう。自分ですらわからないのに、問いかけに答えられる人などいない。
私たちの様子を見て、マリータさんは頬を上気させて。
「若いってのはいいねぇ!末永くお幸せにね!」
え、待って。末永くって。
私、ココに末永く居るつもりだったんだけど。
どういうこと、どんな話になったの?!
「話のわかる夫妻で助かった。君は今日から俺の元に戻ってきてもいいそうだ」
話がわかる夫妻でどうしてそういう話になるのかな?
私置き手紙書いたよね?あれ、読んでらっしゃらない?
「あの、私はここに……」
「リィ、また、ずっと一緒に居られるね」
おうおう坊ちゃんや。話聞けよ。
昨日全然変わんないなーって感動したけどそこも健在かよ。めちゃくちゃイラッとするわ。
残念なことに私はこの男から離れていた2年でそれなりのツッコミスキルを身につけている。アレンさんにツッコミ続けていたら着いてしまったスキルだ。そして理不尽なことに意見する度胸も備わってしまった。
というわけで、否定しようと口を開く。
「わた、んっ!?む!?むー!!!」
けれど、瞬時に動いた男の手により口を塞がれ、言葉が続かなくなった。
両手で手を外そうとするものの、力が強すぎて離れない。
視線をあげて男の顔を見ると、真顔で私を見下ろしていた。
おお、久しぶりだから迫力が。じゃなくて!
トトリさん!マリータさん!と、2人に助けを求めようとするものの、男の影に入ってしまっていて、トトリさんたちには気づいてもらえないよう。
「いやぁ、仲が良さそうでいいねぇ!」
「何言ってんだ、それでいいやァ俺たちも負けちゃいねぇ!」
「やぁだね、アンタ!照れるじゃないか!」
しまいには何やらイチャらけ始めた。
イチャイチャするのはいいのですけどね、おふたりさん。気づいて。
この状況のどこが仲良さそうに見えるのかな?
身をよじってどうにか白い肩越しにトトリさんたちの様子を見ると、なるほど、視線が物語っている。
私たちの体勢が、どうやら後ろの2人には口付けをしているように見えるらしい。
んのやろ……セクハラ!!
どん、と自由な両手で彼の胸を叩くと、右手を男の反対の手で拘束され、口を塞ぐ手がぐっと強くなった。
「っ、」
思わずむせると、男は目を細めてクス、と笑った。
アンタ2年の間に性格悪くなってない!?
人が苦しんでるの見て笑うとかどうかと思うよ!?
キッと睨みつけると、何を思ったのか彼は私の額に口付けて、後ろを振り返った。
「2年も待たせてしまったので、拗ねているようです。素直なリィゼに戻ってくれるまで甘やかしたいので、私たちはこれで失礼します。今まで、リィゼがお世話になりました」
いやいや待て待て待て!!
待ってない!一瞬たりとも待ってない!
拗ねてるって何!?素直って、私元からこんなだわ!っつかこれが全力で素直なんですけど!?
素直っつか本音!聞いて!
塞がれた口でむーむー文句を言っていると、不意に手が外れ、身体が浮遊感に包まれる。
いつもより高い目線と視界に入る金髪で、姫抱っこされていることに気が付き、手足をばたつかせる。
「下ろしてください!下ろして!」
「リィゼ。暴れたら落ちる」
ぐっと肩と膝を抑えられ、バタバタ出来なくなる。
どうにか膝下と肘から先を動かして暴れるけれど、意味をなさず。
おろせー!と騒ぐものの、トトリさんたちにも仕方ない子だなぁ、と生暖かい目で見られるだけ。
もうこうなるとこの人私が来るまでに2人に何を吹き込んだの!と騒ぎたくなる。
その間にもスタスタと進んでいく彼は、閉まっていたドアを器用に手で開けると、宿の外へ突き進む。
その先に、2年前にもみた目に悪い馬車が見えて悟る。
…あぁ、もう終わりだ。
今は猫かぶっているこの男が皮を脱いだ時。
それはすなわち私の命日かもしれない。
暴れることをやめた私は、代わりにぎゅっと肩を抱きしめて青ざめるのだった。




