金色の彼
「いらっしゃいませー!」
元気よく出迎えの挨拶をしつつ、料理を運ぶ手は止めない。
いそいそと料理をテーブルに運び、次の料理を運ぶために厨房へ戻る。と、帰りがけにお客さんに注文を頼まれたので、それをサクッとメモして引っ込む。
「トトリさん!注文です!」
笑顔で大きな声を出すと、フライパンを振っていた恰幅のいい中年男性が振り向く。
「おう!ちょい待てや。あと盛り付けりゃ完成だ」
「あ、なら私やります」
「いいや、リィゼちゃんはほら、こっちの料理を2番だ」
厨房に入ろうとした私の前に、大きなオムレツが乗ったプレートがドン、と置かれた。
慌ててそれを受け取ると、奥からこれまた恰幅のいい女性が出てきて、明るい笑顔を浮かべた。
この宿の女将さんで、トトリさんの奥さんのマリータさんだ。
「盛り付けならあたしがやるよ。ほら、看板娘は店に立ってなきゃね!」
と、マリータさんは私の前にハチミツたっぷりの三段重ねのホットケーキをずいっと差し出した。
それもオムレツとは逆の手で受け取ろうとして、注文を思い出す。それをマリータさんに渡すと今度こそお皿を受け取って、ニコッと笑う。
「はい!行ってきます!」
「よし!いい返事だ」
私は大きなお皿にのった料理を手に、食堂に戻る。
2番テーブルにホットケーキとオムレツを届けると、後ろの席から呼ばれて、注文を取る。
それをまた厨房に頼みに行く。それの繰り返しだけれど、とっても充実しているし楽しい。
アレンさんが紹介してくれた宿は、決して大きな宿ではなかった。
けれど、宿がある街には珍しい洞窟があるので、宿にはお客さんが絶えない。
それに、宿は食堂としても運営しているので、地元の人々がお腹を満たしにやってくる。
トトリさんが作る宿の料理は、量も多くて味もいいので、よく旅人などもやってくる。
つまりとっても大忙し。
私が紹介されるまでは、トトリさんとマリータさんの2人でやっていたらしいけど、流石にいっぱいいっぱいだったみたいで。
突然訪ねて行った私を、2人は快く向かえてくれて、今では看板娘とまで言ってくれている。
私の宿での仕事は、食堂での注文を取ることと、料理を運ぶこと。そして部屋の掃除だった。
宿では、簡単な制服も用意してくれたので、服には困らない。時々ほつれたりすると、マリータさんに教えてもらったので補修くらいならできるようになった。
そんなこんなで働き始めて約1ヶ月。今日もとっても忙しいです。
しかし、働くにトラブルは付き物。ある日、私はトラブルと言うには大きすぎるトラブルにぶち当たった。
私はその日も元気に仕事をしていた。
なかなか暑い日だったので、食堂には冷たいものを求めてお客さんがわんさか押し寄せていた。
私はえっちらおっちらとトトリさんの作った料理を運んでいたのだけれど。
ガッシャン!
と、どこからかガラスの割れる大きな音。
お客さんたちもザワザワとしだす中、ついで子供の泣き声も聞こえ出す。
慌てて料理を運び、辺りを見回すと、入口側で小さな子供が泣いていて、その傍らに母親と思しき人がうずくまって頭を下げている姿が目に入る。
そして、その2人を見下ろすように立つ、2人の男性の姿が。
「おい、隊服が汚れたろう!どうしてくれるんだ?!」
「すいません、目を離したすきに…」
「あの、どうかなさいましたか?」
慌てて間に入ると、男性2人が見覚えのある服を着ていることに気がつく。
二年前、毎朝見ていた金色の刺繍に白い布地。
その白に、アイスと思われる青がベッタリとついていた。
うわぁ。よりによって王族騎士団か……。
パッと思い出すのは金色の彼だけれど、嫌な記憶が蘇るとかそれだけじゃない。
半分はそれだけどね、それだけじゃないのよ。
この街に来てから知ったことだけれど、王族騎士団はあまり世間から好評でない。
格式が高く、入れたらエリートの仲間入りには変わらないものの、地方に来ると高く止まって見下した態度をとるようで。
酒屋などで安く売れ、とか、傲慢な話はよく聞く。
っていうか騎士団にいるなら給料それなりにもらってるだろ。ケチケチすんなや。けっ。
とにかく、今目の前にいる2人がそのタイプでないことを願う。
が、大体こういう願いは呆気なく打ち壊されるもので。目の前の2人は私を見下ろすと鼻で笑った。
「お前ここのヤツか?こうなったのは店の責任でもあるだろう。どうしてくれる?!」
おいおい、ちょい待とうよ。そう言うのを八つ当たりというかね。
さすがにそれは理不尽じゃない?
元々我慢強いわけでない私は、仕事の中で身につけた、作った笑顔を浮かべる。
それはもうにっこりと。
「申し訳ありませんが、王族騎士団様ともあろう方が、子供が走ってくるのが見えなかったのですか?」
ヤバイと気づいたのは、私の言葉に2人が目の色を変えたとき。
いやぁ、感情だけで突っ走るものじゃないね。2年前から本当に成長してない。これ死んだわ。
「女、今なんと言った。騎士団を愚弄するか!」
男のうちの1人が手を上げる。拳を握りしめた手を。
男が女に手を上げるとか、騎士としてどうなの。っていうか、人としておかしくないかな?
お前の騎士道そんなもんか!と鼻で笑って叫びたかったが、それどころじゃないのも理解している。
鍛えに鍛え抜かれた筋肉を有する腕に殴られれば、最悪骨が折れる。いや、当たり所によれば死ぬかも。
アレンさんに教えられた魔術の中で、こんな時に使えるものがいくつかあったはずなのに、いざとなると、何も浮かばない。『大切なのは使えるかですね』と、幾度も言われた言葉に大いに頷きたい。その通りですアレン師匠。
と、思っても後の祭りだ。慌てて足を引くと、そこにあった椅子に躓いて尻餅をつく。
後ろにいる親子を庇うように手を広げるものの、男は鼻で笑うだけで、上げていた腕を振り下ろす。
頭が真っ白になった私が取ったそのときの最善の行動は、腕で顔をガードしてぎゅっと目を瞑る事だった。
けれど、一向に痛みはやってこない。
それどころか、いつの間にか店の中がしんとなっていた。
衝撃が強すぎて死んだ?と思ってゆっくりと目を開く。
次に、またゆっくりと腕を下ろすと、突然焦った男の声が聞こえてきた。
「ふ、副団長!」
けれど、耳に入ってきたはずのその声は、私を通り抜けていた。
目に入ったのは、純白の服。金色の刺繍。肩から流れる隊服と同色のマント。
私を庇うように立つ、大きな背中にかかるのは、少しクセのある金色の髪。
息が止まるかと思った。
まさか。まさか彼がいるわけがない。
ここは王都から遠く外れた、あの人の知らない場所なのに。
それに、いま副団長と言った。私の知ってる彼とは違う。
けれど、私の認めたくないという感情は、次の瞬間無駄に変わる。
「……何をしている?」
怒気を抑えたようなその声。
間違うはずがない。この声に怯えて泣いたこともあるのだ。
あぁ、そんな。
「いえ、私たちはその……見回りを、」
「私は様子を見てこいとしか言っていないが」
顔をあげられない。彼の顔を見ている訳では無いのに、彼の冷たい視線が頭に浮かぶ。
冷たくなった指先を温めるように握りしめると、何人かが宿に入ってくるのが見えた。
「本日の宿泊先を探していただけなのだがな」
連れていけ、との言葉に、先ほどの男2人が引きずり出される音が続く。そして、入れ替わりに一人が走って彼の元に寄ってくる。
「副団長、洞窟の件ですが、やはり盗賊が潜伏していまして、取り押さえることに成功しました」
「早かったな。概ね、族の方が空気に耐えられずに出てきたのだろう。耐え症のない」
そして一つため息をつくと、彼は早口で続けた。
「ならば長居は無用。族を連れて王都に戻る。皆に伝えろ」
「はっ」
男性が走って出ていくと、店の中は静かな空気が流れた。
そして、未だに顔を上げられずにいると、手が差し出された。
その手にビクリと震えると、手が少しだけ戻された。
「大丈夫ですか?」
さっきとは真逆の、優しい声。
これも、聞いたことがある。今は制服の内ポケットに入れているブレスレットをくれた時、そんな声をしていた。
殴られそうになったことに怯えているのか、それとも目の前の彼になのか。カタカタと震える手でそっと差し出された手をとると、優しく引き起こされた。
そして、真正面から顔を見合わせる。
記憶と違わぬ彼が、そこにはいた。
サファイアの瞳は、相変わらず。そして、端正な顔も、相変わらず美しいままで。ただ、どことなく男らしさを帯び、身長もすごく伸びていた。
けれど、あぁ、彼だなと思った。
「……怪我はないようですね」
「……はい。ありがとうございました…」
お礼を言うと、彼は1歩下がってお辞儀をする。
そして、私の後ろにいた親子も引き起こし、子供の頭を撫でてから、2人にも頭を下げ。
そして食堂に目を移すと、もう1度頭を下げた。
「隊員が迷惑をおかけしました。お騒がせした事、隊員に代わり副団長より、心から謝罪致します」
厳かにそう告げると、彼は食堂を出ていった。出ていく直前、私に青い眼差しを向けて。
彼が出ていってから、知らぬ間に詰めていた息を吐き出す。
心臓が、痛い。
どこかで、見つかれば連れ戻されるのでは、と思っていたのかもしれない。
けれど実際は、きっと新しい婚約者の方を見つけたのだろう。あの興味のなさそうな態度からそう伺える。
アレンさんに聞いたけれど、私との婚約のときも、彼はごく少数の人にしかその情報を流していなかった。だから、今回もきっとそう。
そりゃそうだよね。
『やっと見つけた』なんて言っていても、自分の元からわざわざ逃げた女を連れ戻すほど、彼は女に困っていないだろう。
あの見た目だし。
連れ戻すという面倒な手段を取るより、新しい人を探した方が簡単。
そうよね、当たり前じゃない。
なのに、少しだけ残念に思っているのは何故かしらね。
逃げた本人が、寂しいなんて。笑ってしまう。
私は、振り返って親子に無事か聞くと、何事も無かったかのようにトトリさんに頼んで、新しいアイスを用意してもらった。




