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2年と少しの成長

 レイ様の邸を出てから、私は今までになかった充実感を覚えていた。

 実家に戻ったのでは、またすぐに連れ戻されるのがオチだ、とアレンさんに言われ、私は一時的に彼の元に身を寄せていた。

 本当に一時的に。どうにか1人で暮らせるようになり次第、時期を見て出ていくつもりだ。

 彼は郊外で薬師として小さな診療所の手伝いをしていた。薬を作って、それを診療所に降ろすことでお金を稼ぎ、その傍ら魔術師として魔術の研究もしているのだった。しかし彼の元に直接薬を、と来る人もいたので、魔術に関しては趣味の程度を出ない、と本人は苦笑していたけれど。

 あぁ、そういえば。彼の研究の一貫で、よく手を握られた。『魔術に関わったことのない人間が、魔術師と接触し続けるとどうなるのか』という研究の実験らしい。

 特に変化はないけれど、まぁお世話になる彼が望むのなら手の一つや二つ握らせてあげようじゃないか。


 アレンさんは部屋が3つの小さな家に住んでいた。でも本当の家は王都の外れに別にあって、ここで働くには通うのが不便ということでこの家を借りているのだとか。

 3つの部屋のうち、一つはアレンさんが研究や寝るに使ってるもので、もう一つは薬の調合部屋。そしてあと一つは使っていない、ということで私がそこを借りることになった。

 私は最初何もせずにいたけれど、流石にそれは図々しいだろうと家事をするようになった。

 すると、家事をする手際がいいから、ついでに薬の調合も手伝ってくれないか、とアレンさんに頼まれて、そちらの方も手伝うようになった。

 何度か言われた通りにやっていると、簡単な解熱剤や湿布、咳止めなどは、レシピも教えもなしに調合できるようになった。

 私でもできるものを私が作るようになってからは、アレンさんは診療所で得たお金を私にくれるようになった。私が作った薬のお代だから、と。

 タダで住まわせてもらってるのに加え、食事も面倒見てもらってるのだから、それは流石にもらえない、と断ると、そのうち一人立ちする時のために貯めておけ、とやんわりと押された。

 そんな生活を続けていると、その近辺に住んでいる人たちとはなかなか親交が深まるものですね。1ヶ月ほど立つ時には、私はそれなりの人気を確立していた。

 何しろその近辺には私とアレンを抜いて3,4人ほどしか若い人がいなかったのでね、その中でも1番年の低い私はもう孫的な存在。


 幸せだった。

 レイ様との生活も、穏やか(?)ではあったけれど、やはり他の人との関わりがあってこその日常だと思う。

 少なくとも私はご近所さんとの世間話が好きだし、人の怪我や病気などを世話するのも好きだった。

 自分で作った薬で人助けができるなんて、そうそうできる体験じゃないと思う。アレンさんには感謝してもしきれない。


 そして、そんな生活が始まって、気がつけば約1年ほど経っていたとき、アレンさんが不意に私を呼んだ。


「これに手を乗せてくれますか?」


 私は食器を洗う手を止めて、彼が示す物に近づいた。

 それは直径20センチほどの水晶玉だった。透き通ったそれは、反対側のアレンさんのローブを濁すことなく写していた。


「これは?」

「魔力を図る魔術器具…とでも言いましょうか。純度の高い水晶は魔術にも占いにも使えるのですよ」


 ふぅん、と色のないそれを眺め、おもむろに人差し指をそれに触れさせる。

 瞬間、触れた場所から金色の糸が、伸びるように水晶玉の中を泳いだ。慌てて手を引っ込めると、それは触れていた所から徐々に消えてゆき、元の透明な玉に戻った。

 うわぁ、と感嘆とも引いているとも取れる声を上げた私を、クスクスと笑ったアレンさんは、自身の手を透明なそれに乗せた。

 すると、白銀のモヤのようなものが彼の手から流れ、水晶玉をグルグルと巡る。1分と立たないうちに、透明だったそれは鉛のように色を変えた。


「すごい……」


 思わず声を上げた私は、恐る恐るその鉛に手を伸ばした。

 つん、とそれに触れると、その一部だけが金色に輝く。


「この色の違いはなんですか?」

「その人の魔力の色です。オーラとも呼べるかも知れませんね」


 そう説明したアレンさんは、水晶に乗せていた手を退けると、今度は私に置くように示した。

 そっと手を載せると、鉛から水晶に戻ろうとしていたそれは、今度は金へと色を変える。

 黄金の延べ棒を思い出すほどに染まったそれをその状態で売ったら一体いくらになるのかと恐れに近い感情を抱く。


「…どれだけ他者に流そうと変化なし、か……」


 私がドス黒いことを考えていると、小さなそんな声が聞こえた。小さすぎて上手く聞き取れず、首を傾げると、彼は曖昧に微笑んだ。

 私が手を退けると、それは外側から水が流れるように透明に変化する。

 完全に元に戻ったのを確認すると、アレンさんはそれを棚にしまった。そして、こう言った。


「少しだけ魔術を習ってみませんか?」


 えっ、と声を上げると、彼は振り返ると微笑んだ。


「難しいことはできませんが、一日二日で覚えられる簡単なものもあります。1人で生活するのに多少の役にはたつかと」


 彼が今の結果を見てどういう考えを持ったのかわからないが、はたして私にも出来るのものなのか。

 彼の反応からして、全く魔力的に才能なし、というわけではないのかしら。

 何気にそう言った不思議なことは好きだし、憧れは感じる。

 もし私にも出来るのであれば、と頷くと、彼は早速1冊の本を取り出した。


「魔術はザックリと分けると二つです。魔法陣を描いて発動させるものと、呪文によるものです」


 彼の説明によると、使い勝手のいいものは呪文系だそう。ただ、これはイメージや魔力が大切になってくるので、術者が不出来であれば、魔術の対象と違う物に魔術が発動することもある。

 リスクの面で言えば、低いのは魔法陣。

 魔術を発動させたい対象に魔法陣を描く、もしくは描いた紙を貼るので、誤発は低い。

 ただ、魔法陣の形と書き順、発動方法をあらかじめ完璧に知っておく必要があるので、それなりの手間がかかる。

 私は日常生活でつかえる、呪文と魔法陣、どちらも習うことになった。


 最初は魔法陣。これは本を見ると複雑な、わけのわからない記号の羅列だったりするのだけれど、幸い、私が教わる物は私でもギリギリ覚えられるラインの、シンプルなものだった。

 それを覚えて、紙に書き出す。発動方法はまちまちだけれど、大体身体の一部で触れるとか、掌を翳すとかそこら辺。

 しかしこれがまぁ雑な私には難しかった。上手く書けなければ発動しないのだから。一つの魔法陣を完璧に発動させられるようになるまで、1週間かかったこともあった。

 そして、呪文魔術。これもまぁ、なかなかなものでした。

 呪文の元になった言葉が、古代ギリシア文字だとか、とにかく舌をかみそうなものばかり。

 また、集中力がかければ誤発がゴロゴロ起きた。


 魔術に関して才能ない?とアレンさんに聞いたことがあった。彼は困ったように苦笑して頭を撫でてくれたけれど、それも私の心を軽く抉ったことを彼は知りもしまい。

 そしてなんとか魔術を覚え始め、気がつけば数十個ほどの魔術を操れるようになった頃、私は17歳を過ぎていた。


そして、18の誕生日を過ぎて1週間ほど経った時、アレンさんは突然私に切り出した。


「ここで生活し始めて2年余り。貴女も18歳になりました。良い機会ですし、どうです?ここから二つほど街を超えた先に、私の知り合いがやっている宿があるのですが、そこで住み込みで働きませんか?」


 驚いて彼の顔をマジマジと眺める。

 そりゃあいつかは出ていく気でいた。いたけれど、急過ぎはしないだろうか。

 私のことが迷惑になったのか、と心配していると、彼は首を振った。


「実は、しばらく王都に向かうことになりました。1年ほど戻ってこれないので、あなたに迷惑がかかりますから」


 彼が告げた言葉に、私は目を瞬いた。

 迷惑になった訳でないことはよかったけれど、それなら私がここで薬の調合をしていた方がいいのではないのか。

 私のそんな疑問に、薬は王都から届けるから大丈夫、とアレンさんは笑った。


「いつまでも貴女に家事をしていてもらうと、私が怠けてしまいますからね」


 なんとなく、不安ではあるけれど、この話はアレンさんの好意なのだろうと思った。

 衣食住の面倒を見てくれて、薬の調合の仕方、魔術まで教えてくれた彼には感謝が多すぎる。

 あまつさえ多少なりともお金ももらってしまっている。

 何故こんなにも優しいのだろうか、と2年共に過ごした彼に頭を下げる。


「今まで、ありがとうございました」


 少し涙ぐむ私に、アレンさんは笑った。


「何か困ったことがあれば、また訪ねてきてください。いつでも歓迎しますよ」


 よしよし、と、いつの間にか落ち着くようになってしまうまで、何度撫でてもらったかわからないその大きな手も、次は遠い。

 願わくば、彼に心配がかからないように成長し続けよう。

 私は、もう1度彼に心からのお礼を告げた。

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